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第1話 50ゴル硬貨20枚の謎(前編)

     1


 毒入りジュース事件から一か月が経過しました。


 あの後、わたしは特に大きな問題なく生活をすることが出来ています。

 わたしへの嫌がらせを最も大っぴらに行っていた実験台――もといタルサさんが大人しくなったことで、他も連動して嫌がらせを控えるようになったのです。


 殿下の実験については、タルサさんの献身的な協力の下、ある程度の成果が出てきました。

 もう少しで、短時間なら人前に出られるようになるでしょう。

 大変喜ばしいことです。


 殿下については別の変化がありました。

 わたしが身の回りの世話をしに行っても、机の上がきっちり片付いているようになったのです。

 生活用品の整理整頓もされているようになっていました。

 これではやることがありません。

 それだけならいいことなのですが――それをカレン局長に感づかれてしまいました。


「それなら、学院内の購買部で働いてもらおうか」


 その一声で、わたしは追加の仕事を頂くこととなりました。

 給料の増額はありません。

 それでも、他の人に比べればまだ楽な状態なので、この仕事を辞めるつもりはありませんけれど。

 他にあてもありませんし。


 というわけで、わたしは週に二回ほど、学院の購買部で働くことになりました。


「それで、セレナ。売れ行きの方はどうや?」

「ぼちぼちですね」


 今日はミューズさんが来店していました。

 学生の身である以上、この購買部を利用する機会はたくさんあります。

 そのタイミングをわたしのシフトが入っている時間帯に合わせてくれているそうです。


「というか、ミューズさんが何故売れ行きを気にしているのですか?」

「私の家は商家やからな。市場調査っちゅうやつや。勿論、城下町にも頻繁に繰り出しとるで。それで売れ筋を判断して、実家に手紙を書く。それがここでの私の仕事なんや」

「成程、そういうことでしたか。ちなみに、何を扱ってらっしゃるのですか?」

「何でも、やな。最近は書物に力を入れているらしいけど。そや、何かお勧めの本とかはないんか? ジャンルを教えてくれるだけでもえんやけど」

「おすすめの本……」


 ないこともない――というか、あります。

 聖女候補として厳しい訓練に明け暮れていたころ、寮の部屋でとんでもない本が発見されたことがありました。

 それはもう、過激なものでございました。

 具体的には、男性同士の過剰な友情を描いたものです。

 過去の聖女候補が決死の想いで運び入れたのでしょう。

 わたしたち聖女候補は、その偉大なる先達の思いを汲むことにしました。


 わたしたちは、その本を読みまわしました。

 そして、最終的には全員が全文を暗唱することが出来るようになっていました。

 聖書よりも熱心に読まれていいましたね、あれは。


 それは今でも、寝室内の隠し場所に安置されているはずです。

 それを次代の聖女候補たちが見つけたかどうかは知りません。

 ですが、きっと見つけていることでしょう。


「セレナ様?」

「いえ、何でもありません。少し昔の思い出に浸っていました」

「美しい思い出なんやな」


 わたしは何も答えませんでした。

 答えるわけには行きません。


「それよりも、他のお客様が来ました」

「あ、そのようやな」


 ミューズさんはレジの前から離れました。

 入れ替わりにやって来たのは、おそらく私よりも年下の少年。

 柔らかい金髪が特徴的な子です。

 それを見た私は、心の中でため息をつきました。


 彼はここ最近の常連さんです。

 ただし、ここで買い物をすることはありません。

 何故なのかは分かりませんが、彼はここに両替を頼みに来るのです。


 内容は毎回同じ。

 50ゴル硬貨20枚の1000ゴル紙幣への両替です。

 今回も同じでした。


「これを1000ゴル紙幣に両替してください」

「……はい」


 断りたいところですが、仕事なので仕方がありません。

 わたしは50ゴル硬貨を数え上げ、1000ゴル紙幣を渡しました。

 最近、彼は決まってこの時間にやってきて両替を頼むのです。

 このやりとりに何の意味があるというのかは分かりません。


 正直、気持ち悪い。


「あの、これに何の意味が――」

「ありがとうございました!」


 少年はそう言うと、逃げるように去っていきました。

 結局、何だったのでしょう。

 わたしが疑問に思っていると、ミューズさんが目を輝かせていました。

 一体、どうしたというのでしょうか。


「ミューズさん、どうかされましたか?」

「『どうかされましたか』では、あらへんわ! 何なんや、今の!」

「分かりません。一体どういった意図が――」

「そんなの、決まっとるやろ! セレナと話がしたくて両替を頼みに来ているに決まっとる!」

「いえ、決まってはいないと――」

「セレナは罪な女やな!」


 妙にテンションが高いミューズさん。

 ですが、わたしのテンションは全く上がっていませんでした。

 目の前で異様に盛り上がっている様子を見せられると、より冷静になってしまいます。


「そういうのではないと思いますが」

「セレナには分からんか? 身近に憧れの人がいたら、無理矢理きっかけを作ってでも会ってみたくなる気持ちが!」

「……分からなくもないですが」

「誰なんや!? セレナの推しは!」


 推し。

 ファンとなるべき人物。

 特にいませんね。強いてあげるとなれば――。


「……歌姫とか」


 あれはいいものです。

 彼女の歌声は、聖女候補たちにも癒しを与えていました。

 実際、聖女候補の中にも彼女のファンが多くいました。


「ああ、あれか。そう言えば、歌姫候補がこの学院におるっちゅう話をしたやろ? あれ、本当らしいで」

「本当ですか!?」


 つい、前のめりになってしまいました。

 今の話が本当なら、次代の歌姫の生歌を聞くことが出来るかもしれません。

 場合によっては、友達になったり出来るかもしれません。


「ほら、分かったやろ?」

「え?」

「推しなのか恋愛感情なのか知らんけど、あの50ゴル少年には、そういう可能性があるちゅうわけや」

「いえ、それはないですね」

「強情やな!?」


 ミューズさんは呆れたように言います。

 ですが、実際それはありえないのです。

 何故なら――彼からはほの暗い悪意を感じるから。

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