歩
僕の名前
僕は田中歩、八歳。
初めて会う大人は、必ずと言っていいほど僕の名前を確認する。
「たなか……あゆむ君?」
僕は、そのたびに首を横に振る。
「違います」
「え?」
「たなか、すすむです」
すると大人は、少しだけ困った顔をする。
「ああ……ごめんね。すすむって読むんだね」
漢字はちゃんと「歩」なのに、読み方は「すすむ」。たぶん、僕の名前を初めて見た大人のほとんどが、一度は同じところでつまずく。
違うクラスの学校の先生もそうだし、校外学習で行ったどこかの受付のお姉さんもそうだった。
そして、そのたびに僕は同じ説明をする。
「一歩、一歩って進んでいくように、夢に向かって進んでほしいって、お父さんがつけたんだよ」
ってこれはお母さんから聞いた話だけど、僕はこの名前がけっこう好きだ。
けど、ちょっと変な名前だとは思う。
こういう名前を「キラキラネーム」って呼ぶらしい。
その偉大なるキラキラネームを僕につけたお父さんは、去年の冬にいなくなった。
ある朝、いつもと同じようにコーヒーを飲んで、玄関で靴を履いて、
「行ってくる」
そう言って家を出た。
ただ、それだけだった。
僕はテレビを見ていたから、振り返って「いってらっしゃい」と言った。お父さんも、いつもと同じように手を上げた。
それが最後だった。
その日の夜になっても帰ってこなかった。
次の日も。
その次の日も。
一週間が過ぎても、帰ってこなかった。
僕はお母さんに聞いてみた。
「お父さん、いつ帰ってくるの?」
お母さんは少し黙ってから、
「分からない」
と答えた。
「いつも帰ってくるじゃん」
「そうね」
「じゃあ、今日?」
「……かもしれないわね」
その答えが、僕は嫌だった。
大人は、何でも知っていると思っていたからだ。
お父さんがどこにいるのか。
いつ帰ってくるのか。
どうして帰ってこないのか。
お母さんなら、全部知ってると思っていた。
だから、もう一度聞いた。
「お母さん」
「なに?」
「お父さん、死んだの?」
お母さんは答えなかった。
そのとき初めて僕は知った。
大人でも、答えられないことがある。
そして、答えられないことを聞かれた大人は、泣くことがあると。
お母さんは僕に背を向けた。
肩が、ほんの少し震えていた。
僕はそれ以上、何も聞けなかった。
ただ、お父さんが最後に言った言葉だけが、ずっと頭の中に残っていた。
――行ってくる。
僕は、その言葉を信じていた。
だって、お父さんは僕に名前をつけた人だから。
一歩、一歩。
夢に向かって進めるように。
だったら僕は、待っていればいい。
お父さんが帰ってくる、その日まで。
そう思っていた。
八歳の僕は、まだ知らなかった。
「待つ」ということを知るためには、大人になるための時間が必要だということを。




