名実共に
次回完結です。
こちら全年齢用に内容を変更した回になります。
余裕がありましたら今夜もう1話(最終話)更新しようかなと思っております。
二人で寄り添うように手を繋ぎながら屋敷へと戻ってきた私たちを見て、アンナやベルを始めとする使用人たちは何かを感じ取ったらしい。
彼女たちの視線がなんだか生暖かいようで、私は恥ずかしくなってしまう。
「オスカー様……ようございましたね。セレーナ様、本当にありがとうございます」
アンナはいつのまにか握りしめたハンカチで涙を拭いながらそう告げた。
「お礼など……私もあなたたちには迷惑をかけてしまったわ」
「いいえ、いいえ。あのような失礼な真似をいたしたこと、今でも大変申し訳なかったと思っているのです。すぐに家を出ていかれてもおかしくないほどでしたのに……セレーナ様の寛大なお心に感謝いたします」
そう話すと再びハンカチを顔に当てて咽び泣くアンナに、隣にいたベルが呆れ顔で新しいハンカチを渡していた。
「セレーナは私と共にトーランド公爵家の一員として歩んでくれると決心してくれた……。私は彼女の思いに感謝して、これからの人生を彼女に捧げたい。皆も、より一層彼女のために励んでくれ」
「い、いや……オスカー様、それは少し大袈裟では……まず第一はトーランド公爵家のためだと思うのですが……」
オスカー様の発言にギョッとしながらそう反論するが、彼には全く聞こえていない様子。
そして困ったことに使用人たちもオスカー様の宣言に何度も頷いている。
「べ、ベル……」
私はベルに救いの手を求めるが、彼女はにっこりと笑って首を振った。
「皆の気持ちを受け取ってくださいませ。それほどまでに、皆セレーナ様に感謝しているのです。あなたのおかげで、このトーランドのお屋敷にはかつてないほどの活気が溢れております」
あれ以来季節ごとの花を飾ることが習慣となった玄関は、訪れた人の心を癒してくれる。
そして朝は屋敷中の窓を開けて空気を一掃し、日中はカーテンを開け放しておくことで、爽やかな気持ちで過ごすことができる空間となっていた。
私が嫁いできたときのトーランドの屋敷とは大違いである。
今ではすっかり居心地の良い屋敷となったこの家を、私も気に入り始めていた。
「セレーナ、こちらへ……」
すると突然オスカー様は私の手を引くと、使用人たちから離れて二人きりになるよう廊下を進み始めた。
彼がどこへ向かおうとしているのか、私にはなんとなく予想がつく。
そして予想通りの部屋の扉の前に着くと、オスカー様はゆっくりと扉を開け、中へ入るよう私の背を軽く押した。
「オスカー様……」
オスカー様は言うか言わないかしばらく迷った後に、意を決したように口を開いた。
「もちろん今すぐに初夜をおこなうつもりはない。先ほど気持ちを伝えあったばかりの君に、それが目的だと思われたくは無いんだ。だが……」
「だが? なんですか?」
「その……今日から同じ寝室で寝てもいいだろうか……?」
ふと彼を見ると、再び先ほどのように真っ赤になりながら私の方を見つめていた。
その視線に胸が締め付けられるように苦しくなる。
「……はい。ですが……」
「で、ですが!? なんだっ……」
断られると思ったのだろうか。
困った顔を浮かべて飛び上がるようにオロオロとしているオスカー様は面白い。
「その……恥ずかしいのです。緊張してしまって、寝られるかどうか……」
「なんだ、そんなことか……それならば数をこなせば慣れていくだろう」
「オスカー様は緊張しないのですか?」
「……聞かないでくれ」
そう言ってぷいっとそっぽを向く彼が好きだ。
「とりあえず、今日はもう遅い。久しぶりの舞踏会で君も疲れただろう? 早めに湯浴みを済ませて、もう休もう」
「そうですわね」
◇
そして私とオスカー様はそれぞれ湯浴みを済ませ、寝るための身支度を整えると再び夫婦の寝室を訪れた。
「君のその寝間着姿を見るのは、久しぶりだ。しかしその服はなんとも……目に毒なのだが」
「これはベルが勝手にっ……あまりまじまじと見ないでくださいませ……」
あれほど今日は何もしないのだからと言ったにも関わらず、湯浴みを済ませた私にベルが着せたのはいかにも……といったデザインの寝間着であったのだ。
薄いレースのネグリジェは、体の線が透けて見えてしまう。
私は思わず両腕で自らの体を覆うようにして隠した。
「ほら、セレーナ……とりあえず布団に入ろう。もう遅いのだから……」
恥ずかしさで死にそうになりながらも、私はオスカー様の言う通りに寝台に横たわると、布団をかける。
「……」
「……」
仰向けで並んで横たわる私たちの間には、長い沈黙が訪れる。
