第6話 遭遇(前編)
1
魔法戦闘術の講義が終わった後、わたしは残りの講義を受けました。その間、ナルシスはわたしに対する嫌がらせを繰り返しました。あれほど恥をかかされたにもかかわらず、何度も向かってくるのです。その根性を少し尊敬しそうになりました。冗談抜きで。
ちなみに、わたしはその嫌がらせの全てを返り討ちにしました。その度に、わたしの実力を認めてくれる人が増えました。ある意味、彼のおかげでこの学院になじむことが出来たとも言えます。
ですが、もうお腹いっぱいです。
これ以上は関わりたくありません。。
寮の部屋に戻ってからも、そのあたりのことについてミューズさんに忠告されました。
「セレナ。アレにはこれ以上関わらんほうがええで」
アレというのは、言うまでもなくナルシス・デポンのことです。
「アレは考えが浅いくせにしつこい男や。顔がある程度いいから、アレに好意を持つ女学生もおる。それに、侯爵家の人間でそれなりに権力も握っとるから、取り巻きもおる。関わると無駄に疲れることになるで」
「私から関わろうとはしていません。むしろ、放っておいて欲しいのに、勝手に絡んでくるのです」
「まぁ、それもそうやけど」
「でも、どうしてあの人は私に敵意を向けるのでしょうか?」
「あのナルシス・デポンの家は、熱心なアリス聖教信者なんや。せやから、聖女を騙ってアリス聖教を騙していた――ということになっているセレナのことが許せんのやと思うで。どんな手段を使ってでもセレナを追い詰めようとしてくるやろうな」
「一応、信念に基づく行動というわけですか」
だとしたら、あのしつこさも分かります。
迷惑な話ですが、熱心な信者というのは、時折過激な行動に出るものです。自分が絶対的に正しいと思っているため、立ち止まるタイミングがないのです。
わたしも聖女として、そういう人を量産して来ました。そのことに対して責任を全く感じないと言えば嘘にります。それでも、このまま放置しておくわけにもいきません。
「教師に相談してみるというのはどうですか?」
「無駄やろうな。ここの教師陣は、人間に興味がない。興味があるのは魔法の研究と、特異な才能を持つ一部の学生くらいのものや。セレナは後者に該当するやろうけど、問題となっているのは魔法ではなく人間関係やから、取り合ってくれへんと思うで」
「それじゃあ、マドベさんはどうでしょう? あの人はまともな感性をしていると思います。相談したら、何とかしてくれないでしょうか?」
「相談には、乗ってくれるとは思うで」
ミューズさんは腕を組みながら答えました。
「解決は難しいと?」
「そうやな。副担任には何の権限もない。ナルシスを止めることは出来んやろ」
「それでは、個別に何とかするしかありませんね」
「せやなー。出来るだけ、巻き込まんといてな~」
「冷たい!?」
あっさりとしたミューズさんの対応。
冷たいようにも思えますが、そんな適当な関係が今のわたしにはちょうどいいように思えました。もしかしたら、これが『友人関係』というものなのかもしれません。
悪くない気分です。
この学院に来たことは、やはりわたしに取ってはプラスでした。少しだけ第一王子に感謝をしてしまいそうになります。
しませんけれど。
感謝、駄目、絶対。
2
ナルシスに関するトラブルは、翌日以降も続きました。
それは、彼からの直接の嫌がらせに留まりません。彼の取り巻きやファンが、小さな嫌がらせをしてくるのです。わざと身体をぶつけたり、聞こえにくい声で悪口を言ったり。
嫌がらせはそういう小さなものだけではありません。中には、わたしに対して直接文句を言ってくる人もいました。正々堂々としているようにも思えますが、そういう方々は複数人で徒党を組んでやってくるのです。実に鬱陶しい。
「アンタ、セレナ・アリアーナでしょ!」
ある日、わたしは二人組の女生徒に声を掛けられました。三年生は一クラスしかなく、わたしはそのほぼ全員の顔と名前を憶えています。王城勤めの基本スキルです。心当たりがないということは、二年生か一年生でしょう。
