↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の真空〜天才サッカー少年の成長譚〜  作者: ソラリオン
第2章 レガルテ横浜U18編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/55

第31話 俯瞰



 ハーフタイム。


 僕はベンチに座ったまま、前半の最後のプレーを繰り返し思い返していた。


 黒川さん。


 あの人は、僕の想定を超えてくる。


 重心は見える。


 力の流れも見える。


 身体がどちらへ向かうのかも、以前よりはっきり分かる。


 だから、避けることはできる。


 でも。


 それで終わらない。


 一度かわしても追ってくる。


 もう一度かわしても、また追ってくる。


 僕が選んだ逃げ道の先へ、先回りするように身体を戻してくる。


 そして。


 僕が選べる場所を少しずつ減らしていく。


 それだけじゃない。


 黒川さんは、自分の力で前へ出られる。


 僕が厳しい場所へ追い込まれれば、そこからボールを奪って、そのままゴールへ向かえる。


 前半の失点こそ、まだ起きていない。


 でも。


 いつ起きてもおかしくなかった。


 僕は自分の両手を見る。


 ボールを扱うことはできる。


 パスも通る。


 相手の重心だって見える。


 それなのに。


 今の僕には、黒川さんを完全に止める方法がない。


「……どうすればいい」


 小さく呟いた。


 考える。


 ボールを受ける位置を変える。


 もっと早く出す。


 ワンタッチを増やす。


 逆に、あえて相手を引きつけてから出す。


 黒川さんを動かす。


 走らせる。


 体力を削る。


 いくつも考える。


 でも。


 どれも決定的な答えにはならない。


 黒川さんが僕の想定を上回るなら。


 僕がさらにその先を考えればいい。


 そう思う。


 でも。


 さらにその先を考えようとすると、また新しい可能性が出てくる。


 相手が右へ来た場合。


 左へ来た場合。


 前から来た場合。


 後ろから来た場合。


 周りに誰がいるか。


 味方がどこへ動くか。


 相手のボランチがどう連動するか。


 全部を考えようとすると、頭の中が重くなる。


 僕は、息を吐いた。


 西野さんに言われたことを思い出しかけた。


 でも。


 今の僕には、その言葉をどう使えばいいのか分からなかった。


 黒崎監督が前から声をかける。


「湊」


「はい」


「後半も同じだ」


「……はい」


「無理に1人で解決しようとするな」


「分かりました」


 僕は頷いた。


 答えは見つからない。


 それでも。


 後半は始まる。


 僕は立ち上がった。


 ピッチへ戻る。


 ◇


 後半開始。


 鹿島グランフォルテのボールで始まる。


 僕は中央を見る。


 黒川さんがいる。


 前線に立っている。


 その身体から、強い力が光となって伝わってくるように感じた。


 もちろん。


 実際に光っているわけではない。


 僕の中にある、身体の動きを捉える感覚だ。


 右足に重さが乗る。


 腰が前へ。


 肩が少し開く。


 次に来る方向が分かる。


 僕は、1歩だけ位置を変えた。


 黒川さんが走ってくる。


 ボールが望月さんへ戻る。


 黒川さんも追う。


 望月さんが成瀬さんへ。


 黒川さんが方向を変える。


 成瀬さんが僕を見る。


 僕は中央へ移動する。


 パスが来る。


 受ける前に、周囲を見る。


 黒川さん。


 相手のボランチ。


 橘さん。


 高瀬さん。


 朝倉さん。


 いくつもの情報が入ってくる。


 僕は左へ身体を向けた。


 黒川さんの力が右へ流れる。


 反対へ。


 僕は抜ける。


 でも。


 黒川さんは、また追ってくる。


 僕はすぐに朝倉さんへ出した。


 朝倉さんが走る。


 ボールは繋がった。


 僕も前へ進む。


 ボールが返ってくる。


 でも。


 黒川さんも戻っている。


 もう、僕の前にはいる。


 僕は足を止めた。


 道が消える。


 高瀬さんへのパスコースは、相手のCBが閉じている。


 橘さんへのパスも、ボランチが近い。


 僕は成瀬さんへ戻した。


 また攻撃を組み直す。


 失ってはいない。


 でも。


 前へ進めない。


 それが続く。


 *


 後半7分。


 相手がボールを奪った。


 黒川さんが走る。


 最初の1歩が速い。


 望月さんが対応する。


 黒川さんは身体をぶつける。


 望月さんが少し後ろへ下がる。


 それでも止める。


 ボールがこぼれる。


 榊原さんがクリアする。


 僕は戻りながら、その光景を見ていた。


 もし、あそこに僕が入っていたら。


 身体をぶつけられて。


 倒される。


 そんな想像が浮かぶ。


