第8話 呪われた王子の苦悩
【Side アベル・ド・ドラゴニア】
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俺の物語は、セレナ・アリアーナと出会うことで大きな転機を迎える。
結論から言ってしまえば、俺はあの元聖女に惚れることになる。
一目惚れである。
何故彼女に対してこれほどまでの好意を持つようになったのか。
それを問われると、上手く答えることが出来ない。
まずは、外見だろうか。彼女はとても可愛らしい外見をしている。黒髪であり、小柄な体躯はとても可愛らしい。その佇まいも素晴らしい。聖女をしていたためかその所作は一々美しいのだ。
何よりも――俺のことを見てくれる。
そのことが何よりも嬉しかった。
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さて、そろそろ俺について話をさせてもらおう。
俺の名はアベル・ド・ドラゴニア。
ドラゴニア王国第二王子。
そして、生粋の引きこもりだ。
俺も好きで引きこもっているのではない。
数年前にかけられた呪い――【醜愚】が原因だ。
その呪いにより、俺の姿が醜く恐ろしい化物に見えるのだ。呪いをかけた術者は不明。解除しようにも、その呪いに太刀打ちできる魔法使いは一人もいない。最初から万策尽きている。
呪いにより、俺の人生は大きく変わった。人前に出ることが許されなくなり、親や兄弟ともほとんど会わなくなった。呪いを制御しようとしたこともあるが、上手くいかなかった。それどころか、呪いは時間の経過とともに強くなっていった。俺がいるだけで、周囲の人間は体調を崩した。そして、ついにはドラゴニア王国の人間では手が付けられなくなってしまった。
結果、俺は異国の学術機関――『ナイトフロスト魔法学院』へと送られた。
この魔法学院は、世界最高峰の魔法に関する学術機関だ。呪いもその範囲に含まれている。父上は、ここであれば、この呪いを解除できると期待したのだろうか。あるいは、ただ単に近くに置いておきたくなかったのかもしれない。
結局のところ、魔法学院が総力を挙げて解除を試みても解除は不可能だった。しばらくの間は調査をしてくれる教授陣もいたが、しばらくすると諦められた。あるいは、中々かんばしい成果が出ないため、飽きられた。
ここでも、呪いは更に強くなっていった。
俺は魔法学院内でも隔離されることとなった。その隔離場所こそが、この尖塔だ。
ちなみに、この尖塔は俺がデザインした。内部には無数の動く階段が設置してみた。昔読んだ小説では、魔法使いの学校の階段が動いていた。だから、それと同じものを作ってみたのだ。
俺はこの尖塔に引きこもり続けた。
人との接触は必要最小限のまま、孤独な人生を送った。
その間も、呪いは強くなっていった。
もはや、俺の顔をまともに見ることは出来る人間はいなくなっていた。
俺は、長い時をこの部屋で孤独に――。
「ぼっち殿下、おはようございます」
孤独に生きてきたのだが、誰とも接触をしなかったわけではない。
「……何だ、モブか」
声をかけてきたのは、モブという名の男だ。
まとまらない茶色い髪が、軽薄な雰囲気を醸し出している。自らを『モブ』と名乗っているが、それが本名なのかを俺は知らない。おそらく偽名だろう。
彼はこの学院の学生ではない。
俺を監視するために本国から派遣されてきたスパイだ。
「いつも通り、黄昏れていますね。また『一人モノローグ』でもしていたんですか?」
「そんなことはしていない! それより、今日はどうして来たのだ? 俺が呼ぶか、緊急の用事がない限り来ないよう言ってあるはずだ」
「ええ。ですから、緊急の用事のほうですよ。ドラゴニア王城から手紙が届いています」
「手紙?」
モブから手紙を受け取る。
確かに、ドラゴニア王家の封蝋がなされたものだった。偽造の線はなさそうだ。王城から連絡が来るなど、久しぶりのことだ。俺は封筒から手紙を取り出し、目を通した。そして、そのとんでもない内容に固まった。
「どうされました?」
「兄上が婚約破棄をした」
「婚約破棄ですか。確か、カイン殿下は聖女様と婚約をされていたはずですが」
「そうだな。そして、婚約者であった聖女セレナ・アリアーナを魔法学院に追放したそうだ」
つまり、ここが追放先になるということだ。
俺は頭が痛くなる思いだった。
「それは大変ですね。というか、気まずいですね。殿下は引きこもっていますが、セレナ嬢がこの魔法学院に来れば、遭遇してしまう可能性も0ではありません。出来る限り接触は避けた方がいいと思いますよ」
「ああ、そうだな。だが、そうも行かないようだ」
「どういうことです?」
手紙には、信じがたい内容が書かれていた。ドラゴニア王家の封蝋がされていなければ、悪戯だと思えるような内容だ。それは『セレナ・アリアーナをお前の婚約者にしておいた』というものだった。婚約破棄した相手を弟の婚約者に据える――そんな非常識なことをする人間がこの世にいるとは思っていなかった。しかも、それが王族である実の兄だとは。
「これは、冗談だよな?」
「王家の封蝋がされた文書に冗談なんてものはありません。例え、内容がどれほど冗談めいていても」
それこそ笑えない冗談というものだ。
――邪魔者扱いされた俺を婚約者にするだと?
