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41粒目

「甲冑の彼の声は、君の好みなのか?」

ベッドに腰掛ける男の膝の上。

やんわりと胸に抱かれながら問われたのは、風呂の後。

男に髪を乾かされた宿の寝室。

「のの?」

穏やかに微笑んではいるけれど。

(ふぬん)

「我は、お主の声が一番好きの」

男の首にしがみつけば、

「……んん」

そうか、と少し強めに抱かれた。

乾かされた髪を背中を撫でられ、心地よさに目を閉じていると。

「……村の(まじな)い師の彼女にも、君の力は、効くのか?」

躊躇いがちに問われた。

「のん。狼男にも似たようなことを聞かれたけれどの。あの女は純粋に、人間であるからの」

「人間」

「そうの。同じ“無”でも、甲冑男は、もうとうに人間でないからの」

“とりあえず試してみるかの”

が、1つ目で幸を成した。

その甲冑男は“元は人間”であり。

けれど、あの女と違い、人として生きていた時は目も見えていたし、言葉も発していたのであろう。

それを呼び覚ましただけ。

それでも男は、

「改めて君は凄いな」

我の前髪を指先で分けると、額に唇を寄せてくる。

「……ぬ」

額だけでなく、こめかみ、頬骨、頬、耳と、唇で触れられ。

「くすぐったいの」

身を捩れば、男も笑いながら、我の額に額をこつりと当てて来た。

「……」

けれど。

「?」

薄く開いたその唇が、何を囁く間もなく。

階下から、狼男と狸擬きが風呂場から出てくる騒がしい声と物音。

どうやら狸擬きが浴室ではなく、脱衣所で盛大に身体を震わせた様子。

狼男の嗜める声に、不満そうな狸擬きのフーンが寝室まで届く。

額を合わせたまま、男と顔を見合せ。

一つ、大きく息を吐いた男に抱っこされたまま降りれば。

「フーン」

狸擬きが、狼男に毛を乾かされながら、わたくしめはお風呂上がりのお茶を所望しますと我を見上げてきた。

一体、どちらが主なのか。

甲冑男に持たされた土産の茶葉でアイスティを淹れると、

『俺は今日、きっと、とても貴重な場面に立ち会えた』

と狼男。

「そうであるかの」

山から人里へ降りたのだから、何でも珍しく思えると思えるけれど。

『俺も含め“人外”も色々なんだな』

ふぬ。

「そうの。お主はだいぶ“人寄り”であるしの」

『……人寄りか』

反芻するように呟いた狼男は。

『……俺の寿命と言うのは、どれくらいあるんだろう』

胸に手を当てる。

ぬぬ。

「分かるかの?」

狸擬きに問えど。

「フーン」

単純に人と狼の寿命を足して割って平均値とするならば、そう長いとは言えませんと狸擬き。

『そうか』

大きな反応は見せない狼男。

『長以外の仲間は、父親も含め、皆寿命は短かったから、自分もそう長くはなさそうだと思っている』

なんと。

元は野生の山暮らし、随分と達観しておるの。


夜。

隣のベッドに横たわる狼男が、珍しく寝付けない様子で、代わりに我を抱いて眠る男が、我の血を舐めたせいか、珍しく熟睡し。

