第7話 遭遇(後編)
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突如として現れた謎の美男子。
このわたしでさえ目を奪われるその美貌――。
それは、並のイケメンとは一線を画していました。
――どこのどなたかは分かりませんが、女学生が騒ぎ出しそう。
そう思っていました。
ですが、そうはなりませんでした。
その美男子を中心に、しんと静まり返ってしまったのです。
周囲の学生たちは彼を見ようともせず、むしろ視線を背けていました。
わたしに絡んできた女学生たちも、俯いたままです。
明らかな異常事態です。
ですが、具体的に何が起きているのかは分かりません。
膠着状態の中、最初に動いたのはその美男子でした。
彼は女学生たちに向かって「通してくれないか?」と告げます。
「ひっ!?」
二人は怯えた声を上げ、逃げるようにその場を去っていきました。
先ほどまでの勢いからは、とても考えられない反応です。
もしかしてこの人、名のある家の方なのでしょうか。
もし厄介な人物であれば、すぐにでもこの場を離れたいところです。
ですが、それはさすがに失礼でしょう。
淑女として、そのような無礼は働けません。
「あの、ありがとうございました」
一応、お礼を伝えておきます。
ただ通りたかっただけという可能性もあります。
ですが、助けられたのは事実です。
お礼を言われて嫌な気分になる人もいないでしょう。
しかし、美男子は予想外の表情を浮かべました。
無表情でも嫌悪でもなく、ただ怪訝そうにしていたのです。
――お礼を言われるのが意外だった?
だとすれば、この学院はどうなっているのでしょう。
助けてもらっても礼を言わない文化でもあるのでしょうか。
結果から言えば、それは見当違いでした。
「君は、どうして逃げない?」
美青年がそう尋ねてきます。
「どうして恩人から逃げなければならないのですか?」
「俺が恐ろしくないのか?」
その問いに、背筋がひやりとしました。
こういうことを聞いてくる人は、厄介な事情を抱えているものです。
元聖女としての経験が、それを教えてくれています。
「……もしかして、関わると面倒な家系の方だったりしますか?」
「それは否定しない」
「では失礼します!」
ただでさえ厄介な立場です。
これ以上面倒事に巻き込まれる気はありません。
わたしは彼の横を通り過ぎようとしました。
ですが、行く手を遮られてしまいます。
「私に何かご用でしょうか?」
「俺に対して恐怖を感じたりはしないのか?」
わたしは首を傾げました。
彼の容姿は非常に整っています。
少なくとも、外見から恐怖を感じる要素はありません。
むしろ好ましいとすら思えます。
身長はわたしより二十センチほど高く、体格も均整が取れています。
肌は白磁のように滑らか。
彫りの深い顔立ちは人間離れした完成度です。
金色の髪は艶やかで、すべてが精緻に作られた人形のようにも見えます。
低く掠れた声もまた魅力的で、近くにいれば簡単に心を奪われてしまいそうです。
――まさに「魔性の男」といったところでしょうか。
だからこそ、警戒心が強まります。
この人には、それを打ち消す何か――しかもマイナス方向の何かがあるのです。
「まさか、イケメン過ぎる自分が怖いとかいうおかしな思考をお持ちの方ですか?」
「何だそれは?」
呆れたような反応が返ってきました。
その様子に、少しだけ安心します。
どうやら極端なナルシストではないようです。
「それよりも、本当に俺が怖くないのだな?」
「ええ、まぁ……」
そう答えた瞬間、彼はわたしの肩を掴みました。
思いのほか力が強く、少し痛みを感じます。
「あの、離していただけますか?」
彼は慌てて手を離しました。
「すまない、つい興奮してしまった」
「お気になさらず……いえ、やっぱり少しは気にしてください。わたしも一応女性ですので、それなりに丁寧に扱ってください」
そう言うと、彼は素直に謝罪しました。
「君があまりに美しかったので、つい力が入ってしまった」
「……はひ?」
思わず間の抜けた声が出てしまいました。
こんな言葉をかけられたのは初めてです。
婚約者だったカイン殿下からでさえ、容姿を褒められたことはありませんでした。
突然の賛辞に動揺してしまいます。
ですが、彼はそんなことには気づいていないようで――。
なぜか少し落ち込んだ様子でした。
それすら絵になるのが腹立たしいところです。
それにしても不思議です。
これほどの美貌の持ち主であれば、普通は女性たちが群がるはず。
それなのに、皆逃げていったのです。
――やはり相当面倒な家系の人なのでしょうか。
だとしたら、関わるのはごめんです。
今のうちに離れるのが賢明でしょう。
そう思って立ち去ろうとしたとき――。
ふと、引っかかりを覚えました。
わたしは改めて彼の顔を見ます。
やはり整いすぎているほどの顔立ちです。
一度見たら忘れないはずなのに、どこかで見たような気がするのです。
「あの、少し殴ってみてもいいですか?」
気づけば、そんな言葉が口をついていました。
「……どうしてそうなる?」
「自分でも分からないのですが、なぜか殴ってみたくなったのです」
「そ、そうか。だがやめてくれ」
「はい、そうですよね」
気まずい沈黙が流れます。
――これは会話終了の合図ですね。
これ以上関わると面倒なことになりそうです。
わたしはそっとその場を離れました。
「待ってくれ」
そう言われましたが、聞こえなかったことにしました。
わたしはそのまま走って逃げました。
すたこらさっさと。
今後会う機会も、きっとないでしょう。
そう思っていたのですが――。
わたしたちは再会することになるのです。
割とすぐに。




