懸念
ヴァルラムは、サイラスを連れて自分のために用意された大きな客間へと戻った。そこには、昨夜から読んでいた巻物がまだテーブルの上に乗せられてある状態だった。ヴァルラムはそこへ入ってすぐにサイラスを振り返ると、開口一番、言った。
「あのな、サイラス。我とてここでどうにかこちらを理解させて協力させようと、慣れぬ宴に出たりと気遣っておるのだ。それをぶち壊すつもりであるのか。幾ら他の神などに興味はないとは言うても、少しは考えよ!」
サイラスは、そんなヴァルラムなど意に介さないような素振りで、側のソファにどっかりと座った。長い黒いマントが邪魔なようで、面倒そうに首の所の紐を外すと取り去った。
「我を出し抜いて先にこそこそ新しい神と交流しようなどとするゆえ、こうして追っても参るのだ。最初から我に話しておれば我とてこのようなことはせぬわ。」
黒いマントを取ったにも関わらず、中も黒い洋服だった。ヴァルラムは、ため息を付いた。
「誰が出し抜くと申す。主とて知らぬわけではあるまいが。あれの力を見たであろう。あれが他の大陸の神と繋がったら、我はあれを相手取って戦わねばならぬのだ。長い戦になろう…またあの戦国へ戻ってしまうのだぞ?」
サイラスは、じっとヴァルラムを見た。そして、真面目な顔をして言った。
「ならば我も共に連れて参れ。置いて行くとはなんぞ。どこの馬の骨とも分からぬような神の結界内に、たった10人の軍神しか連れずに参ったと聞いた時には肝を冷やしたわ。まして、あれはあれほどに強大な力を持つ王。能力のほどは我も知らぬが、気だけであるなら絶対に勝てぬ。主が命を粗末にする王であったとは、失望したものよ。」
ヴァルラムは、自分も側のソファに座った。
「別に命を粗末にしておるのではない。」と、ため息を付いた。「主に言わなんだのは、言えばついて参ると申すと思うたからよ。主が申した通り、あの維心がどんなものか誠の性質もわからなんだ。主までこちらへ来てあれに滅しられてしもうたら、誰があの大陸を治めるのだ。…幸い、あれは我とよう似ておる。考え方が同じであるので、相互理解も可能であると判断した。なので、主が来ても、我も今は良いかと思うておるが。」
サイラスは、尚もじっとヴァルラムを見つめていたが、フッと息を付くと肩の力を抜いた。
「ま、何にせよ無事であったのだから良かったことよ。昨夜知って、すぐに参ったゆえ夜を徹して飛んで疲れた。元々夜に起きておる性質であったゆえ良かったが、普通であったら体調を崩しておったやも知れぬぞ?少し寝る。」
サイラスは、そのままソファに沈んで目を閉じた。ヴァルラムは、慌てて言った。
「こら、あやつらとの会合が入るやもしれぬのに!先に巻物を読まぬか!」
サイラスは、片目を開けてちらと巻物を見たかと思うと軽く手を上げた。そして、手から出た光は巻物を包み、それはしばらく続いた。その間、サイラスはじっと目を閉じていたので、寝てしまっているのではないかと案じたが、しばらくして光が消えた。
そして、ソファに完全にだれていたサイラスが、急に起き上がったかと思うとはっきりとした真剣な顔でヴァルラムを見た。
「…主に、そっくりぞ。」
ヴァルラムは、頷いた。
「同じ事をして、世を平定したのだ。ただ、あやつは前世で父を殺して王座に就いたのだがな。」
サイラスは、考え込むような顔をしてじっと窓から見える庭の方を見た。
「…しかし…実際に会ったやつは雰囲気が違った。主より穏やかに見える…。」
ヴァルラムは、その訳を知っていた。だが、何も言わずに黙って視線を落とした。サイラスが、それに気付いて鋭くヴァルラムを見た。
