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「アレク…」
ふいにルドヴィカがアレクの服の裾を引っ張った。おずおずとその両手を差し出す。
「実験…したいから外していい?」
「実験?あぁさっきの魔法陣か。ダメだよ。ここは実験室じゃないから暴走した時の対応が出来ないからね」
じゃらりと豪華な装飾の腕輪を鳴らして腕を下げようとして諦めきれずに再度あげる。
「ダメ?」
上目遣いでのお願い攻撃に一瞬たじろぐがすぐに頭を振って不許可を言い渡す。
むーっと唇を尖らせる姿がかわいらしい。
「じゃあ実験室に行く」
くるりと踵を返すルドヴィカをアレクは引き止める。
「ルゥ?ブレスレットの数が少なくないかい?」
首をかしげたルドヴィカが自身の腕を眺めてあぁホントだ、と呟いた。
「どこで落としたんだろう?」
「大事な封印術がかかってるんだから、なくしたらダメじゃないか」
さりげなくルドヴィカの手を取るアレク。むくれたままのルドヴィカ。
「封印術?」
魔法使いが興味を持った。アレクはルドヴィカの手を魔法使いに向ける。
綺麗な宝石の嵌った腕輪やブレスレット。幅広の腕輪にはびっしりと精緻な封印刻印がなされ、美しい宝石は封じの印に並べてはめ込まれている。魔法使いはその見事な術と装飾を兼ね備えた魔術具に触れようとしたが、すっと手を引かれた。たくさんのブレスレットをつけたルドヴィカの手はアレクによって下げられる。
「これも研究の一環ですか?」
残念そうに視線を送る魔法使い。その視線をさえぎるようにアレクが体を動かす。
「それもあるけれど、ルゥの魔力は桁違いに大きすぎるんだ。これだけ封印術をかけていても普通の貴族と同じ程度に魔法の使用は可能だ。封印術がされていない状態では自然に漏れ出る魔力で貴族でも中てられる。なにもしなくても魔術具が壊れてしまうくらいにね」
「それほど…」
自身も平民ながら学園に入学できたほどの魔力の持ち主である。意識的に押さえているが気を抜くと勝手に魔法が発動してしまうこともなくはない。それで昔はよくいじめられていた。
「もともと君たちが使っているカードの刻印魔法だって、ルゥが強すぎる魔力を抑えるために研究・開発したものの応用だしね」
ルドヴィカが最初に完成させた魔法具は幅広の腕輪。ほとんどの人が近づくことさえ出来ないほどの魔力ゆえにそれを抑える方法を若干4歳の少女が開発したのだ。自分自身で。そのときから、アレクは、王家は、ルドヴィカを保護してきた。
「さて、ここにもルゥ以外に魔力を封印されている人がいたっけ」
わざとらしくアレクがルイズを見た。
その左手首には華奢で綺麗な宝石がふんだんにちりばめられたブレスレットが嵌められている。
もちろんアレクは気がついていた。
自分自身にすら興味がないルドヴィカに代わるようにアレクはルドヴィカのすべてに注意を向けている。それはルドヴィカの持ち物にも及んでいる。まして市場に出回ることのない封印術がかけられている。これがあれば他国の魔法使いを無力化させることも可能なのだから。
ルイズはさっと左腕を隠そうとしたが、あまりに注目されており隠しきれないと判断した。唇をかみ締めながらそのブレスレットを外す。途端にルイズに魔力が戻る。
「ルゥの世話係によるとブレスレットをなくしたのは一週間前の階段から転げ落ちた後のようだね。また階段から落ちては困るから急いで上階まで付き添ってから探しに行ったけれどなかったそうだよ。遺失物届けもだして探しものの掲示もしてあったと思うけれど」
貴重な魔法具だしね。と付け加える。
周囲の中からそういえば、とざわめきがおこる。掲示板に示されていた特徴とルイズの持つブレスレットの特徴は一致している。
「その女がくれたのよ!私の魔法を封印するために!」
ブレスレットを投げ捨てようとした手がアレクに止められる。間近に迫ったアレクの端正な顔に場違いに頬を赤らめている。
「それは国宝級に大事なものだから投げ捨てて傷一つつけただけでも君程度ではとうてい弁償できないよ」
ルイズからブレスレットを受け取るとさっさと距離をとり側近に渡した。そのままルドヴィカに使わせるのは心情的に許しがたい。
本来なら捨ててしまいたいのだが、アレク自身が言うとおり、国宝級の魔術具だ。
「今までの話を聞いていたのかな?ルゥには君に嫌がらせをする気も理由も何もないんだよ。何で国宝級の魔術具を使ってまでこんなことしなければならないのかな?」
にっこり笑った。ルイズは叫び続ける。
「それはアンリが私を愛しているからよ。婚約者であるアンリを私に取られちゃったから恨んで妬んで嫌がらせをしたのよ。しょうがないとかどじっことかのふりをしてただけだわ!」
ふーっと髪が浮き上がるほど怒らせる。そのままの勢いでルドヴィカに近寄り掴みかかる。
例のごとくぼんやりしていたルドヴィカはルイズの接近を簡単に許し、そして簡単に掴まれる。パーティー用のドレスを着ていたので、掴まれたのは肩と腕。驚いたルドヴィカは反射的に防御の魔法を使用する。
びりっと電気が走りルイズは手を離すが、その指先は僅かながら熱を持ち赤くなっている。それを見て高らかと声をあげる。
「ほら、私を傷つけたわ。見てたでしょ?私を恨んで妬んで嫌がらせをしてもアンリもみんなも私を愛しているから私に怪我をさせて殺そうとしたのよ。これが証拠よ!」
一連の流れを見ていた周りの人間は言葉を失った。
ルイズを愛しているはずのアンリから見ても言いがかりであることは明白だった。
思い返してみればあのブレスレットについて聞いたときは「お友達から頂いた」と言っていた。似合いますか?と恥ずかしそうに笑う彼女に、もっと高価で美しいものを贈ろうと告げたのはいつだったか。
「ルイズ…」
伸ばした手は、ルイズに届く前に止まってしまう。どう声をかけたらいいのか、どうすればいいのか分からない。魔法が解けたように今までのことを思い返す。果たして自分は彼女を愛しているのだろうか。
「アレク様、そんな凶暴な女より私のほうがふさわしいと思いませんか」
そんなことを言い出す彼女は自分を愛しているのだろうか。疑問は尽きず、冷静な思考は答えをはじき出すが、心情が拒否している。
「もう行ってもいい?」
早く実験室に行って実験したいルドヴィカはアレクの服の裾を引いて促す。掴みかかられたことも、彼女にとっては興味のない出来事に過ぎない。
情勢は決したと判断したアレクはルドヴィカと一緒に会場を後にする。アレクの後を追おうとしたルイズを王都警備隊も兼ねているアレクの側近たちが止める。いや拘束している。
「ルイズ・ロー子爵令嬢。あなたにルドヴィカ・スフィーア公爵令嬢に対する名誉毀損および窃盗の容疑がかけられています。ご同行願えますか?」
「ちょっと!私が何をしたっていうのよ!悪いのはあの女よ!私に怪我をさせたのよ!捕まえるならあの女のほうでしょ!アレク様、アレク様、私はずっと前からアレク様だけが好きなの。アレク様はハーレムエンドの断罪後にしか出てこないから好きでもないやつらに媚を売ってようやく会えたのに…」
叫び続けながら連行されていくルイズをハーレム要員を含む会場の全員が何も出来ずに見送っていった。