第7話 指輪の行方(真相編)
1
時刻は昨日の夜に遡ります。
わたしは青年の推理を聞いた後、急いで事務局に戻りました。
そしてケーキの底を確認しました。
その結果、スポンジの中で指輪を発見することが出来ました。
あの人の推理どおりです。
わたしはその指輪を軽く水洗いして、返すことにしました。
その際には、推理の内容を説明する必要があるでしょう。
ですが、それでいいのかという疑問が生じました。
あの二人を険悪なまま帰らせたら、面倒なことになるおそれがあります。
レストランにもホテルにも責任はありません。
この学院事務局にも責任はありません。
勿論、わたしにもありません。
ですが、あの二人をそのまま帰すことに抵抗がありました。
貴族社会というのは厄介なものです。
無数の不確定情報があらゆる場所から発信されることになります。
守秘義務のある使用人であっても、信用は出来ません。
あの二人は、一緒に旅行に出かけるほど仲が良かったはずです。
仲違いをしていても、表面的な儀礼はつくすでしょう。
ですが、どことなくぎこちないやりとりになることでしょう。
そこに違和感を持った者は、噂という名前の不確定情報を発信することになります。
ほぼ確実に。
結果、その原因は夫の知るところとなるでしょう。
これが雁字搦めの貴族社会というものです。
わたしはこれが大嫌いなのです。
他人の醜聞を楽しむような輩に餌を与えたくありません。
ですから――もみ消してやることにしました。
根も葉もある噂を焼却処分することにしたのです。
その方法は簡単です
まず、二人の仲を決定的に破壊するような『致命的な事実』を嘘で覆い隠します。
そのために、わたしは早朝、指輪を持って忘却女性のところへ行きました。
医者は「一晩安静にする必要がある」と言っていたそうなので、一晩経った今なら会っても問題ないはずです。
医務室に入った私を、忘却女性は無視しようとしました。
しかし、ケーキの中に隠されていた指輪を見せたとたんに観念したようでした。
彼女は全てを白状しました。
最初はふざけ半分だったこと。
ケーキのスポンジに隠すという手段を思いついたから実行してしまったこと。
殴られたことで指輪を返す気がなくなったこと。
ケーキが処分されれば、それと一緒に指輪も処分されることになると思っていたこと。
「つまり、貴女は途中から本当に指輪を返す気がなくなっていたということですね」
「ええ、そうよ」
これが致命的な部分です。
実際に指輪が処分されてしまっていたら、和解は不可能でしょう。
仮に処分されていなくても、永久に手元に戻らないようにしようとしていたことがバレれば、和解は到底望めません。
「貴女にはお見通しだったのね。だから、ケーキをいったん持ち帰り、面会謝絶が解除される今日になってから再度現れたのでしょう?」
わたしは何も答えませんでした。
忘却女性からすれば、わたしは優秀な探偵にでも見えるかもしれません。
実際のところは、ケーキが食べたかっただけの卑しい女なのですが。
「それよりも、これからのお話をしましょう。貴女には、仲直りをしてもらいます」
「それは、無理よ」
「無理ではありません。今回の件は、貴女に大きな過失があります。ですが、加害者さんにも過失がないわけではありません」
「ないわ。私がただふざけただけ。それだけなのよ」
「でしたら、でっち上げればいいのです」
わたしがそう言うと、忘却女性は驚いたようにこちらを見ました。
実際のところ、これは驚くべきことでも何でもありません。
落としどころを作るためには、当事者全員に過失があることが必要です。
ですから、時には些細な過失を重要なことであるかのように装うのです。
偽装工作ですね。
こういうのは聖女時代よくやっていました。
アリス聖教に不都合なことが起きると、わたしが指揮を執って誤魔化したり隠ぺいしたりしていたのです。
これも聖女の専門分野です。
「皆さんは何故、指輪を外していたのですか?」
「ちょっとしたスリルを味わうためよ。指輪を外で外すなんてとんでもないことだわ。それを旅行先でちょっとやってみたくなったの」
「それを言い出したのは、どちらですか?」
「それは、あちらだけど」
「では、それを使いましょう。貴女は加害者にスリルを味わわせるために、指輪を隠したということにするのです。そこに悪意はなく、親切心とほんの少しの悪戯心があったということにしましょう」
「そんなことは出来ないわ」
「出来ない、ではなくやるのです。そうでなければ、お二人は今後酷い目に合うことになります。加害者を騙して和解をすることが、加害者のためになるのです。それが貴女に出来る贖罪の方法です」
わたしはそう力説しました。
すると、忘却女性はその案に乗ってくれました。
わたしたちは、事態の収拾のために事実をでっち上げることにしたのです。
そして、その嘘をもっともらしくするために、簡単な手品も身に着けてもらいました。
その結果が、今日ホテルの部屋で起きた和解だったのです。
3
城に戻ったわたしは、増築された尖塔の最上階へ行きました。
事件解決のお礼を言いに行くためです。
ちなみに、最上階へは身体能力強化の魔法で簡単にたどり着くことが出来ました。
今回は荷物を持っていないため、魔法使用の制限がされていないのです。
ドアをノックすると、すぐに反応がありました。
「誰だ?」
「昨日うかがった事務局の者です」
「入ってくれ」
「はい」
ドアを開けて、室内に入る。
部屋の中では、昨日の青年が何やら研究に明け暮れていました。
マンドラゴラをおろしたものから何かを抽出しているようです。
まさか、幻覚剤を作っているのではあるまいな。
いえ、失礼な想像をしてはいけません。
今日はお礼を言いに来たのです。
「昨日は失礼しました」
「いや、大したことではない。それで、あの女性はどうなった?」
「そうですね――」
わたしはホテルで起きたことを話しました。
忘却女性が謝罪をして、二人は和解することになったこと。
そのために、わたしが裏工作をしていたこと。
それまでの経緯を、過不足なく説明しました。
そして――。
「すみませんでした」
謝罪をしました。
わたしは忘却女性に嘘の証言をさせたのです。
この人の推理を勝手に材料にして、わたしが望む結末に導いてしまいました。
怒られても仕方がないことです。
ですが、そうはなりませんでした。
彼は優しい笑みを浮かべながら告げます。
「確かに、君は真実を捻じ曲げた。だが、間違ってはいない」
「え?」
「昨日の推理は、君のためにしたものだ。君がどう扱おうと俺が感知するべきことではない。君の助けになれたのであれば、それで十分だ」
「ありがとうございます」
わたしは頭を下げました。
本当にいい人でした。
この人に出会えたことは、幸運なことでした。
ここまで来るのに長い階段を登らなければいけないのは困りますが、それを引いても余りあるほどの人格者です。
この仕事から退いた前任者に感謝します。
――ん? この仕事から退いた?
