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第1話 診察(前編)

     1


 アベル・ド・ドラゴニア。

 金髪の美男子は、彼の身に起きたことを語り始めました。


「俺にかけられた『呪い』のことは知っているか?」

「いえ、存じ上げません」

「そうか。では、今説明しておこう。俺には呪いがかけられている。それは、『俺の姿が恐ろしく醜いものに見える』というものだ。どんな姿に見えるのかは、見る者によって変わってくる。だが、それはその人間の根源的な恐怖を湧きたてるものらしい」


 それで納得がいきました。

 彼が避けられていたのは、その呪いのせいだったのでっしょう。


「あー、よかったー」

「よかった!?」


 殿下が驚いた声を上げました。これは失言だったかもしれません。

 ですが、わたしにしてみれば今の話は立派な安心材料です。

 学院事務局で殿下の世話役が長期休暇を取ることになったと聞いていました。

 あの時は、とんでもないパワハラでもする人格破綻者である可能性も考えていました。


 でも、そうではなかったのです。

 人が近寄らない正当な理由があったのです。


「こちらの話です。気にしないでください」

「分かった。ところで、君にはこの呪いの影響がないように見えるのだが、どうなのだ?」

「わたしは無意識化で障壁を張っていますから。おそらく、そのせいでしょう」


 わたしには殿下の素顔が見えています。

 直視するのが難しくなるほどに美しいそのご尊顔をはっきりと直視できています。

 ですが、他の人たちは、呪いのせいで認識に齟齬が生じるようになってしまっているのです。


 つまり――。

 この端正な素顔はわたしが独り占めすることが出来るようです。


 少し得した気分ですね。

 いえ、今のは少しばかり不謹慎だったかもしれません。


「それにしても、呪いですか……」


 聖女の仕事の一つに、呪いの解除がありました。

 聖女が使う白色魔力は、呪いに対抗できるものです。

 ですから、聖女や聖女候補は呪いの専門家でもあるのです。


 そのため、個人的には殿下の呪いには興味をひかれます。

 少し調べてみたいと思いました。もしかしたら、解除できるかも知れませんし。


「呪いの効果範囲はどの程度なのですか?」

「割と広いところまで及ぶ。全く制御をしなければ、半径20mといったところだろう。俺を見なければ影響はほとんどないが、睡眠時には魔法的にも無防備になってしまうため、夢見が悪くなるらしい。そのため、職員や学生たちが多く集まる寮で生活することが出来ないのだ」

「それで、離れた場所で生活しているというわけですか」

「そうだ」

「つまりここは『男性の私室』ということですね?」

「……そうだが」

「女性であるわたしが一人で入るというのは、いかがなものなのでしょうか?」

「まずいのか?」

「おそらくは」


 わたし自身、世間知らずということもあり、そのあたりの常識はよくわかりません。

 聖女だった時は、男性の部屋に入ったことはありませんでした。

 カイン殿下の婚約者になってからも、カイン殿下とわたし室で二人きりという状況になったことはありません。

 そもそも、あのアホ王子の私室に入ったことがありません。

 おっと、汚い言葉が出てしまいました。


「確かに、色々と問題があるかもしれないな」

「そうですか?」

「自分で言っておいて、否定するのか?」

「よく考えてみたら、警戒する必要などないのですよ。殿下の呪いのことは、学生たちも知っているのでしょう? だったら、わたしがこの部屋で殿下と二人きりになったところで、おかしな噂が流れることはないでしょう」

「外聞が悪いかもしれないな。もっとも、ここは尖塔の最上階だ。わざわざここまで覗きに来る者もいないだろう」

「それもそうですね。後は、アベル殿下に襲われる心配ですが――」

「そんなことはしない!」

「ええ、信じています。アベル殿下もわたしのような『貧相な身体』に魅力を感じたりはしないでしょうし」


 王城で新聖女に言われた言葉を思い出しました。

 このような『貧相』な身体に、カイン殿下は興味がないそうです。

 きっと、その弟であるアベル殿下も似たようなものなのでしょう。


 そう思っていたのですが――殿下は目を背けていました。

 見れば、耳が赤くなっています。

 もしかして照れているのでしょうか。

 照れ屋さん純情ボーイなのでしょうか。


 わたしの中で、殿下への好感度が上りました。

 己の単純さに呆れますが、嬉しいものは嬉しいのです。


「それよりも――」


 殿下は胡麻化すように言いました。


「呪いの話を続けさせてもらう」

「あ、はい。どうぞ」

「誰が呪いをかけたのか、何の目的で呪いをかけたのかは分からない。もしかしたら、誰か知っているのかもしれないが、少なくとも俺は教えてもらえていない。だが、少なくとも俺はドラゴニア王国にとって、ただの厄介者となっていた。そして八年前、兄によってこの学院へと追いやられた」


