序章 再生~終わりと始まり 2
「君は煉獄についてどう理解している?」
ラフィの問に、一瞬言葉が詰まったが、ゆっくりと語り始める。
「・・申し訳ない。私は父ほど立派では無いが・・プロテスタントの牧師だった。
従って、煉獄の存在には否定的だ・・・だが・・
人が死に天国に召される前に、魂を神聖なる物に昇華させるため、
浄化の苦しみを味わう場所・・と信じられている・・・」
「そうだよね。
君は彼の地・・今まで君が生きていた世間においては一度死を体験した。
ではここは天国かい? 否、ここでは最終的かつ最高の幸福は味わえない。
ならばここは地獄かい?」
「・・・とても地獄とは思えない・・生前の生活が続いているようだ・・」
「となれば、のこるは煉獄と言うしかない。
もっともここには浄化の炎も、罪を浄化するために目指す山頂もない。
むしろ、彼の地と同じ日常が存在するだけ・・」
そう言うと、ラフィは懐から銀貨を取り出し、机において立ち上がった。
「ね。ご覧の通り此の地には、彼の地同様、経済が必要だ・・
後は、マエストロが教えてくれるだろうよ」
そう言って、足早にカフェを去ろうとした。
ゴッホは、食べかけのパンをコーヒーで流し込み、ラフィの後を急いだ。
※
ゴッホが案内されたのは、まるで市の施設のように厳かな建物で会った。
入るとすぐに広間があり、そのはるか上には、天井画で飾られたドームが有る。
「こっちだよゴッホ君。マエストロが先刻からお待ちだ」
ラフィはそう言って一番奥の浅黄色の扉を開けて手招きした。
「ふん。まるで、彼のせいで遅れたと言わんばかりの口ぶりだな。」
部屋の中は羊皮紙の山が乱立している。その山の影から、一人の老人が現れた。
背丈はゴッホよりやや高いぐらい。決して大きくはないが、強い圧を感じる。
筋の通ったかぎ鼻、蓄えられた髭、何より鋭い眼光が印象的だ。
「ゴッホ君。紹介しよう、我らがマエストロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ先生だ」
「ふん。相変わらず、大仰な物言いだなラフィ。
ようこそ、フィンセント・ファン・ゴッホ君。
我らアカデミアは貴君を歓迎する」
「・・アカデミア?」
「ラフィ。まだ此の地の説明を彼にして居ないのか?」
鋭く冷たい視線をラフィに注ぐ。ラフィは少し戯けた顔でその視線をかわした。
「此の地と彼の地の違いだけは説明したよ。
いっぺんに多くの情報を与えると混乱するだろう。
全ての者がマエストロのように全てを受入れ、理解出来るとは限らない・・」
「ふん。理屈だな・・フィンセント君。
貴君は彼の地での役目を全うし、故に此の地で生きる権利を得た。
このことについては理解して戴けたのかな」
「・・正直、未だついて行けていないが・・否定する材料が見当たらない」
「ほう。実に正直な回答だ。今はそれで良い。
何故此の地に貴君がいるのか、その問は何故彼の地に貴君がいたのか・・
という疑問と同じく一切の意味をなさない。
必要なのは此の地において貴君が認められた存在であると言うことだ」
「認められた・・どういう意味ですか」
「此の地において、一つだけ認められた特別の存在がある・・画家だ」
「画家・・」
「そう。此の地には多くの市民と、特別の力を持った画家と2つの種族が存在する」
「最初に言っただろう、此の地の摂理において、画家は死なない。死ねないと」
ラフィが補足した。
「待ってくれ、画家? 確かに私は画家として生きようとした。
しかし10年ほどの活動しかなくたいして売れてもいない。
そんな私が画家として認められた?何の冗談だ」
「安心したま。彼の地の貴君は死後、ポスト印象派の代表する画家となる」
レオナルドはたしなめるように語った。
「我らが、貴君の彼の地における生前・死後の貴君の情報を知り得る理由。
それが貴君が画家である事を証明しておる。
さらに、貴君が画家、此の地において死ねない存在たるもう一つの実証は」
そう言ってレオナルドは自分の左耳を指さした。
ゴッホも自分の左耳に手をやる。
ほとんど無くなっていた左耳が確かにそこにあった。
「此の地において、再生は画家の特権だ。他の住民は、回復するが再生はしない。
さて、アルカディアについては、後ほどラフィに改めてラフィに説明させよう。
君の部屋を用意しておいた。まずはそこで寛ぐといい」
そう言うと、一人の男性に声をかけ、ゴッホを案内するように男にたのんだ。
狼狽しながらも、男について行くゴッホ。
レオナルドとラフィは彼の後ろ姿を見送った。
「それでラフィ。彼の創造力は確認出来なのか」
ラフィは、微笑みながら首を振り、答えた。
「全く、大したもんだよ。
眠りながらも、彼のアパルトマンそのものを創造したんだから」