表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/80

73粒目

人魚たちは、間もなく姿を消し。

「遠目でも、なんの、美麗であったの」

濡れた金髪に海色の瞳、薄い桃色の唇。

「フーン」

似たり寄ったりの顔でしたと異形の顔などどうでも良さげな狸擬き。

「人に見えたな……」

「目を凝らして見たけれど、下は間違いなく大きな魚であったの」

ゆらりゆらりと優雅に尾ひれを揺らしていた。

「人魚たちは、どうして姿を現した?」

さての。

「フーン」

主様の存在に気付き、水平線と呼ばれる当たりから、遙々(はるばる)とやってきた様子と狸擬き。

「なんの、好奇心旺盛の」

と言っては見るものの、(おおむ)ね、暇なのであろう。

「フーン」

まだ沈んだ辺りに漂いこちらを気にしていると。

のの?

ただの野次馬ではないのか。

放っておいても良いけれど、いつまでも眺めていられてもの。

我等は見世物ではないのである。

ただ、やはりあれ以上は、何かしらの制約があるのかやってこない。

けれど、我等が何かしらの動きを見せれば。

「の、お舟を出して貰えるかの」

「んん……?」

この大海にはあまりにも頼りなき小さなお舟。

男は当然躊躇を見せたけれど。

ほんの少しでもこちらから接触の意思を見せれば、向こうからやってくるであろうと説得し。

男がそろそろと、小舟を進めれば。

小島へ泳いで帰るには少々難儀する程度の歩を進めた頃。

『ごきげんよう』

『ごきげんよう』

『ごきげんよう』

人魚たちが現れた。

だいぶ遠くに揺蕩(たゆた)っていたと思われるけれど、やはり半身は魚。

相当な距離を一瞬で詰めてきた。

順繰りに挨拶をする人魚たちは、声もまた大層可憐であり。

言葉は半人なためか、狸擬きは当然、我にも、男にも通じている様子。

しかと何用かと問えば。

人魚たちは顔を見合わせ。

真ん中の1体が。

「少し前から、遠くに、不思議なものが現れた感じがしたのです」

とかく耳に滑り込む甘い声。

「気になって近付いてみたら、人に紛れて陸で生活をしている様子」

その甘い声は、例えるなら蜜のような。

ただ、この人魚たちは、我に媚びているつもりなどなく。

純粋に人魚たちの特性の1つなのであろう。

男も、我の血が混じっていなければ、声だけでも魅了されていそうな、それは明らかに異形から放たれるもの。

「“それ”は意志疎通でありそうだし、それなら、私たちのお願いを聞いて貰おうと思って」

接触を試みたと。

しかし。

「お願い」

とな。

不躾で唐突だと思えど、何用かと問うたのはこちらであるし。

黙って促せば。

「私たちは、陸からだったり、鯨のように大きな、あの船と呼ばれるものから、人が落とした物や、海に落ちた装飾品を、少しでも、せめて陸にお返したいと思っているのです」

かと思えば殊勝である。

ただそれは、人のため、などではなく。

単に海ではゴミでしかなく、邪魔なのであろう。

人魚たちはやはり人外故に、あまり積極的に人間達と関わりたくはないと。

それでも、

「あなたは人ではないし、海の仲間以外とは、こうやって話せる機会もあまりないから、ついつい」

そんな理由付けで来てしまったの、と仲間内で微笑み合う人魚たち。

(のん)

人魚たちの周りに、満開の花すら見える。

もし。

こやつらと人間が関わることがあれば。

大抵の人間の、特に人の男たちは。

可憐な声に加え、人魚たちのそんな表情1つで、二つ返事でどんな要求でも呑むであろう。

人に向けた魅了の技を持つ人外たち。

ただ、人外であり幼子の我にはまかり通らぬと鋭く感付いたか。

「人の落とし物も、私たちが両手で抱える程度しか持てないのですけれど」

笑みはそのまま、我をさりげなく観察するものに切り替わる。

それは、全く構わぬけれども。

人である我の男にも興味があるのか、運転席に座る男にもちらちらと視線を向けている。

「……」

生憎(あいにく)

