第1話 聖女追放(1/4)
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この物語を始めるにあたり――
まずアベル・ド・ドラゴニアについて語らせていただきたい。
アベル・ド・ドラゴニア。
彼は、栄光あるドラゴニア王国の第二王子です。
その第一印象は、とにかく『美しい青年』といったものでした。
まず目を引くのが、室内でも輝きを放つ銀髪。肩までかかったその髪は、整った顔立ちを優雅に飾り付けています。顔のパーツは一つ一つが芸術品のように精緻であり、神の作りたもうた芸術作品とでもいうべき絶妙なバランスが保たれています。
それでいて唇には妙な色気がありました。女学生が十人すれ違えば、九人が振り向き、頬を染めることになるでしょう。残りの一人は、興奮のあまり気絶してしまうに違いありません。それほどまでに、蠱惑的な魅力を持っている方なのです。
彼の魅力は、その外見だけに留まりません。彼は一流の魔導具師なのです。彼が創り出した魔導具は、世界中で活用されています。生活を便利にするちょっとしたものから、世界を救うようなものまで。誇張抜きです。一部界隈からは『至高の魔導具師』と呼ばれているほどです。
つまり――。
家柄は最上級。
外見も完璧。
能力も優れている。
アベルという青年は、こういう冗談のような方なのです。
このような妖艶かつ優秀な殿方がいたら、学院の女性がたは興奮して夜も眠れないことでしょう。あるいは、お近づきになるべく、その手段を寝る間も惜しんで考えるかもしれません。
ですが、現実は違いました。
そのような騒ぎは一切ありませんでした。
彼の周囲は静かで平穏そのもの。
女性たちの睡眠は守られたのです。
その理由はとても単純なものでした。
人々は彼の素顔を直視することが出来ないのです。
異様に美しい外見をしているため、直視すると目が潰れてしまう――などということではありません。実際、そうなる可能性も否定しきませんが――というか、割と現実的にあり得そうですけれども。
兎にも角にも、現実は違いました。
それは、とある『呪い』が原因だったのです。彼の相貌は、呪いのせいで正常な状態で認識されなくなっていました。これでは、至高の芸術品ともいうべき相貌も何の役にも立ちません。
非常にもったいないことです。
さて――。
ここからは、わたしの物語――いえ、わたしと彼の物語です。
彼と出会い、わたしの人生は大きく変わりました。それまでのわたしは、他人のために尽くし、他人にいいように利用されていました。自分の人生を生きていなかった、と言ってもいいでしょう。そして、そのことに気づいてすらいなかったのです。
ですから、私の物語は、彼に出会ったところから始まります。
――と言いたいところですが、それは出来ません。彼との出会いを語るにあたり、どうしても外せないイベントがあるのです。遺憾ながら、それを語ることから始めなければなりません。
それは、よくある転落物語。
順風満帆だと思われた人生を失う悲劇。
人によっては、それを喜劇と呼ぶかもしれませんが――。
なんにせよ――。
この物語は、わたしがすべてを失うところから始まるのです。
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まずは自己紹介をさせていただきましょう。
私の名前はセレナ・アリアーナ。
多分、十八歳。
生まれはとある田舎の村でしたが、今は『聖女』という大層な身分をいただいています。聖女というのは、世界的規模の宗教であるアリス聖教が認定するただ一人の特別な女性のことです。
聖女になるための最大の資質は『白色魔力』を使えること。ですが、それだけでは聖女になることは出来ません。厳しい訓練と競争の果てに、ようやくつかみ取れる地位。それが聖女というものなのです。
私が聖女に認定されたのは、三年前のことでした。当時の私にとって、聖女という立場は世界の全てでした。ですから、聖女に任命されてからというもの、私はその職務に全力を尽くしてきました。
その中でも最も大きな功績は『瘴気の浄化事業』だったと自負しております。
この世界には、人々の生存を脅かす瘴気と呼ばれる物質が発生する場所があります。その勢いは年々増していき、人々が生活できる範囲は日に日に狭まっていました。
聖女は国の求めに応じて、教会管理の下、瘴気を浄化するという役目を負っていました。ですが、聖女は一人しかいないため、世界中の瘴気を浄化することは出来ません。聖女の数を増やせばいいとは思いますが、そこは大人の事情というものがあり、教会が許さないのです。世知辛い世の中です。
そこで、わたしは考えました。
聖女を増やせないのであれば、徹底的に効率を上げればいいのです!
わたしは浄化事業の改善を行いました。どこかで開発された『魔力を保存する魔導具』に私の白色魔力を封じ込め、それを瘴気の発生源近くに設置することにしました。この方法をドラゴニア王国で試してみたところ、見事に成功いたしました。
この方法により、ドラゴニア王国における生存可能な土地は次々と増えていきました。それ以降、弱小国のひとつでしかなかったドラゴニア王国は僅か三年で列強国の仲間入りをしたのです。
この国は私が育てた!
冗談です。いくらなんでも、自画自賛が過ぎるというものでしょう。この国の発展は国民一人一人による向上心や努力や試行錯誤によるものです。わたしの功績など、ほんのわずかな手助けに過ぎないのです。
ついつい、調子に乗ってしまいました。
猛省が必要です。
ですが――畏れ多いことにドラゴニア王国は私の功績を高く評価してくださいました。ええ、くださいやがりましたとも!
そして、気が付けばわたしは第一王子『カイン・ド・ドラゴニア』の婚約者ということになっていました。驚きですね。
世間の方々からすれば、順風満帆な人生に見えることでしょう。それは『本人が望めば』という前提がつくものですが。
それに、この世は無常なもの――変わらないものなど存在しないのです。
上がり調子の時もあれば、一気に坂道を転げ落ちることもあります。
それは運命ともいうべきものなのかもしれません。
運命に抗おうとすることは可能であるかもしれません。
ですが、それ自体を避けることは困難なのです。
さて――。
前振りが長くなってしまいました。ここまでお付き合いいただいたことに、感謝いたします。
これはどうしても必要なものだったのです。これがなければ、わたしが陥った状況がいかに意味不明なものであるかを理解していただけないでしょう。
青天の霹靂。寝耳に水。
わたしは、突如として降ってわいた――それでいて、よく見聞きされるような『窮地』に陥ることになるのです。
それでは、突然の状況に狼狽するわたしの姿をとくとご覧あれ。




