対面
維心と炎嘉、それに十六夜と蒼は、この宮で一番大きな応接間で、ヴァルラムとサイラスに対面していた。この応接間は大変に大きく天井も高く、窓も南の庭に向けて開いていて明るくて不必要に広かった。蒼は、あまりに広すぎて落ち着かなかった。調度も何もかもが豪華絢爛で美しく、椅子一つとってもどれほどに手を掛けたものかというほど細かい細工がしてあるもので、座るのさえ、神の世に慣れていた蒼でも緊張してしまった。
しかし、十六夜は無造作に何のためらいもなくどっかりと座っているし、維心も炎嘉も気にも留めていないようで、対するヴァルラムもサイラスも、それが特別なものなどと思ってもいないようだった。蒼は、つくづく自分が人の一般人として生きて来たのだと実感していた。身に付いてしまったこの感覚は、やはり何百年経っても簡単には消えないのだ。
そんな蒼の思惑など知らず、維心が言った。
「主らの世の成り立ちについては、我が事前に皆に知らせておいた。」維心は、ヴァルラムとサイラスを見ている。「して、主から聞きたいこととは何か?」
ヴァルラムは、口を開いた。
「主が前世平定した世であることは、あれを見て知った。」昨日と同じく、淡々とした口調だったが、今日は更に磨きが掛かって無表情であるように蒼には思った。ヴァルラムは続けた。「こちらの世は、世襲制よな。であるのに主は、なぜに父を弑してまで王座に就いた。放って置いても、主はたった一人の皇子であったのであるから、王座に就いたであろう。」
維心は、少し黙った。蒼は、いつもながらその直線的な物言いに腹が立った。分かってはいても、少しは遠慮すればいいのに、と思う。こっちにはこっちの事情があるんじゃないか。
しかし、それを口にしたのは維心でも蒼でもなく炎嘉だった。
「こちらにはこちらの事情というものがあるわ。」維心が、驚いたように炎嘉の方を見た。しかし炎嘉は続けた。「我らから見たら、主らの方が乱暴なように思うぞ。確かに力の強い者が王になるのは当然ではあるからと、理解しようとしておったのだ。維心はまだ成人したばかりでも父王より格段に強い気ゆえ、誰もが逆らえぬようになっておったのだからの。ならば主らにも、理解出来ようが。」
ヴァルラムは、じっと炎嘉を見た。炎嘉は、その目を睨み返している。だが、ヴァルラムは怒る様子もなく、あっさり言った。
「そうよの。」あまりにあっさり退いたので、炎嘉がびっくりして口をあんぐりと開けているのを尻目に、ヴァルラムはサイラスを見た。「まるで誰かを見るようぞ。」
サイラスは、憮然として面白くなさげに鼻を鳴らした。
「フン。こんな様を見たら深く追求する気にもなれぬ。」
炎嘉が、ためらいがちに維心を見た。維心は苦笑した。
「主、サイラス殿と同じなのだろう。我を庇おうとしておるのが、あちらには分かるのだ。良い、炎嘉。我は気にせぬゆえ。」と、ヴァルラムを見た。「我は生まれ出る時母を殺しておる。」
ヴァルラムとサイラスが、目を見開いた。それを見て炎嘉は唸るように言った。
「…殺したとて、知らぬでであろうが。母は人であったからの。」
その言葉にまた驚いたように目の前の二人は炎嘉を見た。維心はお構いなく続けた。
「…人に神の子は生めぬ。知っておって母に我を産ませたことを恨んで、我は己の力が満ちるのを待ち、父を殺した。王座に就いたのはそれゆえについて来たことであって、望んでではない。世を平定したとて、王座に就いてしもうたからにはそれが責務と思うたまで。世を憂いてのことではない。我は最初から王であったとは思わぬ。王にされたから、王として振舞っただけのこと。皆は知っておるが、今生へ転生してからも、王座に戻りとうないと長く抵抗したものよ。しかし、回りが許さずでの。こうして返り咲いただけのことよ。」
ヴァルラムは、黙ってそれを聞いている。サイラスが、つぶやく様に言った。