「それよ。」サイラスは、ヴァルラムに問い詰めるような視線を向けた。「先ほども思うた。主、何を思い煩ろうておる。常、そのような気を発することはなかったのに。何かを抑えておろう…ここで何があったのだ。」
ヴァルラムは横を向いた。
「何も。ただ、慣れぬ場所で疲れておるだけぞ。」
サイラスは眉を寄せた。
「我を謀ることは出来ぬぞ。」じっとヴァルラムを見ていたが、ヴァルラムは何も言わずに横を向いたままだった。サイラスは、しばらくそのまま黙っていて、フッとため息を付いた。「…しようのない。主は頑固であるゆえ。話す気になるまで待とうぞ。だが、此度のことの支障になるようなら、我とて黙っておらぬ。我らが平定した世、乱す訳には行かぬからの。」
ヴァルラムは、黙って頷いた。そう、支障になるこの気持ちは、絶対に表に出してはならぬ。ことは神世の、全ての安定に掛かっておるのだから…。
維月は、何やら騒がしいので目を覚ました。まだ夜は明けたばかりで、自分が起きるような時間ではないようだ。人の頃で言うと、朝の5時ぐらいだろうか。いつもは7時か8時頃にならないと起きない維月は、起き上がって回りを見た。
すると、いつもは必ず横で自分が起きるのを待っている維心が居ない。維心は夜明けには起きる習慣があるので、必ず先に目を覚ましていて、うとうとすることはあっても、維月が目覚めるとハッと目覚めて抱きしめて来た。なのに、今朝は居ない。何かあったのだと悟った維月は、慌てて襦袢の上に着物を羽織ると、居間へと出た。
そこにも維心は居らず、変わりに十六夜が椅子に座っていた。びっくりした維月は、十六夜に歩み寄った。
「十六夜?どうしたの、こんなに早く。起こしに来てくれたらよかったのに。」
十六夜は、維月を引き寄せながら言った。
「維心が帰って来たらまたうるさいだろうが。お前は7時ぐらいまでは寝てるのを知っているし、起こさなかったんだ。」と、月の宮では誰もが持っている腕時計をちらと見た。「まだ5時半だぞ。お前こそ、目が覚めたのか。」
維月は頷いた。
「だって、何だか騒がしいような気がしたの。」
実際は、早朝の宮はとても静かだった。しかし、神格化してから分かったのだが、神達が発する気を感じるのだ。寝ている時や、平静にしている時の気はとても穏やかだが、気が立っている時や、緊張している時の気は激しい。それを感じて騒がしいと感じるのだ。
十六夜は、頷いた。
「大陸から、また神が来た。今度はヴァンパイアだ。」
維月は、口を押さえた。
「え、もしかして、サイラス様?」
十六夜は、フッとため息を付いて頷いた。
「そうだ。だが、それを維心の前で言ったら、なぜそれを知っていると言われるぞ。お前、昨日ヴァルラムと話しただろう。」
維月は、思わず言ってしまったのを後悔した。十六夜は知っているだろうが、維心は聞かなかったので話さなかった。これがもし維心の前だったら、きっと厳しく聞かれたことだろう。
「…うん。だって、中庭で会ったの。ヴァルラム様が話したいとおっしゃるし、断るのも悪いような雰囲気だったから…。」
十六夜は、じっと維月を見た。
「それを話しに来たんだ。維心はまだ、サイラスの対応をしているが、もう戻って来るだろう。お前が起きて来たのが幸いだった。あのな維月、ヴァルラムが維心に似てるってことは知ってるだろう。」
維月は頷いた。
「ええ。昨日も思ったわ。姿も、初代龍王の維翔様に似てるなあって思った。」
十六夜は、慎重に頷いた。
「なら、お前もうヴァルラムとは話さない方がいい。」維月が眉を寄せたのを見て、十六夜は続けた。「オレは月からあいつの気を読んでた…お前に対する時のあいつの気は、維心に近い状態になる。このままだと、維心並になっちまうかもしれねぇんだ。そうなったら、どうなるか分かるか?」