我が男の腕の中から離れても起きないため、プスープスーと寝息を立てる狸擬きのことも、一応起こさぬように狼男を階下に誘えば。

どちらも夜目が利くため、灯りは点けず暗い水場の椅子に向かい合って座り。

膝の上で指を絡めた狼男は。

『……甲冑の彼の話を聞いて』

ふぬ。

『俺は、この先、1人立ちする日が来ても』

「の」

『この命が終わる時は、君たちに見送られたいと思った』

おやの。

(おさ)ではなくかの」

(おさ)は、もうずっと仲間を見送り続けているから、もう、あまり悲しい思いをさせたくない気持ちもある』

なるほどの。

『君たちならば、最期でも、また近々会おうと言いながら手を振ってくれる気がする』

そうの。

頷いて見せれば、暗い部屋の中、狼男が我に腕を伸ばしてきた。

黙って狼男の膝に乗せられ胸に抱かれれば。

『……本当は』

「?」

『……少し、怖い』

「……」

『生まれてからずっと山で過ごし、死とはすぐ隣にあるものだと、自然と受け入れる覚悟をしていたけれど』

けれど。

『今は、君たちといる日々がとても楽しく愛しい。だから、それが終わる事を考えると、……震える程に、怖い』

寿命でなくかの。

『どちらもだ』

「ぬん」

手を伸ばし、その内側で強く歯を食い縛る頬をそっと撫でてやれば、狼男は、我を更に強く抱いてくる。

「平気の」

『……』

「お主の寿命は、まだまだ先の」

『……なぜ、解る?』

「我の従獣は無駄に長生きであるからの、あれに比べれば、大抵の生き物は短命になるの」

誰も彼も瞬きの間に消えて行く。

我の答えに、少し呆けた空気を出した狼男は、

『確かにそうだな』

小さく身体を揺らして笑う。

「それに、お主はだいぶ人寄りであるからの。寿命など、まだまだ遠い先の話の」

『……あぁ』

明らかに仲間たちとは違うその姿に、孤独を感じたこともあろうけれど、そう悪いことばかりでもない。

狼男の、我を強く抱く腕の力がふっと抜け。

「そうの」

そう。

それよりも。

「それよりもである」

『なんだ?』

「我は、お主が他者の代わりに易々と(いのち)を落としそうで、それの方が遥かに不安の」

顔を上げて覗き込めば。

『う……』

少し詰まった狼男は。

『否定は、出来ない』

のん。

お人好しは自覚ありかの。

『でも』

でも。

『キミが』

我が。

『群れの(かしら)でもあるキミが俺に、

“自分以外のために(いのち)を落とすな”

(めい)じてくれれば、俺はそう簡単に、他者に(いのち)は渡さない』

じっと我を見下ろして来た。

ぬぬん。

(そうの)

我はもぞもぞと狼男の膝から降りると、その場に立ち、1つ瞬きをし。

大きく息を吸い。

「我は命ず。お主の(いのち)、我以外の一切に譲ることを許さぬ」

暗闇の中、狼男を見上げれば。

狼男は、

『……俺の(いのち)を、たった今、キミの(めい)でキミの管理下に置いた。

だから俺は、

“キミの(いのち)である俺の(いのち)

