皇太子の誕生日6
晴れ渡った空の下(ドームに覆われたこの都市では雨なんか降ったりしないが、それでも晴れの日は青空がみえて気持ちがよい)、皇子の誕生日パーティーは王宮の屋外庭園で催されていた。
ちょうど薔薇似た美しい花が咲き誇り、庭園を赤やピンクに染め、その中を美しく着飾った男女がさざめき合う。
テーブルには色とりどりのたくさんのご馳走が並び、揃いの衣装を着た楽人達が美しい音楽を奏で、皇子の誕生日を祝っていた。
「わー、すごい人・・・」
「今日はまた一段と盛大だな」
レクセルも目をみはっている。
その腕につかまりながら歩を進める。
歩いているとその広い会場のあちこちから女性達の意味ありげな視線が痛いほど突き刺さる。
鈍くさいと評判の自分でもよく分かる、羨望と嫉妬の眼差し。
だって今日のレクセル超かっこいいんだもん!
帝国の男性の礼装はタキシードに似ているけど、精緻な刺繍を施した襟を立ててたり、ボタンで前を留める代わりに細い鎖と飾りボタンで繋いだりしたジャケットに、胸元はクラヴァットのような白い飾り。
それが本当によく似合って・・・。
横にいるときれいに後ろになでつけた髪から整髪料のいい香りがただよってくる。
うう、きっと自分も負けてない・・・と思う。
朝からエステ付きの美容院みたいなとこに連れていかれて、頭から爪の先まで磨かれて化粧して髪のセットアップをしたのだ。
会場の中心地に近づくと、
「オードヴェル殿、お久しぶりですな!」
「ミオ様、覚えておられますか?ご健勝そうでなによりです・・・」
あっという間に人に囲まれた。にこやかにあいさつを返し、世間話を繰り返す。
皇子に辿り着く前に日が暮れそうだ・・・。
帝国では有名なんだな、私達。
が、ざわりとしたどよめきが起こったかと思うと人垣が揺れて道ができ、その先にはシャルセ皇子がいた。
「皇子!」
「ミオ!久し振りだな」
周りの人たちがさーっと動いて散っていく。さすが貴族の皆さま、位階順列をよくわきまえてらっしゃる。
レクセルも片膝をついて最敬礼をほどこす。
「よい、立ち上がれ」
「はっ」
皇子は落ち着いた色の濃い茶のジャケットに礼装用の白いマント、クラヴァットには見事な緑の宝石を飾り、誕生日の主役である証に花冠をかぶっていた。
「元気そうだな」
「はい。皇子も。あれ、少し背が伸びました?」
王宮にいた頃よりも背が高く感じる。
「ああ。君も健康的になって。君をそんな風に幸せにできるのが僕じゃなくて本当に残念だよ」
優しげに微笑み、曲げた人差し指の背でミオの頬をなでる。
「皇子ったら・・・」
ああ、後ろでレクセルがやきもきしている姿が目に浮かぶ。でも顔に出さないからきっと落ち着いてはいるだろうなー。
「そうそう、お誕生日おめでとうございます」
そう言ってミオはクラッチバッグから小さな包みを取り出す。
「これは・・・?」
「クッキーです。バッグがちっちゃいからこんなになっちゃったけど、量より質ってことで」
皇子は受け取ってしげしげと見る。
「ミオ、君が・・・作ったのか?」
「はい」
「た、食べていいか?」
「もちろんです」
皇子が包みを開けようとすると、
「皇子、お毒味を・・・」
お付きの人が慌ててやってきて皇子の耳元で小さくささやく。
だが皇子はその言葉にかっとして、
「ミオが作ったものにそんなもの入ってるわけないだろう!いい、行こう、ミオ」
と、手首を掴まれた。
「お、皇子・・・」
その人は困った顔で追いかけてこようとしたが、
「しばらく二人で話がしたい。ついてくるな」
「・・・はっ」
ミオはちらりとレクセルを見ると、仕方ない、と言った風にうなずいていた。
やがて人気のない静かな白い薔薇の咲く庭園へとやってきた。
地面へ直に座り込んでのクッキー賞味となった。
「すごくおいしいよ、ミオ」
皇子はあっという間に全部食べてしまった。まぁ少ししか入ってなかったしね。
「よかった。こんなクッキー皇子の口に合わないんじゃないかと思ってちょっとどきどきしてました」
「そんなことはない!こんなおいしいクッキーは初めてだ。いくらでも食べたいよ」
名残惜しそうに袋についたカスさえ指でつまもうとする。
「お世辞じゃないといいけど」
「世辞なものか。そうだ、僕専用の菓子職人として王宮に来ないか?」
いいことをおもいついたとばかりにきらきらとした目で見つめられた。
「そんな。それでは本物の菓子職人さんが困ってしまいます」
ミオが困った顔でうつむくと、
「ふ・・・、僕もいい加減未練がましいな」
と皇子は一人ごちた。
「帝国の皇子だとて君の心一つ手に入らない・・・。いっそオードヴェルの奴を遠くの星域に飛ばして・・・」
「皇子・・・!」
「悪い、冗談だよ。君を泣かせるのは僕の本意じゃない。僕は君の幸せを願って君を手放した。本当、今さらさ」
肩をすくめて両腕を上げる。
「皇子にもきっといい人が現れます」
「だといいけど。そうだ、君にも何かお返しをしないとな」
「え、そんな、いいですよ」
「いいから。言ってごらん、何がいい?」
「ええっと・・・」
ミオは辺りを見渡して、
「じゃあ、あの薔薇を一輪」
「薔薇でいいのか?」
皇子は目を見開いてあきれたように言う。
「はい。とってもきれいなんですもの」
「よし、僕がとってきてやる」
皇子は立ち上がって薔薇に手を伸ばした。
「あっ、つっ・・・」
「お、皇子!」
皇子の指先から赤い血がぷくりとふくらんで出てきた。
「大変!」
ミオはバッグからハンカチを取り出し、皇子の手を取って傷口に押し当てる。
「・・・でも、皇子はこんなところで皇子なんですね」
「・・・?どういう意味だ?」
「だって、薔薇に棘があるって知らなかったんでしょう?きっとご自分で手折ったことなんてなかったんだなと思って」
「なるほど。確かにそうだな。しかしミオ、そんなに近づいたらあらぬ誤解を受けるよ」
「へ・・・?」
気づいて顔を上げると皇子の顔が間近に!
「わ、わわっ。ごめんなさい」
飛び退って距離を取る。
「ははっ。言わなきゃよかったな」
皇子は手に残ったハンカチを持って笑う。
「さぁ、そろそろ行かなきゃ。君ともっと一緒にいたいけど、まだたくさん挨拶が残ってるからね。こういうことには本当うるさいから」
「はい」
二人は並んで歩き、パーティー会場へと戻った。