前途多難な結婚生活ですが幸せです
これにて完結となります。
「ベル、申し訳ないけどこれもお願いね」
「かしこまりました。ただこちらもそろそろいっぱいになりそうですわ……」
「また新しいクローゼットを用意しなければいけないわね……」
毎日のように渡される贈り物はそろそろしまう場所が無くなってきてしまったし、私一人では使いきれないほどの装飾品やドレス達を抱えて途方に暮れそうだ。
しかしオスカー様に何度抗議しても、頓珍漢な反応が返ってくるばかり。
「恐らくこれまでの反動なのでしょう……さすがに多すぎますが……申し訳ありません、形だけでも受け取って差し上げてくださいませ」
私だけでなくアンナまでも呆れながらそう言い始めたので、相当だろう。
そんな私とアンナの様子を後ろでベルは笑いを堪えながら見ている。
「そういえば、オスカー様の体調は大丈夫なのかしら?」
「ええ、奥様が来ないと自分は死ぬと大騒ぎしておりましたが、ただの二日酔いですので……」
「あの嫉妬深さにも困ったものだわね」
ことの発端は一週間ほど前のこと。
ジャック・ホルン侯爵令息から、突然ワインが届けられたのだ。
以前舞踏会で話していたホルン家の領地で作られているワインなのだろう。
ジャック様は私が全身オスカー様のお色を身につけて舞踏会に参加した様子を目にしたようで、それ以来彼から直接話しかけられることはほとんどなくなった。
今では最低限の挨拶だけだ。
……噂によればオスカー様が厳しく目を光らせていることが原因なのだとか。
そんなジャック様から届いたワインを、オスカー様は全て一人で飲んでしまったのだ。
「あの男から贈られたワインなど、不吉だ。呪いでもかけられていてセレーナに何かあったら……だが捨てるのもワインに申し訳ない」
とまあそんなことをブツブツと言いながら、結局全てのワインを飲み干したオスカー様は案の定そのままお倒れになり。
「……失礼ながら馬鹿……いえ、頭は大丈夫なのですか?」
オスカー様が体調を崩されたと聞いて慌てて寝室へ見舞いに訪れたものの、原因をアンナから耳にした私は呆れ返ってしまった。
「ワインにまで焼きもちを焼かれるようなお方では、息が詰まって一緒に暮らしていけませんわ」
「そ、それは離縁したいということなのか!?」
体調からくるものなのか離縁という言葉からなのか真っ青なお顔をしたオスカー様は、悲鳴のような声を上げた。
「どうしてすぐに話が飛躍するのですか。もう少し心に余裕を持ってくださいませ。私が選んだのはジャック様ではありません。オスカー様、あなたでしょう?」
「そ、そうなのだが……」
「少し頭を冷やしてください!」
「そんな、セレーナっ……待って!」
こんなやりとりがあり、結局オスカー様は体調が回復されるまで大人しく横になっていたらしい。
「そろそろ体調も戻られたかしらね。少し様子を覗きにいこうかしら」
「あら、奥様……」
「何?」
「いえ、なんでもございません」
部屋を出ていく私の後ろで、アンナとベルが顔を見合わせて微笑んでいるとはつゆ知らずの私なのであった。
◇
「オスカー様。お体の具合はどうですか?」
オスカー様の部屋へと足を踏み入れると、すっかり顔色の良くなった彼の姿が。
——やはりお顔は本当に美しすぎるわ。
中身がとんでもないお方だとは誰も気づかないだろう。
だが今ではその性格もひっくるめて彼にめっぽう弱くなってしまっている私なのである。
「……君が来てくれなかったから、もう私は長くは生きられないかもしれない」
「何を大袈裟な。ただの飲みすぎでしょう!」
「違う! 君が最近素っ気ないものだから……こっちへ来てくれ」
疑問に思いながら私がオスカー様の元へ近づくと、突然グイッと手首を掴まれ彼の方へと引き寄せられた。
「ちょ、オスカー様っ……危ないです!」
抗議する私の口を塞ぐかのように抱きしめられる。
「はぁ、久しぶりのセレーナの香り……」
「たった数日でしょうっ……」
「あぁ、このまま私の上に乗ってくれ」
「……絶対に嫌ですわ!」
どさくさに紛れてなんてことを言い始めたのか。
こんな昼間から、しかも病み上がりのオスカー様の上に跨るなど次期公爵夫人のすることではない。
私が即答で拒否してしまったので、オスカー様は捨てられた子犬のような表情を浮かべてこちらを見つめる。
「そのようなお顔で見つめられても、だめです! 今さっきまで寝込んでおられたのでしょう? 明日からの執務に障りますわ。ゆっくり休んでくださいませ」
「だがしかし君のぬくもりがないと……」
「もう少し加減していただかないと、私の体も限界なのです。このままでは倒れてしまいますわ」
「な、なにっ!? 具合が悪いのか!?」
「……はぁ」
オスカー様は相変わらずだ。
執務になるととても優秀だと話は聞いているが、なぜ普段はこうなってしまうのか。
話は噛み合わないし一方通行のことも多い。
ときおり失言しそうになっているのを慌てて訂正している様子を見ると、呆れつつも笑ってしまいそうになる。
あれほど嫌いになりかけていたオスカー様のことを今こうして笑って見守ることができているのは、彼のことを愛してしまったから。
……そう、私もいつのまにかオスカー様のことを愛していたのだ。
そのことに気づいたのはつい最近のこと。
「愛しているよセレーナ、閨のことも君の言う通りにする! だから嫌わないでくれ……」
何か勘違いして顔を真っ青にしているオスカー様を見て、私はクスリと笑うと彼の耳元でこう囁いた。
『私も愛しておりますオスカー様』
しばらくしてようやく状況を理解したオスカー様はその目を見開いたかと思うと、くしゃりと端正な顔を歪めてボロボロと泣いた。
「ああ、もう。また泣いているのですか?」
「セレーナ、もう一度言ってくれ」
「嫌です。恥ずかしい」
「そんなっ……頼む! セレーナ!」
オスカー様との結婚生活はまだまだ前途多難だろう。
だが彼と二人一緒なら、楽しく毎日を過ごすことができそうだ。
私はオスカー様を宥めるかのように、そっと唇を重ね合わせたのであった。
最後までお読みいただきありがとうございました。