ここに来て思い出しました。
前任者は、一か月ほどの休暇に入ったのです。
その原因は彼にあるはずです。
それに、わたしに絡んで来た女学生二人は彼を見て、すたこらさっさと逃げていきました。
それだけの何かが彼にはあるのです。
一体、それは何なのか。
それをあからさまに尋ねるのはいくら何でも無礼というものでしょう。
ですが、分からないままというのも、もやもやします。
――まぁ、後でいいか。
とにかく、今回は助けてもらえたのです。
余計なことは考えずに、ただ感謝をしておけばいい。
そう思いました。
「では、そろそろ名乗らせてもらえるか?」
「あ、はい」
そう言えば、まだ名前を聞いていませんでした。
これだけ色々話をしたのに。
厄介ごとに気を取られていたため、常識的な対応を忘れてしまっていました。
これは反省せねばなりますまい。
わたしは背筋をただし、拝聴の姿勢を取りました。
「俺の名はアベル・ド・ドラゴニアだ」
「ドラゴニア?」
その言葉を聞き、嫌な予感がしました。
それは、この世で最も忌むべき存在が持つ名。
だとすれば、目の前の人物はその男の身内ということになります。
この学院にいる、ドラゴニア王家の関係者。そう言えば、心当たりがあるような――。
「ドラゴニア王国の第二王子だ」
「第二王子……。第二王子!?」
この時になって、ようやくわたしは思い出しました。
遅ればせながら。
わたしには新しい『婚約者』がいたのです。
カイン殿下が勝手に設定していた婚約者。
カイン・ド・ドラゴニアの弟。
アベル・ド・ドラゴニア。それがこの人。
よく見てみれば、第一王子とどこか顔が似ています。
だから、ついつい顔を殴ってみたくなったのでしょう。
わたしはその結論に納得していました。
そして、これまで気づいていなかった理由にも思い当たりました。
わたしの想像の中のアベル・ド・ドラゴニアは心も見た目も醜い人間でした。
その架空のアベル殿下は、実物と違い過ぎたのです。
とりあえず、見た目に関しては問題ありません。
問題ないどころか、極上です。
身分も隣国の王子という最高のもの。
貴族であれば、仲良くしておいて損はないでしょう。
女性であればなおさらです。
――いや、まだ駄目です。
全てに納得しかけていたわたしですが、まだ疑問が残っていたことに気づきました。
それどころか、疑問は全く解決されていません。
前任者に療養が必要になったこと。
女学生が裸足で逃げたしたこと。
それを説明できる要素がまだ明かされていないのです。
ドラゴニア王国に第二王子というのは、プラス要素ではあっても、マイナス要素にはなりません。
勿論、わたしは除きますが。
名目上とはいえ、わたし婚約者ということになっています。
そのあたりは、早めに知っておいた方がいいでしょう。
とりあえず、自己紹介をしておきましょうか。
わたしは膝をちょこんと曲げて、頭を下げました。
「改めまして、アベル殿下。わたしはセレナ・アリアーナです」
「セレナ・アリアーナ……。セレナ・アリアーナ!?」
アベル殿下の表情に驚きの色が見えました。
あちらも、目の前の人間がセレナ・アリアーナだということを知らなかったようです。
この人は、どこまで事情を知っているのでしょうか。
婚約破棄と新しい婚約のことは知っているのでしょうか。
そんなことを考えていると、アベル殿下はいきなり頭を下げました。
「兄が君に対してしたことは、申し訳ないと思っている」
彼は迷うことなく、謝罪の言葉を告げました。
それは、わたしにとって、想定外の行動でした。
恐縮しながら、殿下に近寄ります。
「アベル殿下には何の罪もありません。先ほどまで特に意味もなく殴りたいと思っていましたが、今はそんな気持ちはありません」
「そうか。助かる」
アベル殿下は一安心したようでした。
「ところで、この後、少し時間をもらえないだろうか? 君に話したいことがあるのだが」
「ええ、勿論構いません」
わたしは快諾しました。
ここまでお世話になっておいて、断ることなど出来ません。
「それでは、話させてもらう。少し長い話になるが、聞いて欲しい」
こうして、アベル殿下は語り始めました。
彼に襲い掛かった災厄――【醜愚】の呪いの話を。




