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よる
ビルの間をぬけながら
しんちゃんがそっと私の手をとる
「なんて、冷たい手をしてるんだ」
私は、その手をふりはらう
「手をつなぐのは嫌いだわ」
私の手は相手を冷やす
人を冷やすのは
せつない
「どうして」
「しんちゃんが転んだら、私まで転んでしまうからよ」
冬だ
と、思う
自分でも、ぞっとするほど
凍えた指先が
そっと顔を寄せるしんちゃんの
前髪をはらう
私の手を
しんちゃんがつかもうとするのを
ふりはらう
「でもさ」
と、しんちゃん
「美子が転んだら、助けてあげられる」
「自分で転んだ時は」
と、私
「自分で、立ち上がるわ」
「で」
笑いながら、しんちゃんが言う
「つづきは?」
「根気があるのね」
「珍しく、自分の話をしようとしたからさ」
「冬だったの」
いつも、漠然と死にたかった
かき消すように、消えたかった
「でも」
なかなか死なない
死にたい
死にたい
と、唱えているうちは
死ぬ気などない
あの頃の私は
自分がつくりだす不安をもてあましていた
良いか悪いかしかなかった私の世界で
どちらでもない事実は痛かった
「たとえば」
憎いのに、愛してる




