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第4話 お披露目会あるいは晒上げ(2/2)

     4


 壇上に上がってきたのは、金髪のどこか軽薄な雰囲気の男子学生でした。彼が登場すると、女子生徒の黄色い声が一部から上がりました。随分な人気者のようです。


「俺の名はナルシス・デポン。デポン侯爵家の者だ」

「そうですか、どうも」

「世界を騙していた偽聖女。実力はこの程度か。水晶からはほんの微弱な光しか漏れ出てきていない。これで全力なのか?」

「ええ、そうですよ」

「話にならないな。今度はどんな汚い手を使ってこの学院に入り込んだんだ?」


 ナルシスは、嘲るように言いました。

 わたしを貶すことで、自分の人気が上がると思っているのでしょう。

 とても分かりやすい。分かりやすすぎて、少しだけ癒されます。


「この俺が、格の違いという物を教えてやる」


 そう言って、ナルシスは水晶に手をかざし、魔力を注入し始めました。

 すると水晶から発せられる光がどんどん大きくなっていきました。


 ――これはマズい。

 そう思った時には、手遅れでした。


 水晶から放たれた光は、講堂を目が開けられないほどに明るく照らしました。

 そして、次の瞬間――。


「ぶぺらっ!?」


 水晶が爆発しました。

 同時に、内部に溜まっていた魔力があふれ出ました。

 魔力の奔流は嵐のように講堂内をぐちゃぐちゃにかき回します。

 轟音と悲鳴により、講堂内は阿鼻叫喚の様相を呈しました。


 ――ああ、やってしまいました。


 目立たずに済むように工夫したのに、裏目に出でしまいました。

 途中までは順調だったのに。


 魔力による嵐が止むと、学生たちはゆっくりと身体を起こし始めました。ナルシスは、壇上で倒れていました。どうやら気絶しているようで、起き上がる気配はありません。水晶が爆発したときに一番近くにいたのですから、破片が当たったのでしょう。


 でしたら、彼に犠牲になっていただきましょう。


 わたしは全ての責任を彼に押し付けることにしました。

 元々、彼が邪魔をしたのが悪いわけですし。


「うわー。あまりの魔力量に水晶が爆発してしまった。ナルシスさん、すごいなー」


 わたしは持てる演技力の全てを使い、嘘をつきました。

 後は学生たちがそれを信じてくれればよいのです。わたしは何のとりえもない偽物の聖女ということになっているのですから、きっと信じてくれるに違いありません。


 そう思っていたのですが――それを許さない人物がいました。

 腹黒の貴公子――学院長です。


 彼の目的はわたしを敵役にすること。この状況は彼にとって最大の好奇なのでしょう。学長は、未だ混乱から抜け切れていないこの場で、さわやかな笑みを浮かべながら声を上げました。


「それでは、今何が起きたのかを説明しましょう」


 余計なことをしないでいただきたい。

 ですど、学院長は楽しげに言葉を続けます。


「通常、魔水晶は魔力を込めるのを止めると、光を発しなくなります。これは何故でしょう?」


 一人の学生が、おずおずと手をあげました。

 眼鏡をかけた真面目そうな女学生です。


「はい、ミス・ハンナ」

「そもそも、そもそも水晶が光るのは、内部で魔力が暴走状態になっているからです。暴走状態になっている魔力を水晶が抑え込んでいます。その過程で魔力が光を発することになります」

「その通りです。ですから、大量の魔力が込められれば水晶の外に出ようとする魔力量も多くなる。結果、発せられる光もそれに比例して大きくなるのです。ですから、魔力が送られなくなった時点で光は消える。そのはずでした」


 そういう物だったのですね。だとしたら、最初からわたしはやらかしていたことになります。あの水晶は、放置しておいてもしばらく光を発し続けたことでしょう。


「では、セレナさんが水晶から手を離した後、水晶はどうなっていましたか?」

「ぼんやりとした光を発し続けていました」


 ハンナさんが続けて答えました。


「その通りです。では、ハンナさん。何故そのような現象が起きていたか、分かりますか?」

「水晶の内部に『魔力池』が組み込まれていたとしか思えません」

「成程。それも現実的な解釈の一つですね。ですが、今回学院が用意した水晶に仕込みは一切ありません。それでは、セレナさん。貴女が何をしたのか、説明をお願いします」


 この時、わたしは学院長の言葉を思い出していました。


『教師でさえ、対抗することは難しい』


 それを嫌というほど『思い知る』というのです。

 独特な表現だと思いましたが、こういうことだったわけですね。


 わたしは嫌々ながら、説明を始めました。


「学院長のご命令は、全力で魔力を注ぐことでした。ですが、普通に魔力を注いだら、この水晶は壊れてしまいます」


 学生たちの視線が突き刺さります。彼らは、まるで化け物を見ているかのような目でこちらを見ています。


 つまりは、そういうことなのでしょう。この学院の学生は、この水晶を壊す程度の魔力も持ち合わせていないのです。これで世界最高峰の魔法学院というのだから、呆れてしまいます。少しだけ、学院長に同情してしまいました。


「私は水晶を割らないように魔力を注ぐ方法を考えました。先ほどそちらの女性がおっしゃったとおり、この水晶にこめられた魔力は水晶の外に出ようとします。それをこの水晶は押さえつけようとしています。要は、出来の悪い魔力貯蔵装置のようなものです」


 学生の何割かの表情が変わりました。


 この水晶は入学時のイベントに使われるものです。それを貶されたのが気に入らなかったのでしょう。ですが、事実は事実です。それに、ここで下手に誤魔化そうとすると、学院長が更に状況を悪化させるでしょうし。


「ですから、私は水晶内の魔力に指向性を与え、暴走しないようにしました。私が注入した魔力は、水晶の中で回転し続けていました。コップを動かして、中に入っている水を回転させるのと同じような状態です。ただ、いつまでも回転し続けるわけではありませんので、少しずつ漏れ出て行きました。だから、少しだけ水晶が光っていた。そういうことだと思います」

「素晴らしい。セレナ・アリアーナに拍手を」


 学長がそう言うと、まばらな拍手がありました。

 やはり、あまり歓迎はされていないようです。少しだけ憂鬱。


 もっとも、今はそれよりも気になることがありました。

 学長があまりにも自然に振舞っていたので気にしていなかったのですが。


「ところで、一つだけ伺いたいことがあります」

「何でしょう?」

「倒れている学生は救護しなくていいのですか?」


 水晶の爆発により気絶した男子学生。

 彼がずっとわたしの足元に放置されていたのです。

 これ、放っておいていいのでしょうか。

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