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皇太子の誕生日5

 帝都の中心街、最も多く人の集まる交通の要衝地。

 そのど真ん中のホテル。シティホテルなんかじゃない、帝国のVIP達のための歴史ある高級ホテル。

 ロータリーで降りてそのきらびやかな外観を見ているだけでくらくらと目が眩んでしまう。

「ここのホテルは昔から贔屓にしててね。支配人とも知り合いだから・・・って大丈夫かい?」

「ちょっと目が眩んで・・・」

「しっかりしてくれよ。これからはこれを当たり前に思ってもらわなくちゃ」

 こ、これが当たり前・・・。違う、違いすぎる・・・。

 家族で行った安普請の旅館を思い出して相当の意識改革が必要だと思い至った。

 大丈夫かな・・・。

 知らずふっとため息が漏れる。

「・・・君のそんな憂い顔が見たくなくて、俺はずっと君を領地に閉じ込めていたのかもな」

 レクセルが心配げに肩を引き寄せた。

「ん・・・?」

「住んで来た世界が違うんだ。だからそんなに自信を失くさないでほしい。嫌だったり、無理なことはさせたくない。こんなことで君が俺から離れてしまう、そんなのは嫌だ・・・」

「レクセル・・・」

「こんな時家名や血筋が鬱陶しくなる。俺が何の地位も持たないただの男だったらよかったと。好きになった女と一緒になる、そんな簡単なこともできないのに誰もがこの小さな襟章をうらやましいという」 

 家紋の入った襟の小さなバッチ。貴族の証。

「ごめんなさい・・・。努力するね。レクセルに似あうような女になる」

「本当はそのままでいいんだけどね。君に余計な重荷を負わせてしまう。すまない」

「ううん。きっとそのうち慣れる、と思う・・・」

「うん、そのためにもまずここからだな」

 やっとこさ入口に向かって歩きだす。

 ずっと側で待っていたベルボーイがやっと出番が来たとばかりに案内してくれた。

 き、聞かれてた・・・?うう・・・。

 ホテル一つに入るだけでこんなにレクセルに言われなきゃ入れないなんて・・・、がんばらなきゃ・・・。


「お久しぶりで御座います。オードヴェル様」

 でっぷりと太った血色の好い男性が迎えてくれた。支配人だろう。

「やぁ、また太ったかい?」

「いやいや、これでも痩せたんですよ、髪の分だけね」

 言って二人笑う。確かに頭はだいぶ寂しいことになっている。

「今日はお泊りですかな?」

 支配人はちらりとミオに目を遣って問う。

「そうしたいのはやまやまだけどね」

 レクセルはミオを見て肩をすくめてウィンクしてみせた。はは・・・。

「この子に合う靴やアクセサリーを探してるんだ。皇子の誕生日会に呼ばれてる」

「それはそれは慶賀なことにございます。当ホテルには一流のブランドが揃っております故、ご満足いただける品をご用意できると思います」

「うん、頼んだよ」

「はい、お任せ下さい」

「ラウンジバーで待ってる。用意できたら一度見せて欲しい」

「はい、かしこまりましてございます」

 支配人は恭しく頭を下げる。

「ミオ、自分が一番だって顔してるんだよ」

 いえ、もう無理です・・・。と言いたかったががんばると言った手前、顔に力を入れて情けない表情をしないようにする。

 その顔にレクセルは吹き出す。

 支配人はさすが眉ひとつ動かさないが。

「や、ごめん・・・。じゃあ待ってるよ」

「うん」

「さ、こちらへ・・・」

 支配人の後についてホテルの中を移動する。

 後はまあ、あれだ。数人の女性に囲まれて衣装をとっかえひっかえ。

 久し振りに王宮を思い出した。こんなに騒がしくはなかったけど・・・。

 あの頃こそ本当に何も考えてなかったよな・・・。レクセルに会えないのが悲しくて悲しくてそれを考えないようにするのが精一杯で、それが却って功を奏したのか気後れはしなかったよな。