どう考えても、セレナ・アリアーナへの嫌がらせだろう。呪いのせいで、人は俺の顔をまともに見ることが出来ない。そんな人間と結婚したがる者などいるはずがない。
「おやおや、どうしました。ため息なんてついて。婚約者が出来たのですから、おめでたいことではないですか。このまま引きこもっていたら、一生独身ですよ? それでもよろしいのですか?」
「その方がいいだろう。仮に結婚したとしても、妻は俺の側にはいられない。側にいるだけで、呪いのせいで俺を怖がることになる」
それはお互いに地獄の生活となるだろう。恐怖を我慢しながら過ごす妻。その姿を見ながら心を痛め続ける夫。どう考えても長続きはしない。互いを傷つけて終わるだけだ。それなら、最初から婚約者などいないほうがいい。
「でも、考えてみてくださいよ。カイン殿下のことですから、何らかの考えがあって聖女様を婚約者にした可能性もありますよ。例えば、恐怖を快感に変換できる性癖の持ち主だとか」
「それはお前だろう」
「ええ、そうですが? ただ、一人いるのであれば、他にもいる可能性は十分に考えられるとは思いませんか?」
「毒虫は一匹見かけたら二百匹いると思え、とは言うが……」
「酷いですねぇ。俺のことを毒虫扱いしないでくださいよ」
「済まない。毒虫に失礼だったな」
「素直じゃありませんね。俺がいることを密かにありがたく思っていることは、分かっているんですよ? ここは一つ、感謝の言葉の一つでも向けてみませんか?」
「話が逸れているぞ」
「はいはい」
王族に向かってこの態度。
相手が引きこもっている俺でなければ、大変なことになっていただろう。
「でも、どうです? もしもセレナ嬢がそんな『元』変態聖女だったとしたら、完璧じゃないですか」
「お前、言い方に気をつけろ」
「失礼しました。元変態聖女ではなく、変態『元』聖女でした。訂正します」
「そこではない! いや、もういい。続けろ」
この男には何を言っても無駄だ。軽薄な口調に対して何度も注意をしているが、全く改善の様子は見られない。スパイならスパイらしく、もう少し距離を置いて欲しいものだ。
「アベル殿下は、それなりに美しい身体をしていらっしゃるわけですから。細身ではありますが、脂肪が少なく筋肉質。銀髪も美しいですし。女性にはかなりウケると思いますよ」
「お前、俺のことをそんな目で見ていたのか?」
「客観的な目ですよ。気持ち悪いことを言わないでください」
「気持ち悪いのは、お前の視線だ!」
「酷いことを言いますね。まぁ、それはともかく。セレナ嬢はいつごろ到着されるのでしょうね?」
「さぁな。手続きもあるだろうから、十日はかかるのではないか?」
「到着したら、会いに行かれますよね?」
「まぁ、あちらが落ち着いた頃に一度は会っておく必要はあるだろう」
兄の愚行によってここに送り込まれたのだ。俺が無視をし続けるというのは、あまりに理不尽な仕打ちだろう。ならば、一度会っておく必要がある。別に、彼女に会うのが楽しみとかいう訳ではない。断じて違う!