維月は、呆然と十六夜を見上げた。
「え…また、この陰の月の気のせい?」
十六夜は頷いた。
「それもあるが、お前の気質だろうな。何しろお前、性格が人の頃のままだろう。珍しいし、今まで神の女に興味を示さなかった男ってのは、お前みたいのが好みの場合が多い。居ないから、興味がなかったってだけで。」と、何かを気取って視線を横へ向けた。「維心が戻って来る。時間がない、とにかく、今は大事な時期だ。ヴァルラムが万が一にもお前を想うようなことがあったらダメなんだよ。維心と取り合うようなことになったら、それこそ戦だぞ。維心が、もしもお前を手に入れようと思ったらどうするか考えたら分かるだろうが。」
維月は、息を飲んだ…確かに、戦になる。大陸との前面戦争なんて、今和平を模索しているのに、あってはいけない。
「…わかった。私奥へ引っ込んで出ないでおくわ。」
十六夜は、また頷いた。
「そうだ。」そして、維月から手を離した。「維心だ。」
その瞬間、居間の戸がバッと開いた。そして、維心が十六夜に気付いて渋い顔をしながらも、中へと歩いて来た。
「何ぞ?このように早くに。寝ている維月を起こすほどの用か。」
維月が慌てて言った。
「あの、私が目を覚まして出て参ったのですわ。何やら騒がしいような気がして。維心様も居られないし、それで、十六夜がそれを説明してくれておったのです。」
維心は、維月に歩み寄って肩を抱いた。
「すまぬの。十六夜から聞いたであろう…話しておった、ヴァンパイアの王、サイラスが来たのだ。我はその対応に出ておった。一時ほどしたら、応接間で集まって話そうと思うておるが…」と、十六夜を見た。「主、どうする?昨日も来なんだが、あちらの世の成り立ちなども話すつもりでおるのだ。蒼にも聞かせたいと思うておるし、来たほうが良いのではないのか。」
十六夜は、気が進まないようだったが、頷いた。
「知っとくべきだろうし、行くよ。」
しかし、維月は首を振った。
「私は、ここに。」
維心は、驚いた顔をした。
「何と申した?」
いつも、ダメだと言ってもついて参る珍しいもの好きの維月が。
維心はそう思って維月を見た。維月は、言い方が悪かったのかと言い直した。
「ですから、こちらでお待ちしておりまする。何かありましたら、お話くださいませ。」
維心は、ためらいがちに頷きながら、それでも維月を見つめて言った。
「それは、本来妃とはそんなものであるから良いが…主、どうしたのだ?いつなり来ると聞かぬのに。」
そう前世から。維心は思ったが、維月は頑なに首を振った。
「別に維心様以外の神には興味がないだけでありまする。あの、また炎嘉様が困ったことをおっしゃってもお客様の手前失礼ですし、私は奥におりまするから。良いようにお話して来てくださいませ。ですが、大切なことはお話くださいませね。」
維心は、呆然としていたが、幾分気を取り直して微笑んだ。
「そうか。そうよの。主は大陸の神などに興味はないの。では、我が聞いて参るゆえな。」
維月は、ホッとして頷いた。十六夜も、少し肩の力を抜いた。もうこれ以上ややこしいことは、今生では真っ平なんだよ。
十六夜の気持ちも知らず、維心は機嫌良く維月に頬を摺り寄せながら言った。
「では、主も着替えねば。そのような着の身着のままで…我の正妃がそうではならぬぞ。もっと良いものを身に付けて出て参らねば。」
維月はおとなしく維心の言うことを聞いて、奥の間へと着替えるべく入って行く。
皆でオレの嫁を取り合いやがって。
十六夜はまたため息を付いた。