彼女たちはあからさまな敵意をわたしに向けていました。
――イチイチ相手にしていられませんね。
わたしはしれっと「いえ、人違いです」と答えました。
その言葉に、女学生は驚いていたようでした。
「え、そうなの? ごめんなさい」
そう言って謝罪した女学生に対し「いえいえ、お気になさらず」と言ってその場を立ち去ろうとしました。ですが、二人組のもう一人が、わたしの人相を知っていたらしく、ツッコミを入れました。
「いやいや、こいつがセレナで合っているから!」
「え? そうなの?」
文句を言ってきた女学生は、改めて私を見ました。まだ半信半疑のようです。なんだか、少しだけ面白くなってきました。
「いえ、ですから人違いですって。セレナというのは、途中入学してきた元聖女ですよね? 魔力測定の様子を見ていなかったのですか?」
「あの時は、見逃しちゃって」
「そうですか。では、今後はちゃんと本物に話しかけてください」
私はそう言って、再度立ち去ろうとしました。しかし、もう一人の方に呼び止められてしまいました。試みは失敗に終わってしまったようです。残念。
「お待ちなさいな! 貴女がセレナ・アリアーナだということは分かっていますわ」
「そうですか。それで、どういったご用件でしょうか?」
「ナルシス様になんてことをしたの!」
「なんてことと言われましても――どれのことですか?」
あの男は、ことあるごとに私に絡んできました。その度に、私は彼を撃退していました。ここ数日だけでも無数の心当たりがあるのです。
「とぼけないで! 模擬決闘の話よ!」
「模擬決闘――ああ、あれですか」
「実力を隠して、手を抜いていたんでしょ? 心の中では、私たちを馬鹿にしているんでしょ? そもそもアンタは、偽物の聖女――国を騙した犯罪者でしょ? 早く出ていきなさいよ!」
女子学生は、悪意を隠すことなく言いました。
「実力を隠してはいません。馬鹿にしてもいません。偽物の聖女という点については、ノーコメントです」
聖女が本物かどうかを決めるのは教会の役割です。
その教会が私を『偽物』と認定してしまったのです。だから、私が『偽物』であるということは一応事実ということになます。忸怩たる思いではありますが。
「ほら、やっぱり偽物だったじゃない!」
「私は自分を偽物だと思ったことはありません。その件についての文句は教会に言ってください」
「教会に!? まぁ、なんて図々しいのでしょう! こともあろうに、教会に責任を擦り付けるだなんて!」
女学生はますますヒートアップしていきました。なんだか、とても面倒くさくなってしまいました。こういう場合、どう対処すればいいのでしょう。女学生は口汚く私を罵り続けています。他の学生たちは、それを遠巻きに見ていました。
――いっそのこと、強制的に排除してしまいましょうか。
そんなことを考え始めていたころでした。
わたしたちの前に一人の青年が現われたのです。
全身を黒いローブで覆っており、背は高め。室内でこの格好は不審者と言ってもいいでしょう。だけど、ローブの隙間から見える顔は、恐ろしいほどに精悍なものでした。髪は小麦のような金色で、その瞳は宝石のような青色。鼻梁は高く整っています。ナルシスに比べても、数段上の美男子です。
というか、この学院には美男子が多すぎる気がします。
学院長にしろ、マドベさんにしろ。
おっと危ない。余計なことを考えてしまいました。
今は通りがかった美青年に見とれている場合ではありません。先に、目の前の女学生の対処をする必要があります。
そう思ったのですが――。
わたしに絡んで来た女学生に異変が起きていました。彼女たちは狼狽し、動けなくなっていました。まるで化け物に出会ってしまったかのように、顔を真っ青にしています。身体は小刻みに震えており、美男子から顔を背けています。
――なんですか、この状況。
わたしの疑問は募るばかりでした。