 それでも。


 今は考えている場合じゃない。


 僕は前へ走った。


 ◇


 後半12分。


 また僕へボールが来る。


 黒川さんが来る。


 重心を見る。


 右。


 僕は左へ。


 黒川さんが追う。


 僕は前へ。


 また追う。


 僕は急に止まる。


 黒川さんも止まる。


 僕はその瞬間に後ろへボールを出す。


 成瀬さんが受ける。


 そこへ相手のボランチが寄る。


 成瀬さんが右へ逃がす。


 水野さんが受ける。


 そのまま前へ行くかパスかを迷ったように見えた。


「行け、水野さん!」


 僕が声を出す。


 水野さんが走る。


 でも。


 鹿島の右サイドバックが身体をぶつける。


 水野さんが少し外へ押し出される。


 それでもボールは失わない。


 クロス。


 高瀬さんが入る。


 でも、相手のCBがクリアする。


 僕は中央でこぼれ球を拾った。


 前を見る。


 FWなのに黒川さんが、もう戻っている。


 早い。


 僕は右へ出した。


 成瀬さん。


 そこから橘さんへ。


 橘さんが仕掛ける。


 相手が寄る。


 シュート。


 GKが止める。


 惜しい。


 僕は息を吐いた。


 まだ。


 まだいける。


 そう思う。


 でも。


 僕自身の中には、別の感覚があった。


 何かが足りない。


 このままでは。


 また、同じところで止まる。


 *


 後半20分。


 鹿島グランフォルテが一気に前へ出た。


 黒川さんが中央へ走る。


 相手の右WGからボールが入る。


 望月さんが身体を寄せる。


 黒川さんが押し返す。


 榊原さんも近づく。


 2人に挟まれているのに、黒川さんはボールを失わない。


 身体をねじる。


 右足を伸ばす。


 シュート。


 久世さんが弾いた。


 こぼれ球。


 水野さんがクリアする。


 僕は、その光景を見ていた。


 危ない。


 少しでも対応が遅れれば失点する。


 そんな場面が、何度も続いている。


 チームが助けてくれている。


 望月さんが止める。


 榊原さんがカバーする。


 久世さんが守る。


 成瀬さんがボールを拾う。


 みんなが繋いでくれている。


 僕だけでどうにかする必要はない。


 分かっている。


 それでも。


 僕は、このままでは駄目だと思っていた。


 僕が黒川さんをどうにかできなければ。


 この先。


 もっと強い選手と戦えない。


 もっと上の舞台へ行けない。


 焦りが、胸の奥で少しずつ膨らんでいく。


 その時、太陽の光が僕を照らす。


 ふいに、追いかけるように空を見た。


 夏の日差しが強い。


 太陽の光が目に入った。


 反射的に、少し目を細める。


 そのまま上を見る。


 青い空。


 白い雲。


 そして。


 1羽の鳥が飛んでいた。


 高い。


 僕が走っているグラウンドより、ずっと高い。


 鳥は羽ばたきを止める。


 風に乗る。


 身体をほとんど動かしていないのに、前へ進んでいく。


 僕は、その姿を見ていた。


 ふと。


 昔の言葉が蘇った。


 西野さん。


 まだジュニアユースだった頃。


 何もかも見ようとしていた僕に。


 西野さんは言った。


 ――全部見ようとすると、判断が遅れる。


 必要なものに絞れ。


 僕は、ずっとそれを守ってきた。


 相手を見る。


 味方を見る。


 必要なものを選ぶ。


 その瞬間に必要なものへ集中する。


 それが、僕の判断を支えていた。


 でも。


 もう1つ。


 西野さんは言っていた。


 ――最終的には、全部見えるようにならなきゃいけない。


 あの頃の僕には。


 その言葉の意味が、よく分からなかった。


 全部見れば、判断が遅れる。


 だから、必要なものだけを見る。


 それでいいと思っていた。


 でも。


 今なら。


 少しだけ分かる気がした。


 僕は、1人を見る。


 黒川さん。


 重心が分かる。


 力の流れが分かる。


 動きも分かる。


 でも。


 黒川さんだけを見ている限り。


 僕は、黒川さんから逃げることしかできない。


 相手のボランチを見る。


 その選手の重心も分かる。


 CBの動きも見える。


 でも。


 その全部を同時に見ようとすると、頭が重くなる。


 必要なものだけを見る。


 それは、ここまでの僕を作った。


 でも。


 次へ行くなら。


 必要なものを切り替えるのではなく。


 最初から全部を捉えて、その中から必要なものを選べるようにならなければいけない。


 鳥を見上げる。


 高い場所からなら。


 グラウンドの全体が見える。


 選手も。


 ボールも。


 空いている場所も。


 そのすべてが。


 同じ世界の中にある。


 僕も。


 全部を見ればいい。


 そう思った。