 王宮は本当閉鎖空間だったし。

 だけどこれからは・・・。

「これでいかがでしょう」

 あの紺のドレスに短めの白い手袋、ストーンをふんだんに使ったジュエリーサンダル、銀色のクラッチバッグ。ネックレスとイヤリングは控えめだが揃いのもの。髪は高く結って一つにまとめただけ。そこに花を模した髪飾り。

 王宮のお姫様ではない、一人の女性として、レクセルの側にいなくちゃならない。

 鏡の前の自分は年齢より幾分大人に見える。

 これなら少しはましかも。


「上出来だね」

 レクセルはミオを見ると目を細めて笑った。

「あれ、何か飲んだ・・・?」

 レクセルの息が少し酒臭い。

「ちょっとだけさ」

 それにしては顔が赤くないか。

「フロアに行こう。ダンスだ」

「えええ!?」

「踊れるだろう?」

「ちょ、ちょっとだけ。でももう忘れたし・・・わわわ」

 ダンスのレッスンは王宮で少し習った。でもほんの基本だけ。もう忘れちゃったよー。

 でもレクセルは強引に手を引っぱってフロアへと連れ出した。

 確かにこのラウンジは生演奏で曲が流れてるけど、そんな踊るようなとこなんだろうか?

 でもちょっと広めの場所に出ると、演奏家たちが気を利かせてゆっくりめの音楽に変える。

 上品な一流の人たちは見て見ぬふりだし。

 向かい合って手を取って忘れかけのステップを思い出す。

「無理に踊らなくていい。このまま・・・」

 寄り添って左右に少し揺れるだけのダンスとも言えないダンス。

「君をこのまま帰したくないな」

 帰して下さい、お願いします。

「すごくきれいだ。素敵だよ」

 いいえ、きれいで素敵なのはお金のたっぷりかかった衣装のせいです。

「全く、これだけ言ってもそんなに頑ななのは、俺に対する挑戦かい?もっとも、相手が手ごわいほど燃えるタイプでね」

「レクセル、もう、やめて・・・。だって、そんな、まだ・・・」

 ぎゅっと目をつぶっていやいやと首を振る。

 レクセルはそんなミオを愛おしそうに見つめる。

「ごめん。意地悪して悪かった。ちゃんと帰すから、そんなに固くなるなよ。ああ、いい夜だ、最高だね」

 レクセルは上機嫌のまま曲が終わるまでダンスを踊り続けた。


「遅い」

 ナータさんの家に帰ると鬼の形相で出迎えられた。

「ミオちゃんをこんな時間まで連れまわして。未成年者略取の容疑で通報するわよ」

「それだけは勘弁・・・。いや、楽しくて・・・」

 レクセルはお酒のせいかへらへらして答える。

「何!?お酒飲んでるの!?何してんのよ兄さん!」

「少しだけだよ。そんなに怒るなよ」

「怒るわよ!連絡もないし!もうとっとと帰れこの酔っ払い」

「はいはい、帰りますよー。じゃあな、ミオ」

「うん。気を付けてね」

「明日は俺仕事だから会えないけど、明後日の皇子のパーティーには迎えに来る。それまでゆっくりしてるといい」

 髪をなでられ、キスされるかと思ったが、ナータさんの一睨みでやめたらしい。背後が怖い・・・。

 レクセルはふらふらとしながら帰っていった。

「でもあんな兄さんのはしゃいでる姿初めて見た。よっぽどミオちゃんとのデートが嬉しかったのねぇ」

 はしゃい・・・でるのか、あれで。

「まぁ、いいもの見れたからいいか。さ、疲れたでしょ。シャワー浴びてもう寝ちゃいなさい」

「はい」

「明日は女同士でデートしましょうか」

「はい!あ、そうだここってオーブンあります?」

「ああ、あるわよー。全然使ってないけどね。何?何か作るの?」

「はい。皇子の誕生日プレゼントにクッキー焼こうかと」

「皇子に手作りクッキー!最高!きっと初めてなんじゃない?そんなの」

 ナータさんは手を叩いて笑った。

「ええっと、だめですか?」

「ううん。そういうのの方がかえって新鮮でいいかもね。皇族なんてよく分かんないし」

「は、はぁ」

「じゃ明日はクッキーの材料も買ってこようね」

 そうしてその日はベッドに入ると3秒もしないで眠りについた。

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