我の男は、人魚たちの美貌よりも、今も底知れぬ深さのある海に、あまりに頼りない小舟で漂っていることと、単純に人外への本能的な恐怖が勝っている。

男は、仕事用の笑みを何とか無理に浮かべて耐えている様子。

そんな男の態度からしても。

改めて、狼男は。

(あれはだいぶ“人より”であるの)

と思わされる。

狼男を連れてきた時は、男にあったのは恐怖ではなく、大きな戸惑いだけであった。

こやつらが五分五分の半人半魚であれば、狼男は、人の割合が6か7を占める。

(ふぬ)

飛んだ思考を目の前の人魚たちに戻しつつ、更に少々、気になるのは。

人魚たちは。

狸擬きには。

我の隣から鼻先を突き出している狸擬きにだけは。

この場に存在すらしていないように、全く視線を向けない。

(ぬぬ?)

けむくじゃらの4つ足には興味無しであるか。

当の狸擬きは、

(……?)

そんな人魚たちの態度に腹を立てることもなく、静観の構え。

(珍しいの)

我の従獣に無干渉を貫く人魚たちは、

「少しだけでいいのです、海に落ちた人の落とし物を引き取っては貰えませんか?」

と適度な膨らみを見せる胸の前で指を絡めて見せる。

「別に良いけれども」

実際、細身の人魚たちが抱えられる程度のものならば、小舟にも易々と乗り切るであろう。

では明日の同じ頃にこの辺りでと約束し、人魚たちは、とぽりと沈んで消えて行く。


夜。

村の仕事を終えて帰ってきた狼男に、人魚と会ったと話せば。

『半人半魚か……』

呟き、

『少し、怖いな』

どんな姿を想像したのか。

半身は若い人の女だったと男が伝えても、

『俺自身が、他の者たちのことを言える身体ではないけれど、知らないものへの恐怖が先に出てくる』

と。

ほうほう。

その狼男に、明日はどうするかと問えば。

君たちと共に小島へは向かうけれど、島で食事用の魚でも釣って君たちの帰りを待っていると。

夏は晴れ間しかないと思われた土地の、珍しく曇り空の翌朝。

朝食の後。

村の方では、狼男は大変に重宝されている様子。

狼男が少しでも仕事をしてくると、走って村へ向かい、我等は宿でゴロゴロした後に桟橋へ向かえば。

狼男を待ち、小島へ向かい。

狼男と荷を小島の桟橋に下ろし。

手を振る狼男に見送られ、昨日(さくじつ)向かった辺りまで小舟でゆらゆらと向かえば。

「なんの。お主は随分と大人しいの」

「フーン」

ツンと鼻を高くする狸擬きは。

「?」

「フンフン」

人魚など、所詮海でしか生きられない魚類、わたくしから見れば格下も格下でありますと。

その人魚たちからすれば、陸に生きる4つ足の獣など、海中に漂う藻より視界に入らず。

お互いに端から興味の欠片もないため、存在がないことになるらしい。

なんの。

どちらも大人であると、言えるであろうか。

昨日(さくじつ)より時間は若干早いけれど、そのまま小舟を進めれば、やはり今日も美しき人魚たちはぬるりと姿を表した。

その人魚たちがそれぞれ胸に抱えたそれらは、装飾品だけでなく。

錆びきった金具、お船で使われていた工具と思われるものも。

人魚たちには装飾品はおろか、物の価値の有り無しも不明、加工がなされていれば何かしら意味のあるものだと認識している様子。

人魚たちは、満面の笑みで、それぞれ胸に抱えたそれらをこちらに見せて来たため。

「……それらを、持ち主に返せなどと言われても、到底無理は話であるのの」

一応告げて見せれば。

「勿論。これは、全てあなたへ」

真ん中の人魚が一層魅力的に小首を傾げ笑顔を見せてきた。

(……の?)

