第1?
暗闇を裂くようにして、一人の男が石の階段をよろめきながら登っていた。
――また……
――みんなの……ところへ……
背には剣。腹には深い裂傷。押さえた手の下からは温かな血が絶えず流れ、手を離せば臓腑が零れ落ちそうであった。
「今度こそ…………」
かすれた声でつぶやきながら、男はついに最上段へとたどり着く。
視界が開けた瞬間、そこには常識の枠をはみ出した奇妙な光景が広がった。
床は淡く発光する白い大理石のような巨大な円。
周囲には壁も天井もなく、ただ荘厳な闇――宇宙の深淵にも似た空間が広がり、現実と幻想の境界が曖昧に溶けていた。
その中心から光の点滅と共に、ガン、ガン、と硬質な衝撃音が響いた。
男が目を向けると、一人の女が金色に輝く石を光る鎚で叩いていた。胸元の開いた白い衣装、脚に巻かれた帯状の履物。長い桃色の髪の上には、光を帯びた金の冠が載っている。
美しい外見とは裏腹に、彼女の身体はひどく傷ついていた。腹部には深い傷が刻まれ、そこからは血と臓腑が止めどなく流れ落ちている。
だが――それでも彼女は、痛みを気にも留めないかのように、ただひたすら 黄金の石を叩き続けている。
彼女は石を叩きつつ、独り言のように呟いていた。
「……これは……私の“生”なのに……」
「……私の玩物が……言うことを聞かないのです……」
「……お母様……お父様……どうして私を置いて行ったのです……」
「……誰か……私を……寂しいのです……」
「……私と……暮らして……」
弱く石を叩く腕は震え、涙が頬を静かに伝い落ちていた。
その姿を見た瞬間、男の胸に押し込めていた怒りが爆ぜた。
彼の視線は、まるでそこに“人”がいることすら否定するように冷たかった。激しい憤怒と悲しみのこもった目つきで、彼は彼女へ歩み寄る。
彼は血で滑る手で剣を抜き、言葉もなく構えると、
彼女が手を止め、ゆっくりと振り返る。
「あぁ……あなたも……私を愛してくれないのですか……?」
女の訴えを断ち切るように、男は渾身の力で剣を振り下ろした。
刃は迷いなく彼女を殺め、女はその場に崩れ落ちる。
殺した。
男は、どこか悲しげな表情で彼女を見つめていた。
次の瞬間、女の身体は黒い泥のように溶け始め、大理石の床に吸い込まれるようにして消え失せた。
同時に空間全体が眩い光に包まれ、男の意識は弾け飛ぶ。
――――――――――――――――――――――――。
気が付くと、彼は果ての見えぬ平原に立っていた。
地面は砂とも水ともつかぬ質感で、星屑めいた金粉が散りばめられている。
空は深い藍色に揺らめく星雲のごとく、無数の星々が流れ、漂い、輝いていた。
黄金の残光と宇宙の闇が混ざり合い、そこは現実とも夢ともつかぬ異世界であった。
ただ、どこまでも続く、果てしない虚無。
その静寂を破るように、声が響く。
「あーあ。今回はやらかしまくっちゃったね。
もう取り返しがつかないってわかってたはずなのに。
さ、恒例のお時間だよ」
少し間を置き、男は空虚な空間に向かって叫ぶ。
「……私は……俺は……!」
男の身体は周囲の世界とともに細い光へとほどけるようにして消えてしまった。