 八年前というと――わたしはまだ聖女認定されていませんね。

 王族との直接の接点もなかった頃です。。

 ですから、一度もお会いしたことはなかったはずです。


「呪われた弟の存在など、兄にとっては邪魔でしかなかったのだろう。『治療』という名目で厄介払いされてしまったよ。君も似たようなものなのだろう?」

「そうですね。おそらく、カイン殿下の邪魔になってしまったのでしょう」


 わたしは軽い調子で答えました。

 ですが、それはアベル殿下にとって非常に重要なことだったのです。


「だとすれば、君に聖女としての力はあるのか? 偽物ということになっているが、その実力はあるんじゃないか?」

「いえいえ、そんなことはありません」

「隠し立てするのは止めてくれ!」


 殿下は必死でした

 その理由は察しが付きます。

 わたしなら呪いを解けるのではないかと期待しているのでしょう。

 ですから、わたしは努めて冷静に説明をします。


「聖女というのは、あくまでもアリス聖教会が認定するものです。実力如何はさほど関係ありません。そういう曖昧な概念なのです」

「そうか」


 殿下は落ち込んでしまったようです。

 姿が醜く見える呪い。

 そんな呪いを身に受けていたら、日常生活すらままならないでしょう。

 それを解除したいという気持ちはよく分かります。


「とりあえず、診察させていただけますか?」

「解除できるのか?」

「調べてみないことには何とも言えません。解除できるという保証はありませんので、それをご了承いただけるのであれば、診察をさせていただければと思います」

「ああ、頼む」


 殿下の声からは、期待の色が伺えました。

 出来る限りその期待には応えたいところですが――現時点で他の人が解除に成功していないという事実がある以上、楽観視は出来ません。

 ぬか喜びはさせたくありませんし。


 その傍らで、わたしなら解除できると思ってもいました。

 わたしは、これまで数多くの呪いを解除してきました。

 その実績が、わたしの思考を鈍麻させていました。


 正直に言えば、わたしは思いあがっていました。

 世界を侵食しつつある瘴気の浄化に大きな成果を上げてきたのです。

 それに比べれば、殿下の呪いなど大したことないと思い込んでいました。


 結論から言ってしまいましょう。

 これから、わたしは呪いの解除を試みることになります。

 成功による自賛と殿下からの感謝を得るために。


 ですが、その試みは失敗することになるのです。

 完膚なきまでに。

 最悪の形で。


「では、ちょっと脱いでいただけますか」

「脱ぐのか?」

「上半身だけで構いません」

「……分かった」


 アベル殿下はシャツを脱ぎました。

 均整の取れた上半身がさらけ出されます。

 鍛えているのか、美しい筋肉の凹凸が確認できました。

 大変魅力的な肉体です。


 わたしは、顔が熱くなるのを感じました。

 これまで、呪いを解除する際に男性の半裸を何度も見てきましたが、このような状態になることは一度もありませんでした。


 ――これも呪いの影響なのでしょうか。


 そんなわけがないですね。

 単純に、それほどまでに殿下の肉体が魅力的だということです。

 端正な顔立ちと美しい肉体の合わせ技。

 更に、殿下の体臭がわたしの鼻孔を刺激します。

 汗などが混ざった男の体臭。

 これまで異性にほとんど興味のなかったわたしには刺激が強すぎるのです。


 ですが、それに気を取られている場合ではありません。

 そんな邪なことを考えていること自体が不敬であり不謹慎です。

 猛省が必要です。


 わたしは煩悩を頭の隅に追いやり、一呼吸置きました。

 そして、ゆっくりと殿下の胸板に触れました。

 筋肉質な肉体の手触りに、少しだけ鼓動が跳ね上がります。


 ――煩悩退散!


 わたしは掌に意識を集中させました。

 ドクンドクンという鼓動が掌に伝わってきます。

 その鼓動を感じながら、呪いの概要を探っていきます。


 強い呪いであっても、構造が単純であれば解除をすることは出来ます。

 わたしの持つ白色魔力を大量につぎ込んで、無理矢理消滅させてしまえばいいのです。


 ですが、今回は一筋縄ではいかないようでした。

 呪いの発生源が、体内に複数あるようなのです。それもかなりの数。


「殿下、ちょっと痛みますよ」


 そう断ってから、白色魔力を少量注入しました。

 すると、呪いがその白色魔力を迎撃しました。

 わたしが注入した魔力は、一瞬で消滅させられてしまいました。

 この呪い、これまで見た中で最も強力です。


 同時に、殿下が「んんっ」という悩ましい声を発した。


「待て。今のは何だ?」

「軽い検査です。呪いの強さがどの程度のものなのかを測定しました」

「……そうか。それで、結果はどうなのだ?」


 正直に言えば、あまりいい状態ではありません。

 これほど強力な呪いは、これまで見たことがありません。


 弱い呪いであれば、今の少量の魔力で消滅してしまいます。

 ですが、この呪いは別格です。逆にわたしの白色魔力を消滅させてしまいました。


 呪いの解除が可能かどうかは分かりません。

 出来るにしても、かなりの苦痛を伴うことになるでしょう。


 それをどう伝えたものでしょうか。

 まぁ、誤魔化そうとしても無駄でしょうけれど。

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