 もちろん


 一度に全部を細かく見ようとしたら、判断は遅れる。


 だから。


 見る。


 でも。


 見るだけじゃない。


 感じる。


 位置。


 速度。


 重心。


 力の流れ。


 ボール。


 味方。


 相手。


 空間。


 全部。


 僕は、目を閉じた。


 一瞬だけ。


 そして、開く。


 久しぶりの全開の俯瞰。


 視界が少し変わった気がした。


 黒川さんだけではない。


 その周囲も。


 中央にいるボランチ。


 左右のサイドハーフ。


 最終ライン。


 高瀬さん。


 橘さん。


 成瀬さん。


 水野さん。


 朝倉さん。


 久世さん。


 望月さん。


 榊原さん。


 全部が、視界の中に入る。


 それぞれが動いている。


 それぞれの身体に力が流れている。


 右へ。


 左へ。


 前へ。


 後ろへ。


 濃淡の違う流れが、グラウンド全体に広がっていく。


 僕は息を止めた。


 こんなに。


 いたのか。


 こんなに、動いていたのか。


 今まで。


 俯瞰を絞り、1人ずつ拾っていた情報が。


 同時に入ってくる。


 僕は、ボールを見る。


 次に黒川さんを見る。


 そのさらに奥を見る。


 相手のボランチが少し前へ動いた。


 それに合わせてCBが中央へ絞る。


 右のサイドバックが少しだけ内へ入る。


 その結果。


 右の外側が空く。


 水野さんが走り始めた。


 でも。


 相手の左WGが追おうとしている。


 その重心が左へ。


 なら


 成瀬さんが中央へ戻せば。


 その選手は水野さんへ寄る。


 中央が空く。


 そこへ橘さんが入れる。


 黒川さんは僕へ来ている。


 でも。


 その身体の力は前へ流れている。


 僕が少し右へ動けば、横へ流れる。


 その先に、道がある。


 全部が。


 1本の線のように。


 繋がっていく。


 僕は、立っていた。


 ただ、見ているだけだった。


「……」


 鳥が空を飛んでいる。


 その姿が、視界の端にある。


 僕は、その鳥を見ながら思った。


 高いところから見れば。


 全部が見える。


 でも。


 そこにいるものを、全部同じように見る必要はない。


 必要なものを、必要な瞬間に拾えばいい。


 そのために。


 まず、全部を捉える。


 僕の俯瞰が。


 また少しだけ広がった。


 *


「湊!」


 望月さんの声が響いた。


 僕は、ゆっくりと振り返った。


「戻れ!」


「はい!」


 僕は走った。


 後半22分。


 鹿島の攻撃が続いている。


 黒川さんが中央。


 ボールが右へ。


 僕は走りながら、全体を見る。


 黒川さんが動く。


 右のWGが動く。


 ボランチが上がる。


 CBが少し前へ。


 僕の視界の中で、すべてが同時に動いていた。


 今までなら。


 黒川さんを見る。


 次にボールを見る。


 その次に、味方を見る。


 でも。


 今は違う。


 全部が見える。


 黒川さんの重心。


 ボールの速度。


 望月さんの位置。


 榊原さんの身体の向き。


 久世さんの立ち位置。


 相手FWの侵入する場所。


 そして。


 空いている場所。


 僕は、その中から必要なものを拾った。


「望月さん、中央!」


 声を出す。


「分かった!」


 望月さんが動く。


 僕はさらに走る。


 黒川さんがボールを受けた。


 僕は、その全身を見る。


 右足へ力が流れる。


 でも。


 その先にある左側の空間が見えた。


 黒川さんが前へ出る。


 僕は一歩だけ斜めへ入った。


 空間を消す。


 望月さんが寄せる。


 榊原さんがその背後を埋める。


 黒川さんが身体をねじる。


 シュート。


 でも。


 そのコースは狭くなっていた。


 久世さんが止める。


「ナイス!」


 僕は息を吐いた。


 今までなら。


 この場面でも、黒川さんだけを見ていたかもしれない。


 でも。


 今は違う。


 全部を見て。


 その中から必要なものを選べる。


 まだ。


 感覚が追いついていない。


 頭の奥が熱い。


 情報が多すぎる。


 それでも。


 僕は、確かに感じていた。


 今までとは違う景色がある。


 試合は続いている。


 スコアは0-0。


 黒川さんは、まだ僕の前にいる。


 でも。


 もう、彼だけを見てはいない。


 その周りを。


 チーム全体を。


 ピッチ全体を。


 そして。


 その中を流れる力を。


 僕は、見る。


 必要なものだけを見るために。


 まずは。


 全部を見る。


 それが。


 今の僕に必要な次の一歩だった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。