「我に、であるかの?」

「えぇ」

緩やかに頷き、

「その代わりに、その人間の男を貰えませんか?」

真ん中の人魚が、更に唇の端を大きく引き上げ。

そんな取引の提案をされた。


「の?」

左右の人魚たちも、ニコニコしている。

なんの。

「あなたは、私達には、あまりにも毒が過ぎます。でも、あなたの血が混ざったその人間の男なら、私達にはちょうどいい位なのです」

ふぬふぬ。

(ほうほう)

なんの。

「お主等は、初めからそのつもりであったかの」

自身の陣地に我等を誘い。

「こちらのお人好し具合を利用し、男を食わせろとの」

我の言葉にも、たおやかな笑みを浮かべたままの人魚たちは。

遠く遠くの陸に現れた我の気配に気付き、観察を続ければ。

我ではなく、我の近くにいる我の男が、人魚たちには餌として、何やらちょうどいい塩梅であると舌舐(したなめず)りをしたと。

この人魚たちは、魚故に相当な雑食な模様。

にしても。

「我の男の、何が“ちょうどいい”のであるかの」

問えば。

人魚たちは、やはりそれぞれに顔を見合わせ、

「色々と、ですわ」

とおこぼな少女達のようにうふふと身体を揺らし。

操縦席に座る男に、潤んだ瞳を向けている。

そのご馳走を目の前にした熱い眼差しからしても、我の男には、我の血が満遍なく馴染んでいる様子。

「……」

小島からも離れたこの海の上。

この小舟をひっくり返されれば、我が男を庇おうとも、あまりにも不利が過ぎる。

そして、さすが化け物たち。

すでに我の手の平に、特に右手に“何か”あるとは、気付かれており。

ニコニコとした、今はニヤニヤとして見える人魚たちの視線が、男から再び我に向けられる。

(ぬぬん)

手の内を知られているとなると、こちらのお舟をひっくり返されるまでに、我の小豆で人魚2体の額を貫けても、1体はきっと取り逃がす。

それにもしかしたら、額を貫いた程度では、こやつらにはかすり傷程度かもしれない。

狸擬きは我の隣で静かに大きく膨らみ、

「フーン……ッ」

格下ごときに(たばか)られたことに、怒りを隠さない。

しかしその人魚たちは。

男に2つ結びにされた黒髪を潮風に靡かせ。

自分達を、この大海にはあまりにも心許ない小舟から見下ろす我に。

「また、似たようなものを作ればいいじゃない?」

と、ねぇと仲間に同意を求めれば、仲間たちも、

「えぇ」

「そうよね」

こちらに戸惑いを含めた、その視線は逸らさぬまま頷き。

人魚たちからすれば。

人の男の代替えなど、いくらでも可能だと思われている様子。

そしてそれは、決して我を懐柔しようとしているわけではなく。

ただただ。

「不可解」

と言った表情を浮かべて顔を見合わせる人魚たち。

それが、

「なぜ駄目なのか」

と。

それすらも解らない、理解に及ばない。

(ぬぬん)

なんとも。

どうにも。

人外仲間ではあれど。

陸と海に住むもの。

それ以前に。

人魚からすれば、きっと人間など、隣の狸擬きなどよりも下の、小魚程度の価値もないのだ。

ならば。

「全く、お話にならぬの」

鼻でせせら笑ってやれば。

「……?」

そんな我に、更に怪訝な顔をして見せる人魚たちは。

そもそもの圧倒的な自身の立ち位置を信じて疑わない。

「そうの」

実際、その通りであり。

だからこそ。

我は。

「……」

いつか、どこぞの山でした様に、この幼き声を大きく上げる必要もなく。

我自身の枷を外す必要もなく。

水平線に向け。

「今、我の言葉が聞こえ、尚且つ理解をできる、この海に生きる者たちに告ぐ」

我は、ただ、風に波に声を乗せるだけ。

「我は遠き遠き青のミルラーマの山の主、小豆洗いである」

無駄に声を上げずとも。

海に暮らす、我の声が通じるほんの僅かな、数少ない生き物たちは。

『……』

『……』

『……』

それでも、水の中から、こちらに耳を傾け始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