皇太子の誕生日4
着いたのはたぶん東京で言えば銀座とかその辺り。
四方を見上げるばかりのビルに囲まれ、どの建物もきれいで洗練されたデザインだ。
その中の一つ、路面に面した高級そうなブティックに入った。
「まぁぁ!いらっしゃいませ!!」
上品そうな人なのにパワフルな話し方の人だな・・・。
「この間はどうも」
「いいえ!本日はミオ様もご一緒ですのね!」
「ああ。ドレスだけじゃダメだって妹に怒られたよ」
レクセルはそう言って肩をすくめる。
「まぁそうですか、おほほ・・・」
綺麗な人だな。
ミオは店員を見てそんな感想を持った。
レクセルにはこういう人の方が合ってるんじゃないんだろうか。こうやって美男美女が並んでいると自分がみじめに思えてくる。
すらりと背が高く、体のラインにメリハリがあり、爪の先まできれいに飾り立ててある。
私なんて背もそんなにないし、胸だってないし、頭だってないし。
店員さん、こんなところで働いているくらいだ、きっとすごい頭も良くてしっかりしてるんだろう。
「ではこちらへ」
そんなことをぽやぽや考えていたら笑顔の店員さんに手を取られて奥へ入る。
「あ、はい」
誘われてスツールに座る。
「あのドレスでしたらこちらのハイヒール、手袋もご入り用ですね。帽子もあるといいですわね。バッグはこちらなんていかがでしょう・・・」
あっという間にずらずらずらっとたくさんの商品を並べられた。
ひえー・・・。こんなの選べないよ・・・。
そしてふっと値札に目がいった。その値段に目を疑う。
え、こんなに高いの・・・?
自分にもようやくこの帝国のお金の価値概念が分かってきた。
例えばこの繊細な飾りのついたハイヒールの値段は260.4ゼル。
この帝国でお昼ご飯を食べようと思ったら1ゼル払って200レトお釣りをもらうくらいで十分食べれる。
なのにこの靴一足で260ゼル・・・?
「や、だめ、こんなの買えない・・・」
「お客様・・・?」
急に及び腰になったミオを見て慌てる店員。
きっとこの時少し自信を失っていたんだと思う。
「ミオ?」
店内をうろついていたレクセルもやってきた。
「ど、どうした?」
「だって、高い・・・」
不安げな顔でレクセルを見上げる。
「気にするなよ、大丈夫だから」
レクセルは笑ってそう言ってくれたが、
「でも、だめ、いらない。こんなに高いの」
と言うと、その言葉のどこにかちんときたんだろう。
レクセルの顔は急に不満げになり、
「分かった、帰ろう」
と、ぷいと踵を返して入口へと歩く。
「オ、オードヴェル様、お待ちを・・・」
ミオは慌ててその後を追う。
「ま、またのお越しをお待ちしています・・・」
非常に残念そうな店員さんの声を後にして店を出る。
人の行き交う大通りを歩いている間中、レクセルは無言。いつも歩調を合わせて歩いてくれるのに今は小走りにならないとついていけない。時刻はもう夕方。全天候型のこのドーム都市でも、寒暖の差を人工的に作っているので冷たい風が吹き抜ける。
待って、と言いたいが言えるはずもなく。
リフターに乗って隣に座ると、やっと言い訳を言えた。
「あの、あのね、レクセル。私ね、本当、普通の一般庶民だったの。日本は身分とか階級とかないし。いつもね、お母さんは家計が苦しいって家計簿見つめてるし、新しく建てた家もね、ローンがまだ15年も残ってるし。うちのお兄ちゃん大学生なんだけど、私立の学校行ったから学費が高くてね。だからいっつも節約、節約でたまにお金使うっていっても近くの温泉旅行とかそんなんで、贅沢なんてね、本当敵でね、あんな高いの買ったことないし、見たこともないし・・・」
「ミオ、ちょっと黙りなさい」
「でもね、あの・・・」
さらに言い募ろうとすると、レクセルは渋面のままリフターを路肩に寄せて停めた。
「?あ、あの、レクセル、あの・・・」
「黙りなさい」
そう言うとレクセルは手を伸ばしてミオの顎を捕らえ、横を向かせてその唇を塞いでしまった。
「×××!」
「おとなしくなったな」
そ、それはずるい・・・。ミオは言い募る気力を奪われてそのまま黙る。
レクセルは名残惜しそうに舌先でミオの唇を舐めてからやっと顔を離し、運転シートに戻って背もたれに背を預けて話しだす。
「俺はね、ミオ」
「は、はい・・・」
「君に窮屈な思いはさせたくないと思って自由にさせてきた。地球という異文化の星から来て、急にはなじめないだろう?だからあまりとやかく何々をしろとか言ってこなかったはずだ」
「う、うん」
「それに俺は貴族だ。そして俺と結婚するとなると君も貴族になる。そしてそれには様々な責任や儀礼、しきたりが付随してくる。血縁関係も重要だ。でもそれを急に覚えろと言っても無理な話だ」
「うん・・・」
「でもいつまでもそのままという訳にはいかない。今までは一般庶民として暮らしてきたかもしれないが、これからは俺の伴侶となる。なら、その生き方を覚えて欲しい。急かすつもりはもちろんないが」
「・・・」
「どうした?」
「いや、すごくちゃんと考えててくれてたんだなぁって・・・」
惑星オーで何も考えずにレクセルが帰って来ないだのなんだの不満を言っていた自分が恥ずかしくなった。何も知らない小娘なんかレクセルにとってはお荷物でしかない。貴族のきの字も知らないし、立ち居振る舞いに至ってはあか抜けない子供っぽいガキだ。
そんな自分に何も言わずに自由にさせてくれてた。それはすごいことじゃないだろうか。
もしも自分にそんな子供の面倒見させられたらどうしただろう?あれこれと自分の思うように指図して気に入らなければ怒ったりしないだろうか。こんな風に待っていられるだろうか・・・。
改めてその懐の深さを思い知った気がした。
「君にそんな目で見られるのは悪くないな」
レクセルは照れたように視線を合わせずに小さな声で言う。
「うん、惚れ直しちゃった」
「全く、君ってのは・・・」
「何?」
「いや、まぁ、とりあえず買い物の続きをしよう。それと君はもう少し贅沢を教えた方がよさそうだ」
レクセルは少し笑って再びリフターを動かし始めた。