「殿下、何か面倒くさいこと考えていませんか?」
「考えてないが?」
「では、セレナ様が到着したらすぐにでも会いに行きましょう」
「しかし、到着早々会いに行くというのは、鬱陶しく思われる危険があるのではないか?」
「おや、会いに行きたいことは行きたいようですね」
「そんなことはない! どうしてそうなるのだ!」
「だって、殿下は『聖女萌え』じゃないですか?」
「何だと!?」
「俺の手持ち資料では、幼少期に『聖女と結婚する』と発言していた記録があります」
「なぜそれを知っている!?」
確かに、そんなことを言ったことがあるような気がする。ほんの些細な戯言だ。そんなことまで把握しているのは、素直に気持ち悪く思う。自分の呪いなど、この男の粘着性に比べれば可愛いもののようにも思えてしまうほどだ。
「ちなみに、今の発言は公文書に記録されていたものです」
「どうしてそんなものが公文書として残っているのだ!?」
「王族ですからね。趣味や嗜好や性癖、ありとあらゆる情報が重要なものとして記録されているのでしょう」
その文書を作成した者に対しては、いずれ然るべき処置を取ることを心に決めた。
「大体、それを言うなら兄上など『筋肉萌え』ではないか!」
「ああ、そうらしいですね。だから、日々鍛錬をかかさないそうですよ? まぁ、アベル殿下もこの部屋の中でトレーニングはしていますから、それなりに筋肉はついていますけど。おっと、話がそれてしまいましたね。会いに行くかどうかの話をしましょう。殿下、現実問題として、いつまでもこのままというのはよくないでしょう? 呪いの制御も大分できるようになってきたわけですし、そろそろ一度外に出てみたらどうですか?」
「しかし、それで嫌われては――」
「行かないようであれば、向こうから来ますよ?」
確かに、それは道理だった。聖女セレナ・アリアーナのほうから訪ねて来てもおかしくはなかったのだ。むしろ、婚約者となった第二王子である俺への礼儀を考えれば、来ない方がおかしいくらいだ。
「呪いを抑えるにも、精神統一が必要でしょう? でしたら、向こうが来るのを待つのではなく、呪いの抑制が上手くいったタイミングでこちらから出向いた方がまだいいのでは?」
「確かに、それは言えているな……」
不本意なことではあるが、納得してしまった。いずれ会うことになるのであれば、ベストなタイミングを探るべきだ。
「では、セレナ嬢が到着したら、タイミングを見て会いに行きましょう。それまでに、心の準備をしておいてください」
「いや、それは無理だ」
「何故です?」
「……女性と話をするのは、久しぶりのことだ」
「そうですね」
「心の準備が出来る気がしない」
「ここまで酷いとは思いませんでした」
流石のモブも呆れているようだった。
だが、これは俺にとっては深刻な問題なのだ。長年の引きこもり生活は、対人コミュニケーション能力を失わせてしまった。会ったところで、何を話せばいいのか分からない。呪いのせいで、俺への印象は確実にマイナスから始まることになる。下手なことを言って嫌われはしないだろうか、とついつい考えてしまうのだ。
「ところで、そのセレナ・アリアーナというのはどういった人物なのだ?」
「年齢は殿下より二つ下の18歳ですね。以前、王都に行った時に見たことがあります。外見としては、地味ですが、可愛らしい顔つきの方でしたね」
「く……」
俺は奥歯を噛みしめた。
「可愛いのか……」
「はい。多分、殿下の好みのタイプかと」
「俺の好みを話したことなどないだろう! いい加減なことを言うな!」
「長年の付き合いですから、大体予想はつくんですよ。それよりも、何を苦しんでいるのです? 可愛いのだから、いいじゃないですか」
モブが俺を覗き込む。その顔はいやらしくニヤついている。
「仮に、その元聖女とやらが、俺から見て『非常に可愛い』と言えるものだったとしよう。その場合、俺は緊張のあまり呪いを制御できなくなってしまうかもしれない。それは避けなければならない」
「あー、そうかもしれませんね」
「そうなってしまえば、元聖女に嫌われてしまうのではないだろうか……」
「微妙なところですね」
「モブよ。会いに行くとき、俺は目をつぶっていてもいいと思うか?」
「……逆に、どう思います?」
いいわけがない。だが、セレナ・アリアーナを前にして、平然としていられるとは思えない。
俺はこの時、絶体絶命のピンチに陥っていた。