を、必ず守る』

と、我を見下ろしてきた。

「の」

目を細めて微笑み合い、再び伸びてきた腕に、今度はやんわりと胸に抱かれれば。

『……キミをこうして腕に抱くと、仲間たちの生んだ、小さな仔たちを思い出す』

子狼か。

『小さくて温かくて、とても愛おしい』

温かいのはお主も同じであると、口にしたはずなのだけれど。

「……」

あやすように緩く揺らされれば、心地好さのお陰か、我は気付けば狼男の腕の中で眠り。


その夜は。

深い山の中。

とても小柄な、人の娘の腕の中。

隣に寄り添う大きな狼と共に。

遠い遠い先の、人里のある、山の向こうを眺めている夢を見た。


見本市が終われば、おっとりした街の雰囲気。

『“普段は、これくらいのんびりした街です”』

声を与えてそれっきりとはいかず、翌日に茶畑の甲冑男を訪ねてみれば。

『“ようこそ。こちらからも伺おうと思っていたのです”』

と明るい美声で迎えてくれた。

買い出しもあると言うため、甲冑男と共に街へ戻り。

「声の調子はどうの?」

問えば。

『“とても快調です”』

甲冑男の分は狸擬きが飲み干せばいいと、茶屋へ誘ってみた。

『“食事やお茶をする店には、茶葉を卸す時は勿論、席に着く事も皆無だったので、嬉しいですね”』

甲冑男は、街でも嫌でも目立つ。

街では知られた姿で尚、それでも甲冑がマントを羽織り颯爽と歩いているのだから当然ではある。

茶屋の人間にもおやと言った顔をされ、ただ、顔見知り程度ではあるらしい甲冑男も、軽く会釈を返す。

テラス席。

周りの客たちにも、少しばかり遠巻きに、甲冑男がお茶を呑むのかと窺われているけれど。

自分の分をカパーッと飲み干した狸擬きが、骸骨の前からカップを自身の前に置き、ケーキと共に嗜んでいる姿に、周りからはううんと悩ましげな空気。

「食事は難しいかの」

『“食べようと思えば、もしかしたら可能かもしれませんが、まず仮面を外す必要があるので”』

そうであった。

それに、積極的に食事をしたいとも思わないと。

『“人の根本的な欲から解放されているので、楽な部分もあるのです”』

ほうほう。

『“そうでした。昨夜、変化と言えるものなのか”』

「?」

『“深夜”』

久しくなかった眠ると言う行為をしたと。

「おやの」

『“座ったまま、ほんの数刻、意識も記憶もなく”』

けれど、目が覚めて真っ先に、

『“声が出るかと、確かめてしまいました”』

無事に出た様子。

「フゥン」

ケーキを頬張っていた狸擬きが、珍しく外で鼻を鳴らす。

離れたテーブルに客がいるため、人の言葉こそ放たねど、フォークを持った前足を振り回し、何やら、

「ご意見」

があるらしい。

「なんの」

「フーン」

主様のお力が、そう簡単に(しな)びるわけがないだろう、と甲冑男に伝えたいらしい。

(ぬん)

我の力に関してだけは、誰よりも何よりも高く見積もる従獣。

無視してもいいけれど、今も鼻先を甲冑男に向け、フンスンとうるさいため。

それを伝えると、

『“……おぉ。やはりそうなのですね”』

こう、眼球や目蓋が存在していれば、パチパチと瞬きでもしていそうに大きく頷き。

『“私は、骨として目が覚めてから、自分以外の異形の方とお会いすることは初めてでありまして”』

ふぬ。

『“あなたから声を、こう、あまりにもあっさり授けて頂き、もしかしたら、本来は私など、足許にも及ばないお力がある異形様ではと、今朝方(けさがた)思い至った次第なのです”』

「フーン」

その通りだと狸擬きは鼻をツンと掲げるけれど。

『“それはあまりないの。我は、たまたまお主と相性が良かっただけの”』

身体もこんなにちんまきであるしのと答えれば。

『“ははぁ、それでは、私はとても運がよかったのですね”』

嬉しそうに甲冑が揺れる。

黙って煙草を吹かす男に、何か言いたげに、けれど聡く黙っている狼男。

フンフンと不服そうにうるさい狸擬きは無視する。

自身の力を、自ら他者に誇示する程、滑稽で愚かな行為はない。


甲冑男の用とは、鍛冶屋へ向かうとのことで。

普段は、我等にはあまり縁のない農具を一緒に眺めたり、老夫婦の墓参りがてら、甲冑男が眠っていたと言う墓を見学しに、花を持って向かってみたり。

墓は、どこも街でも村でも外れにある。

墓の石は、街の人々のものでも、どれもそう大層なものではなく。

余所者であったらしい甲冑男の眠っていた墓の石は、更にそこいらから掘り起こしたらしい、ゴツゴツしたただの石であったけれど。

『“名も知れぬ余所者の私を不憫に思い、街の人たちと同じ墓場で、しっかりと眠らせて貰えたからこそ、私は自身の本体が骨だと気付けたので”』

この街の当時の村人には感謝しかありませんと。

老夫婦の墓に花を添えて、

『“老人からの受け売りですが”』

と、街の美味しいパン屋を甲冑男から教えて貰ったり、今は伽藍としている、甲冑男の住まいの2階の活用法の案を出しあったり。

『“1日、とても楽しかったです”』

今日は日記に書くことが多いですと嬉しそうに笑う。

甲冑男は、日々、日記を付けていると。

なんと。

人外も、それそれ、様々であるの。



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