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第7話 遭遇(後編)

     3


 突如として現れた謎の美男子。

 このわたしでさえ目を奪われるその美貌は、そんじょそこらのイケメンとは一線を画していました。どこのどなたなのかは分かりませんが、女学生が騒ぎ出しそう――。


 そう思っていました。

 ですが、そうはなりませんでした。


 その美男子を中心として、あたりがシンと静まり返ってしまいました。周囲の学生たちは、その美男子を見ようともしません。むしろ、視線を背けていました。わたしに絡んで来た女学生たちも、下を向いています。


 明らかな異常事態です。

 ですが、具体的には何が起きているのかが分かりません。


 そんな膠着状態の中、最初に動いたのは謎の美男子でした。彼はわたしの前にいる二人の女学生に対し、一言「通してくれないか?」と告げました。


「ひっ!?」


 二人組は恐れおののき、そそくさと逃げていきました。

 先ほどまでの剣幕から考えれば、おおよそあり得ない反応です。もしかしてこの男性、名のある家の人なのでしょうか。もしも厄介なことになりそうであれば、即刻この場を去りたいところです。


 ですが、それは失礼すぎるでしょう。淑女たるものそのような無礼を働くわけには行きません。


「あの、ありがとうございました」


 わたしは、一応お礼を言っておくことにしました。

 ただ通りたかっただけという可能性もあります。ですが、からまれている状態から解放されたのは事実です。それに、お礼を言われて嫌な気分になる人もいないでしょう。


 それに対し、美男子は予想外の表情を浮かべていました。無表情のままでもなく、嫌悪感を表すのでもない。彼はただ、怪訝そうにしていたのです。


 ――お礼を言われるのが意外だった?


 だとすれば、この学院はどうなっているのでしょう。助けてもらってもお礼を言わない文化でもあるというのでしょうか。


 結果から言えば、それは的外れな考えと言わざるを得ないものでした。


「君は、どうして逃げない?」


 美青年が尋ねます。


「どうして恩人から逃げなければならないのですか?」

「俺が恐ろしくないのか?」


 その質問に、背筋が寒くなるような思いがしました。こういうことを聞いてくる人間は、大抵面倒な事情を抱えているものです。それについては、元聖女であるわたしが保証します。


「……もしかして、関わると面倒なことになる家系の方だったりします?」

「それは否定しない」

「では失礼します!」


 ただでさえ厄介な立場にあるのです。

 これ以上の面倒事に巻き込まれる気はありません。


 わたしは男性の横を通り過ぎようとしました。

 ですが、阻まれてしまいました。


「私に何か御用でしょうか?」

「俺に対して恐怖を感じたりはしないのか?」


 私は首を傾げました。

 男性の容姿は非常に整っています。


 少なくとも、外見から恐怖を感じることはないでしょう。むしろ、彼の容姿は大変好ましいものでした。身長はわたしよりも20㎝ほど高く、均整がとれた体格をしています。普段から日に当たらない生活をしているのか、肌は白磁のように美しい。彫りが深い相貌は同じ人間とは思えないくらい奇跡的に整っています。金色の髪も艶があり、全てが完璧に作られた精緻な人形のようにも思えます。やや掠れたような低音の声も魅力的。一緒にいたら、すぐに駄目になってしまいそうな気がします。


 うん、まさに『魔性の男』といった感じですね。


 だからこそ、わたしは警戒心を強めました。

 彼には、それを打ち消すだけの何かがあるのです。マイナス方面の何かが。


「まさか、イケメン過ぎる自分が怖いとかいうおかしな思考を持った方ですか?」

「何だそれは?」


 美男子は、呆れたような表情をしました。そのリアクションに、少しだけ安堵しました。どうやら、いきすぎたナルシストではないようです。そういうのは、一人だけで十分です。


「それよりも、本当に俺が怖くないのだな?」

「ええ、まぁ……」


 その男性を見ながら答えます。すると、彼はわたしの肩を掴んみました。その手には力が入っており、肩に多少の痛みを感じました。


「あの、離していただけますか?」


 美青年は慌てて手を離しました。


「すまない、つい興奮してしまった」

「お気になさらず……。いえ、やっぱり少しは気にしてください。私も一応は女性ですから対応はそれなりに丁寧にお願いします」


 わたしがそう言うと、美青年は素直に「すまなかった」と謝罪しました。ですが、彼の言葉はそれだけでは終わらなかったのです。


「君があまりに美しかったので、つい力が入ってしまった」

「……はひ?」


 間抜けな声が出ました。

 こんなことを言われたのは生まれて初めてでした。婚約者だったカイン殿下からも、容姿を褒められたことは一切ありません。


 突然の賛美の言葉に、わたしは動揺してしまいました。

 ですが、そのことに美青年は気づいていないようです。何故だか、落ち込んだような表情をしています。それはそれで絵になる光景ですね。


 だからこそ、不可解なのです。

 このような美貌の持ち主であれば、さぞかしおモテになることでしょう。それなのに、女学生たちは慌てて逃げて行ったのです。一目散に。


 ――それほどまでに面倒な家系の人間ということでしょうか。


 だとしたら、関わるのはまっぴらごめんです。

 すたこらさっさと逃げることに――いや、ちょっと待った。


 何かが引っかかります。


 私は改めてその美男子の顔を見ました。

 やはり、非常に整った顔立ちをしています。一度見たら忘れることはないでしょう。ですが、どこかで見たことがあるような気がするのです。実はこれまでに会ったことがあったのか。あるいは、記憶の中にある誰かに似ているのか。


「あの、少し殴ってみてもいいですか?」


 気が付けば、そんな言葉が飛び出ていました。


「……どうしてそうなる?」

「何故だか、殴ってみたくなったのです。どうしてこんな気持ちになるのか、私にも分からないのですが」

「そ、そうか。だが、止めておいてくれ」

「はい。そうですよね」


 気まずい沈黙が流れました。

 沈黙が流れるということは、会話が終了したということです。これ以上面倒事に巻き込まれる前に、やはり退散することにしましょう。わたしはこっそりとその場を離れました。


「待ってくれ」


 そう言われたが、聞こえなかったことにしました。

 わたしは走って彼から逃げてしまいました。すたこらさっさと。

 今後会う機会もあまりないでしょうし。


 ですが――。

 わたしたちは、再会することになるのです。


 割とすぐに。

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