ある春
高2の春
学校から帰ると、そのまま2階へあがる
ドアを開けると
誰もいないはずなのに
人の気配がした
ベランダに
父がいる
「お父さん」
「おかしいな・・」
首をかしげる父の目に
私は映らない
「お父さん、会社は?」
「たしか・・ここに・・」
私は強引に父の手をひいて
部屋に引き込む
ベランダのほうを振り返りながら
「シャワーがない」
と父が言う
私は、部屋の真ん中にうずくまる父を
物のように見下ろす
酔っている父に何を言ってもむだなのは
もう、わかっていた
たとえようのない感情がこみあげる
わかっている
苦しいのは
器用でなんでもできる父は
人の分まで仕事を背負う
そして、なにも言わない
そんな父を尊敬すると
父の友人は口をそろえる
でも
逃げてる
だって
こんなふうに、ときどき
会社に行かれない日があるじゃない
不安が私を笑う
ほら、まただわ
町で父を見かけても
声をかけてはいけないと
母が言った
「きっと、酔ってるから」
それが父だと人にわからないように
うずくまる父に話しかける
声にならない声
あなたは
なにが
したいのですか
あなたは
なにが
不満なのですか
あなたにとって
私たちは
なんなのですか
私は父が憎かった
そして
「いやか?」
ふいに父が顔をあげる
「いやか?」
いやかって?
いやにきまってるじゃない
私の声は父には届かない
日差しがやわらかな午後なのに
部屋には光があふれているのに
どうしてこんなに
不安なのだろう




