第3話 魔法戦闘術(前編)
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記念すべき最初の授業は『魔法戦闘術』というものでした。
なにやら、魔法を使った戦闘技術を学ぶというもののようです。予定表を確認したところ、扱う魔法自体は基礎的なものらしく、全て既知のものです。
ですが、油断は禁物です。慢心は身を滅ぼしかねません。それをわたしはここ数日で思い知らされていました。嫌というほど。念入りに。第一王子に対する油断がなければ、大聖堂であそこまで追い込まれることもなかったでしょう。それに、つい先ほど新たな黒歴史を作り上げてしまったところでし。油断さえしていなければ、あのような悲劇は起きなかったはずなのです。
いえ、あのことはこれ以上考えないようにしましょう。
それよりも、これから始まる授業です。こちらに集中。この授業は、専用の教室で行われることになります。教室は学舎の一階にありました。講堂と同じくらいの広さを持っている部屋です。壁に窓はなく、金属で作られた防護壁が部屋の内側に向かって設置されています。なんだか、閉じ込められたような気分になりますね。実際は、訓練で使った魔法で校舎が壊れるのを避ける為なのでしょうけれど。
部屋の中には、長さ10m・幅2m程度の細長い台が五つ置かれていました。白を基調としたものに、青色で紋様が描かれています。おそらく、この上で決闘を行うことになるのでしょう。
教室では、ミューズさんの隣に座りました。いくらわたしでも、あのやらかしの後に見ず知らずの学生に話しかける勇気はありません。
少し待っていると、教室のドアが開いて教師が入ってきました。
三角形の黒帽子をかぶった如何にもといった感じの女性魔法使いです。細身で年齢は三十代半ばと言ったところでしょうか。眼鏡の奥から、鋭い視線を学生たちに向けています。
彼女は教室に入るなり、歩きながら話し始めました。
「さて、今日は転校してきた学生がいるようですね。セレナ・アリアーナさん」
「はい」
「私は魔法戦闘術の教師をしております、ミリンダ・ルミナスです。よろしく」
金属がこすれ合うような甲高い声でミリシダ先生は言いました。
「さて、今日は実戦形式の授業を行う予定でした。まずは、新人さんの実力のほどを見せていただきましょうか」
またこの展開ですか。
わたしは嘆息しました。
「それでは『模擬決闘』を行います。セレナ・アリアーナ。中央の決闘台に上がりなさい」
教室の中がざわめきます。
そのざわめきには、面白がる声が確実に混ざっていました。わたしもこのクラスの一員であるはずなのに。どうやら、愛すべきクラスメイト達はあまりよろしくない性格をされているようです。
目立ちたくはないですが、指名されては仕方がありません。わたしは中央にある決闘台に上がりました。高い位置からは、こちらを見る学生たちの様子がよく見えました。彼らの多くは、これから起こることに期待をしているようでした。その中で最も楽しそうにしていたのは、ミューズさんでした。
「ミス・アリアーナ。貴女は『模擬決闘』をしたことはありますか?」
ミリンダ先生が尋ねました。
「いえ、初めてです」
「それでは、貴女のために説明して差し上げましょう。『模擬決闘』のルールはシンプルです。互いに台の端に立ち、スタートの合図とともに攻撃を開始。相手を台から落とした方が勝ちということになります。何か質問はありますか?」
「使う魔法の種類は、何でもいいのですか?」
「場合によりますが、この授業で使っていいのは初級魔法のみとなっています」
「分かりました」
初級魔法とは、その名のとおり初歩的な魔法です。魔法を習い始めた子供でも使えるもの。ここでは、身のこなしなどを教えるためにあえて使用する魔法を制限しているのでしょう。
随分とぬるいルールです。
貴族のご子息に怪我をさせないための配慮もあるのでしょう。ここに通うのは貴族の子弟たち。万が一にでも、後が残るような怪我をさせるわけには行きませんから。
――確かに、詰まらないですね。
わたしは思わず、学院長に同情してしまいました。
ちなみに、わたしは模擬決闘自体の経験はありませんが、似たようなことであれば教会内でやっていました。選抜の一環として、聖女候補同士で戦わせる試練があったのです。その時は台から落とすだけというルールではなかったですし、使用する魔法の制限もありませんでした。普通に『命に係わる魔法』も使っていました。教会というのは、ろくでもない場所なのです。
さて、話を授業に戻しましょう。
模擬決闘のルールについて説明を受けた後、ミリシダ先生は対戦相手を告げました。
「対戦相手は、ナルシス・デポン」
ナルシス・デポンというのは、甘い雰囲気を持つ男子学生でした。彼は声が掛かると、ウェーブのかかった金髪を揺らしながら、壇上へと上がってきました。それだけで、一部の女子学生から黄色い声が上がります。
――この人、どこかで見たことがあるような……。
そんな気がしました。
わたしは男子学生の顔をよく見ました。そして思い出しました。彼は昨日のイベントで、水晶の爆発で気絶した方です。あの時は十分恥をかいたはずですが、懲りずに出てきたのでしょう。
「ドラゴニア王国の聖女様にお相手していただけるだなんて光栄だよ」
彼は右手を出し、握手を求めてきました。
わたしはそれに応じようとしましたが、ナルシスは手をひっこめました。
「おっと危ない。確か、君は偽物だったんだっけ? 国家の重鎮の前で断罪され、更に追放までされてしまった女性。それが君だったということで間違いはないかい?」
「概ねそのとおりです」
「ならば、そんな人間と握手をすることは出来ないな。というか、勝負になるかどうかも怪しいところだろう。偽物が相手だというのであれば、魔法を使う必要すらないのではないかな?」
ナルシスはわたしに嘲笑を向けました。
どうやら、敗北の可能性は全く考えていないようです。
昨日、あれだけの無様な姿を見せながらこの態度を見せたのです。
――その鋼のメンタリティ、正直少し羨ましい。
素直にそう思いました。
ですが、そういう気質は時として『蛮勇』と呼ばれることになります。
今回もそれに該当することになるでしょう。
「それでは、模擬決闘を開始します。互いに杖を構えて――」
教師の指示に従い、互いに相手に杖を向けます。
教室中が静まり返り、緊張感に包まれました。学生たちは、固唾をのんで私たちを見守っています。もっとも、その大半はわたしが敗北し、無様な姿を晒すことを期待しているのでしょうけれど。
「デュエル!」
響き渡る先生の掛け声。
それとほぼ同時に、ナルシスは魔法を詠唱しました。
「アニヒレント!」
彼の持つ杖から、緑色の魔法が放たれます。
その魔法がわたしの杖に直撃しました。杖は砂のように粉々になり、わたしの手から零れ落ちました。それを見た学生たちから、歓声が上がります。杖が破壊されたことで、わたしの敗北を確信したのでしょう。
素早く効率的に魔法を使うためには、杖が必要です。それについては、誰であっても例外はありません。ですから、そう考えるのは極めて自然なことでした。
「さぁ、セレナ・アリアーナ。これで勝敗は決した。自ら台から降りるのであれば、攻撃はしないようにしてやろう」
ナルシスは挑発的な笑みを浮かべながら告げました。
彼も勝利を確信しているようです。彼だけではありません。誰もがわたしの敗北を確信していたようです。ただ一人、このわたしを除いて。
ここまでは、わたしの計画通りでした。わたしの目的は、この決闘に勝利することではありません。勝利した上で、格の違いを見せつけることなのです。
ですから――普通には勝ってやりません。
彼には、実力の差を見せつけなければなりません。
そして、彼の心をぽきりと折る必要があります。
さて――。
それでは、攻撃開始と行きますか。




