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第2話 学院長

     1


 何を考えているのか分からない学院長を前に、わたしは警戒していました。そんなわたしに対し、学院長は微笑を浮かべたまま告げます。


「さて、この学院について少し話をさせてもらいましょう。この学院は、一応教師による指導という形をとっていますが、実際は学生も主体的に研究などを行う場所ということになっています。学生同士が切磋琢磨し、魔術の発展に資することを目的とするものです」


 そのことについては、わたしも知っていました。この学院は世界的にも有名であるため、基本的な情報は王都にいても入ってくるのです。また、卒業生の中には、著名な魔術師も多くいらっしゃいます。その一部はドラゴニア王国の城内で働いていたため、話を聞く機会はありました。


 ただ――今の学院は少し変わってしまっているようです。


「しかし、それは既に形骸化しています。何故だと思いますか?」


 学院長は、わたしのことを試すように尋ねました。


 学院の理念が形骸化してしまった理由。そんなものは考える必要もありません。何事においても、当初のコンセプトが形骸化していくというのは珍しいことではありません。革新的な何かが起きると、それに多くの人が群がります。そうしているうちに、内部から腐っていくのです。


 この魔法学院の場合でも、それは例外ではないのでしょう。


「貴族の箔付けの場所になったからですか?」

「その通りです。この学院に入学すれば、それだけで箔が付く。そのために、多くの貴族がその子弟にこの学院へ入学させることになります。彼らも、基礎魔法学校や家庭教師によりそれなりの実力はあるのですが――詰まらないのですよ」

「詰まらない?」

「彼らには革新がありません。何かを成し遂げようという気概と情熱がありません。彼らの目標は、この学院を何事もなく卒業することであって、魔法分野において何かを成し遂げることではないのです。ですから、小さくまとまってしまう。それは詰まらない。それを何とかするために、当魔法学院は十年ほど前から『特別枠』を設けています。それは、この学院に勤める教師が『特に才能がある』と認めた人間をスカウトするというものです。それが平民であっても例外ではありません。貴女は、その『特別枠』で入学を許可されています。そのため、授業料は免除です」

「ありがとうございます」


 わたしは素直にお礼を言いました。授業料を払えと言われても、今の私には払えないでしょう。全財産は、トランク一つ分でしかないのですから。一応、当面の生活費は貰えましたが、絶対にそれだけでは足らなくなります。


 ただ、一つだけ懸念事項がありました。


「ですが、ここは世界最高峰の学院だと聞いています。私程度では、ついていけないのではないでしょうか?」

「『救国の聖女』が何を心配しているのですか?」

「あまり人と比べたことがなかったのだ」


 わたしは人生の大半を教会で過ごしてきました。聖女になるために魔法の鍛錬もそれなりにしてきました。ですが、それがこのエリートたちの巣窟で通用するかどうか分からないのです。生ぬるい貴族の方々が多くいると聞いても、ここが世界最高峰の魔法研究所であることに変わりはありません。


「心配することはありません。貴女の実力は、学生にしておくには勿体ないレベルです。それどころか、教師でさえ貴女に対抗するのは難しいでしょう。貴女は今後、そのことを嫌ということ『思い知る』ことになります」


 学長はそう答えました。その言葉に嘘はありませんでした。どうやら、実力不足の心配はしなくていいようです。安心したわたしは学長に謝辞を述べました。


 それに対し、学長は「感謝するのは早いですよ」と返しました。その言葉にも嘘はありませんでした。嘘であって欲しかった!


 そう、本当に感謝するのは早かったのです。

 学長は、すました顔でとんでもないことを告げました。


「さて、話を戻しましょう。人々にとって聖女というのは特別な存在であることは確かです。そして、貴女は今、聖女を騙った詐欺師ということになっています」

「そうですね」


 そう返答しつつも、わたしは心の中で首をかしげていました。

 学院の形骸化とわたしの悪評との間に、何か関係があるというのでしょうか。


「学生の中には、敬虔なアリス教徒も多くいます。彼らは、そんな貴女に反感を持つでしょう。そして、辱めてやりたいと思う者もいるでしょう。それが、学生たちのやる気に火をつけることになると期待しています」

「迷惑な話!?」


 それが『特別枠』に選ばれた本当の理由だったようです。つまるところ、わたしは学生たちを煽るために呼ばれたのです。それは、半端でなく嫌われる役回りです。ですが、今のわたしには他に行く場所がありません。その思惑がどうであれ、ここで過ごすしかないのです。


 学生たちが思いやりにあふれた性格をしていることを祈るしかないでしょう。

 あまり期待できそうにありませんが。


 わたしの内心に構わず、学長は話を続けます。


「貴女に期待するのは、そういう敵愾心を持った学生たちを返り討ちにすることです。そして、学生たちが貴女に勝つためにより奮闘するようになることを期待します。貴女が追放されたのは、この学院にとってとても都合がいいのです。そういうわけですので、くれぐれも手を抜いたりはしないようにしてくださいね」


 その笑みからは一切の悪意を感じませんでした。つまり、この人は他人を利用することに何の罪悪感も持っていないということなのでしょう。さすがは若くして魔法学院の学長になっただけのことはあります。実年齢に関しては、全く分かりませんが。


「それでは、私からの話は以上です。これから、貴女が所属する寮に案内を――おっと、しまった。忘れていました」


 わざとらしい口調で学長さんが言いました。


「今日は重要なイベントがあったのです。貴女にも参加していただきたいので、ついて来てください」


 とてつもなく嫌な予感がしました。

 ですが、学長直々のお誘いです。学院に来て早々、拒否するわけにもいきません。

 わたしは渋々「分かりました」と了承しました。してしまいました。


「それで、どんなイベントなのですか?」

「勿論、貴女の『お披露目会』です」

「……はい?」


 どうやら、わたしが主役だったようです。

 嬉しくありません。全く。


「ところで学長さん。その『お披露目会』とやら――もしかして『晒上げ』と呼ばれるものではないでしょうか?」

()()()()()()()()()()()()


 嘘でした。

 聞くまでもなく。

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