その沈黙があまりにも気まずくて、私はついオスカー様に背を向けて横を向いてしまった。
速度を落とすことのない鼓動がうるさすぎて落ち着かない。
するとそのときであった。
「っ……オスカー様っ……」
背後からオスカー様の力強い腕が私を抱き締める。
密着した体からは熱が伝わり、彼の鼓動もまたかなりの速さで拍を刻んでいることがわかる。
「セレーナ……」
耳元に吐息と共にかかるその声はいつになく掠れ、熱を帯びて蕩けるように甘く聞こえる。
「セレーナ、こちらを向いてくれないか」
「恥ずかしくて……どうにかなってしまいそうなのです」
「それは私も同じだ。だがせっかく一緒にいるというのに……君の顔が見たい」
私は体の向きを直しておずおずとオスカー様の方を見る。
すると彼の熱すぎるほどの欲を帯びた視線とぶつかり合った。
「セレーナ……」
私は彼の顔が近づいてきたことに気づき、咄嗟に目を閉じる。
すると先ほど感じたものと同じ感覚が唇に訪れた。
温かく柔らかいそれはオスカー様の唇なのだが、なんとも心地よくて気分が落ち着く。
「……今日はこれ以上はするつもりはない。体目当てだと君に思われたくはないから……」
ぎこちなく体を離したオスカー様はそう言って顔を逸らした。
耳まで真っ赤になったその姿に、この歳まで経験がないという以前の言葉は本当であったのだと実感する。
それと同時にそんな彼のことが可愛く思えてきた。
「オスカー様、そちらを向かれては寂しいですわ」
「なっ……!?」
私は彼の両頬に手を添えて、自らの方へとそっと向かせる。
唐突な出来事に目を白黒とさせて唖然としているオスカー様。
思わずふふっと笑ってしまいそうになった。
「……あまり私を煽らないでくれ」
「煽ってなどおりません」
「それ、その発言! その姿……全てが私を誘ってくるんだ……」
「何を我慢しているのですか?」
「……何、とは?」
「だって私たちは夫婦ではありませんか。今更閨を我慢する必要などありません」
これは私の本心であった。
オスカー様と心を通わせることができた今、名実共に夫婦になりたい。
このようなことを考えるのははしたないことなのだろうか?
「……君は本当に……」
「え?」
「勇ましいというかなんというか……」
「勇ましい?」
「いやっ! ……なんでもない。危うくまた失言をするところであった……」
するとオスカー様は佇まいを直して私の方を向いた。
その顔は真っ赤だが、至って真剣な表情をしている。
「……前にも言ったが、私は女性の経験がない。君がやめて欲しいと言っても、途中でやめられるかわからない。君に無体をはたらいてしまったらと思うと……」
「大丈夫ですわ」
「だがしかし……」
「私だって成人の暁に閨教育は受けております。何をするかくらい、わかっているつもりですわ」
「……本当に君は……」
私の言葉に覚悟を決めたらしいオスカー様は、そのままゆっくりと私に口付けた。
こうして私たちは、ようやく名実共に夫婦となったのである。
◇
その翌日。宣言どおりオスカー様は私を小さな教会へと連れて行ってくれて、二人だけで結婚式をやり直した。
なぜか誓いの言葉でオスカー様が泣き始めた時にはぎょっとしたのだが。
「なぜあなたが泣くのです。普通こういうところで泣くのは女性の方でしょう!?」
「仕方ないだろう! 感極まってしまったのだから」
「大体、あなたは泣きすぎですわ。じきにトーランド公爵様となられるのに……」
「それはそれ、これはこれだ。執務をこなしている時の私を見たことがあるだろう?」
「それはまあ……」
確かに執務をおこなっているときのオスカー様は別人のようにきりっとした凛々しいお顔だ。
それなのに私といる時の彼はまるで小動物のようになり、次期公爵としての威厳はどこへ行ったのやらと心配になってしまう。
「そういえば先程王太子殿下の使いの方が来ておりましたけれども」
「ああ、私が全くと言っていいほど顔を見せなくなったので困っているんだろう」
「……行かれなくてよろしいのですか?」
「そのうち行く。今は君との時間を大切にしたい」
「そういえば、エリーゼ様がお二人目のお子様をご懐妊だそうですね。お祝いをお伝えしなければ」
「そうだな、今度二人で一緒に行こう」
頻繁に王城で公務の手伝いをしているというお話も本当であったらしく、なんでもオスカー様はかなりの手腕なのだとか。
王太子殿下が即位されたのちは、宰相の座を……と打診を受けているそうなのだが、断っているらしい。
『忙しくなるとセレーナと会えなくなるから』
本当にこんな理由を王太子殿下に伝えたのならば、次の舞踏会で会わせる顔がないのだが……
