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見たことのない花火も好きだけど、僕はスターマインも大好きなんだ  作者: 雨宮成騎


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7/7

 翌朝。

 雨はすっかり上がっていた。

 玄関で靴を履いていると、おばあさんが台所から戻ってきた。手には小さな紙袋を持っている。

「これ、持っていきな」

 受け取って中を見ると、個包装のビスケットと塩せんべい、それから乾パンが入っていた。

「日持ちするものを入れといたよ。腹が減ったら食べな」

「……ありがとうございます」

「お腹空かせて歩くもんじゃないからね」

 紙袋を大事にリュックへしまった。

 玄関を出ようとしたところで、おばあさんが声をかけた。

「それで、これからどこに行くんだい?」

「日立ってところに、お父さんの知り合いがいるかもしれないって」

「そうかい」

 おばあさんは少し考えてから頷いた。

「じゃあ、あっちの方角だね」

 昨日、耳にした名前のことを思い出す。

「あの……」

「なんだい?」

「昨日、近所の人が“ハルさん”って呼んでました。おばあさんの名前って、ハルさんですか?」

 おばあさんは少し驚いた顔をした。

「聞いてたのかい」

「うん」

 少しだけ笑ってから、答えた。

「ハルだよ。春夏秋冬のハル」

「ハル……」

 口に出してみる。

 昨日まで僕は、この人のことをずっと「魔女みたいなおばあさん」と思っていた。

 でも、名前を知ると少し違って見えた。

 魔女じゃない。

 ハルさんという名前の、おばあさんだった。

「ハルさん」

「なんだい?」

「ありがとうございました」

 ハルさんは照れくさそうに顔をそむけた。

「礼はいいよ。それより、気をつけてお行き」

 そう言って、僕の頭を軽くぽんと叩いた。

「あんたの探してるもの、ちゃんと見つかるといいね」

「はい」

 もう一度頭を下げて、歩き出した。

 しばらくして振り返る。ハルさんは、玄関先に立ったまま僕を見ていた。手を振ると、ハルさんも小さく手を上げた。

 それを確認して前を向いた。

 リュックの中には、ビスケットと塩せんべいと乾パン。そして、お父さんの辞書。僕の旅に持っていくものが増えた。

 それから、この旅にはビニール袋も加わった。晴れた日は、辞書はいつも通りリュックの中。でも空が少しでも怪しくなると、まず辞書をビニール袋に包んだ。自分のことはそれから考える。

 辞書が先。自分は後。いつの間にか、それが当たり前になっていた。

 夜、使われてなさそうな納屋の隅で、シャツを着替え、袋から辞書を取り出した。中のページは無事だった。ほっとして、ページをめくった。あのハルさんは本当に魔女だったのかもしれないと思いながら。

 指が“お”のところで止まる。

「恩人。おんじん。……恩を受けた、感謝すべき相手。」

「お節介。おせっかい。……余計な世話を焼くこと。」

 思わず笑ってしまった。ハルさんは、たぶん両方だった。助けてくれた恩人で、頼んでもいないのにお風呂まで沸かしてくれた、お節介な人。

 でも、そのお節介のおかげで、歩けている。

「守る。まも-る。……危険や損害から、離れるようにすること」

 声に出して読んでみて、今度はしみじみとした気持ちになった。辞書を守ろうとしていた僕を、ハルさんが守ってくれた。守ることと、守られること。

 その二つが、心の中で静かに重なった。

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