「…どこまでも、よう似ておることよ。これでは疑う気にもなれぬ。」と、姿勢を正して、維心の目を凝視した。「ヴァルラムは、己を表に出すことも無くここまで大陸を戦の無い場にしようと戦って来た。時に我が羽目を外しておったにも関わらず、こやつはずっとこのまま、妃も娶らず臣下達すら信用せず、何が楽しゅうて毎日過ごしておるのかと思うほどぞ。やっと逆らう者も居らぬようになり、退屈に過ごしておった矢先、主があちらへ訪ねて参ったのだ。まあ、北の小国がふらふらと婿探しか何だか知らぬがこちらへ来て、ここのことをあちらの神達に知らせてしもうたのが始まりではあったがな。面倒なことをしてくれたもの。」
蒼は、それがレイティアのことを言っているのだとわかった。しかし、碧黎はあれは起こるべくして起こったと言っていた…つまりは、レイティアがこちらへ来なくても、いずれどこかの神がそうやってこっちと繋がりをつけたということだ。
しかし、黙ってそれを聞いていた。サイラスが、先を続けた。
「だが、起こったことは仕方がないこと。いずれこうなったやもしれぬと思うし、まだ我らが二人揃って壮健なうちに起こって良かったのかもと思ってはおる。あちらでは、主の力を利用してヴァルラムと我を弑して己が権力を持とうとする者が出始めておる。調べさせておるのでいくらか情報が入って来ておるが、近々いろいろな国の王がこちらへ訪問したいと打診して来るであろう。その中には、間違いなくそういう輩も混じっておる。少なからずの。我らは、主がそんな輩と手を組んで戦国に戻すことを憂いてこうして出向いて来ておるのだ。突然に来て、我らがこのようなことを言うても、主らには我らこそ偽りを申しておるのではと疑うやもしれぬ。しかし、真実ぞ。戦になるのは、避けねばならぬ。多大な被害が出よう…この、我らの地より濃い純粋な気も、あれらの格好の的になるであろうしの。」
サイラスの目は、どこまでも真剣だった。ここへ来た時の、飄々とした雰囲気はどこかへ消し飛んでしまっている。維心は、じっとその目を見返していたが、十六夜を見た。
「…主、どう思う?」維心は、わざと言った。「ああ、サイラス殿は知らぬの。これは月。月には陰陽二人居って、こちらは表の光り輝く方の月の化身ぞ。世間で言う月とは、こちらの陽の月を指す。こやつは面白い能力を持っておってな。主らを見ると、分かることがあるのだ。」
十六夜は、ああ、と二人を見た。
「そうだなあ、オレは見てたが、サイラス、お前過保護にも程があるぞ。炎嘉も大概維心を庇う方だがな、お前ほどじゃねぇ。昨日、ヴァルラムが城に居ないと聞いて血相変えて城へ乗り込んで、臣下の…何と言ったか…」十六夜は、眉を寄せた。空を何かを見ているような目で見てから、言った。「そうそう、アキムとかいう男だ。あいつを締め上げてどこへ行ったか吐かせただろう。で、その足でそれについて来てた軍神達を連れてこっちへ飛んだ。だから軍神が少ないし、お前は疲れてるんだ。」
サイラスは仰天した…ヴァルラムにすら話していないことを、なぜに知っている。
ヴァルラムが、呆然としながら言った。
「主…なぜにアキムを知っておる。」
十六夜は手を振った。
「知らねぇよ。会ったこともねぇんだし。上から見てただけだ。お前の城の様子が気になってな。そしたらこいつが来たもんだから、この内容を知ることになったんでぇ。」と維心を見た。「こいつらには霧はついてねぇよ。言ってることはほんとだろう。あっちが騒がしいのは確かだし、南の端にあるベンガルとかいう種族から強い殺気を感じるから気になって見ていたが…どうも、こっちを偵察に行かせる算段をしているようだぞ。」
ヴァルラムが、それを聞いて眉を寄せた。
「…そこの王はイリダル。昔から、まだ我に逆らう意思のある数少ない王の一人ぞ。気が強いゆえ、追い払うのが面倒であるが。」
サイラスは、険しい顔をした。
「月か…ぬかったわ。あれから身を隠すことは出来ぬ。ならば何でも主には筒抜けではないか。」
十六夜は肩をすくめた。
「見ようと思わなければ見ないからな。オレだって暇じゃねぇんだよ。今回のことがあったから、意識をあっちへ向けてただけで。」