「ああ、それから。サマンを覚えているか?」
すると突然思い出したかのようにオスカー様が口を開いた。
「もちろん覚えておりますわ。騎士団長様ですもの。あなたのご友人でもありますし」
「実はサマンが見合いをしたらしい」
「まあっサマン様がお見合いを!?」
最後に話した例の舞踏会のときには、まだ特定の相手はいないと話していたサマン様。
彼ほどの見目と地位が有れば引く手数多だろうに。
「サマン様ならばお相手の令嬢もぞっこんなのでは?」
「いや、それがだな……見合いの場でひたすら剣について熱弁を振るったようで、令嬢の方から愛想を尽かされて断りの連絡がきたらしい」
「ああ……それはなんというか……」
思わず言葉を失った私は、眉間に手を当てた。
サマン様からもオスカー様と同じ匂いがするのは気のせいだろうか。
——これは前途多難かもしれないわね。
「サマンにも、私のように運命の出会いを経験してほしいものだ」
「……う、運命の出会いですって? 誰と誰がですか?」
「私と君だが? 何か間違っているか?」
にっこりと天使のような微笑みをたたえながら私の方を見るオスカー様の眩しさに、私はつい目を背けてしまいそうになる。
「……まあ、そういうことにしておきましょう」
◇
私たちが二度目の初夜を終えてから一カ月ほどたった頃、夫婦の寝室で寛いでいた私の元へオスカー様がやってきた。
「半年後には、父から公爵の座を譲り受けることになりそうだ」
「思ったよりも早かったのですね」
「ああ、その方がいい」
先日お義父様とオスカー様の間で今後についての話し合いが行われた。
その結果お義父様は引退されて、近々オスカー様がトーランド公爵の座に就くことで話がまとまったらしい。
「これは私の希望なのだ。公爵令息の肩書きよりも、公爵の方が円滑に社交を進めることができる。それに、私の一存で物事を采配することも可能になるからな」
結果的にオスカー様の負担が減るというわけだ。
「もちろん今後も積極的に人の手を借りていくつもりでもある」
「お義父様はなんと?」
「ただひたすらに謝罪と、私の負担を軽くするための案を提示していた。その案については断ったがな」
その案とは以前手紙にも書かれていた通り、お義父様が定期的にオスカー様の元を訪問して執務を手伝うというものである。
「お義父様は、オスカー様と距離を縮めたかったのではありませんか?」
「そうかもしれないが、今までこの距離感でやってきたのだ。今更これ以上近づけようとは思わない……というよりも、どう接していいのかわからないのだ」
「オスカー様……」
やはり幼い頃からの親子の溝は、決して埋まることのないほどに深くなってしまっているのかもしれない。
オスカー様のお気持ちを考えればそれは致し方のないこと。
悪い方達では無いのかもしれないが、オスカー様のお気持ちがついていけない以上義両親たちとの付き合いは今のところ必要最低限のものになりそうだ。
「私にはセレーナがいる。今は君が私にとって最愛の人だ。君がいてくれればそれでいい。不思議なもので、あれほど愛されたいと思っていた母に対しても今では何も感じないのだ。ただ父母が穏やかに過ごすことができていれば、私はそれで満足だ」
「……無理はなさらないでくださいね」
「君は私だけを見てくれる。そのことがどれほど心に安寧をもたらしてくれているか……」
オスカー様はそう言うと、ソファに腰掛け紅茶を飲みながら話を聞いていた私のそばまで歩みを進める。
そしてまるで体が重なるのではというほどに密着して隣に腰掛けた。
「……あの、狭いですわ。もう少しあちらへ行ってくださいませ」
「君はいつまでもつれない態度だ……私はこんなに愛しているのに」
「オスカー様の愛情表現が重すぎるのです」
「確かに以前、君が私を愛していなくてもいいとは言った。もちろんそれで構わない。君が隣にいてくれるのなら……だが、私は心配なのだ」
「何がですか?」
「君を別の男に奪われてしまったらと……」
名実共に夫婦となってオスカー様と寝食を共にするようになってからというもの、気づいたことがある。
彼の愛はかなり重い。重すぎるのだ。
同じ部屋で過ごす時は常に隣に座り、私の髪を撫で続けながら永遠に愛の言葉を囁いている。
あれほど文句を言っていた黒髪は今ではすっかりお気に入りのようで、私が髪を纏める日は全くと言っていいほど無くなった。
「あの日の私を殴ってやりたい。君の髪はこんなに美しいというのに」
そう言いながら髪に口付けるオスカー様を、私はいつも呆れ顔であしらう。
これが毎日繰り返されるのだから、困ったものだ。
お読みいただきありがとうございます。