ヴァルラムは、サイラスを見た。
「かえって良いではないか。それで、我らが偽りを申しておるとは思われぬだろう。」と、維心を見た。「誠主が和平を願う王だというなら、我らと協定を結ぼうぞ。あれらに付け入る隙を与えてはならぬ。特にイリダルなど、今回のことは渡りに船だと思うておるであろうからの。どうしても、我を倒したいと思うておるはず。」
維心は、ヴァルラムを見た。
「では、内容を協議せねばならぬ。我らだけで決めることは出来ぬゆえ、内容に関しては臣下達に協議させた上我らで選定しようほどに。主の臣下は、こちらへ参れるか?それとも、日を決めて我らがあちらへ参った方が良いのか。」
ヴァルラムは、頷いた。
「それではもっと日にちが掛かる。あれらは飛ぶのが得意ではないゆえ、時間は掛かろうがこちらへ来る方が良いであろう。」
十六夜が、維心を見た。
「一週間後なら満月だから、人数が多くてもこっちへオレが連れて来れるがな。あれなら一瞬だぞ。」
サイラスが目を丸くした。
「そんなことも出来るのか。気を知りもせぬのに、こちらへ瞬時に連れて来るなど。」
十六夜は頷いた。
「面倒だがな。満月以外の日なら、多くて数人ぐらいしか運べないが、満月なら何人でも大丈夫だ。新月の時なら、維月が出来るはず…」
十六夜は、言ってからしまった、という顔をした。サイラスが、不思議そうな顔をした。
「維月とは、誰か?」
ヴァルラムの表情が、より無表情に固まった。サイラスはそれに気付いたが、他にそれに気付いたのは蒼だけだった。維心が、それに答えた。
「我の正妃。前世でも共に生き、今生も共に転生して参った我の宝よ。この陽の月の十六夜と対の、陰の月であるのだ。」
十六夜が、維月の話題は出したくなかったと思いながら、自分のせいなので頷いた。
「オレの嫁でもあるんだがな。こいつがどうしてもと言うから、仕方なく一緒に守ってるんだよ。こいつの生き様は知ってたし、維月もそれを望んだからな。」と、蒼を見た。「前世オレと維月の間の命が、この蒼だ。だから、蒼は月の力が使えるし、月の宮の王なんでぇ。」
ヴァルラムは黙って聞いていたが、蒼をじっと見つめた。蒼は、その瞳を見返して、その目がなんとも言えない物悲しさをたたえているように見えて、戸惑った。これ…どこかで見たことがある。どこだったろう…。
サイラスは、そんなことは気にしないように言った。
「ほう。陰の月とな。会おうてみたいものよ。」とヴァルラムを見た。「のう、ヴァルラムよ。主は女などに興味はないであろうが、月ぞ。滅多に会うことなどできぬ。せっかくであるから是非に陰陽二人の月に会っておかねばの。蒼殿に似ておるのか。」
維心は、蒼を見て微笑んだ。
「ああ、目元がそっくりでの。我はこやつを見ておるだけでも癒される。ほんによう似ておるわ。」
蒼は、それを聞いてハッとした。そうだ。維心様…あの目は、維心様が昔、オレを見た目だ。まだ、母さんが月になって間もない頃…。
「あの、ヴァルラム様…、」
蒼が言いかけると、十六夜が蒼をキッと睨んだ。蒼はびっくりして黙った。もしかして、十六夜は知っている?ヴァルラム様は、母さんに会ったことがあるのか。そして、もしかしたら、維心様にそっくりなんだし、まさか母さんを…?
しばし沈黙が続いた。サイラスは、そんな様子を黙って見ていたが、急に立ち上がった。
「さ、もう用は済んだ。とにかく臣下達を呼び寄せようぞ。一週間後と軍神に知らせを持って帰らせて置く。」とヴァルラムを見た。「主も準備せよ。こういうことは早い方が良いのだ。イリダルのヤツが動いておると聞いては、我は居ても立っても居られぬ心地よ。」
ヴァルラムは、頷いて立ち上がった。維心は、十六夜を見た。
「いつどうするのかこやつらと話し合っておくようにの。我も臣下に迎える準備をするよう申し付けておく。」
十六夜は、頷いた。変な沈黙があったが、維心は気付いていないようだ。後で蒼にも必ず釘を刺しておこうと、十六夜はその時心に決めていた。




