第3話 月下の誓い 〜この命尽きるまで、ただそなたの隣に〜(完結)
その夜。
村の集会所で行われたささやかな祝勝の宴を抜け出し、妾は静かな縁側に腰を下ろしていた。
見上げれば、澄み切った夜空に浮かぶ満月。
遠くからは、水路を流れる心地よいせせらぎの音と、秋の虫の声が重なり合って響いてくる。
「――沙羅さん」
背後からかけられた優しい声に、妾の背筋がピンと伸びた。
振り返ると、泥を洗い流し、着替えを済ませた宗介が、縁側の端に立っていた。
「宗介……。宴はよいのか?」
「ええ、作造さんたちに勧められてたらふく飲まされそうになったので、ちょっと逃げてきました」
宗介は苦笑いしながら、妾の隣に腰を下ろした。
触れ合いそうなほど近い距離。
夜風に乗って、彼の清潔な温もりが伝わってくるだけで、また胸の奥がチクチクと熱くなる。
「……宗介。そなたに、妾の真実を話さねばならぬ」
妾は意を決し、自らの素性を明かした。
東条幕府老中筆頭、西園寺正信の娘であること。
海の向こうの大国・ルーディス合衆国の脅威に怯えるこの国を、飾り人形ではなく、己の太刀で守りたくてお忍びで旅をしてきたこと。
「……身分を偽って、すまなんだ。怪しげな男装の剣士など、気味が悪かったであろう。……妾は所詮、無力な小娘に過ぎぬ」
自嘲気味に俯いた妾の手を――ふいに、温かく柔らかな熱が包み込んだ。
「え……?」
驚いて顔を上げると、宗介が両手で、妾の手をそっと包み込んでいた。
その手は、昼間に竹を担いでできた豆と、擦り傷だらけだった。
宗介は妾の目をまっすぐに見つめ、静かに、しかし熱い決意を込めて言った。
「沙羅さん。俺には武術も、政治の権力もありません。でも、このスマートフォンの中にある何千万人分もの科学の知恵と、俺自身の工学知識があります。そしてこの国には、作造さんのような素晴らしい職人たちがいる」
宗介の温かい指先が、妾の手をぎゅっと握りしめる。
「俺を、あなたの力にさせてくれませんか。この国を、民が豊かに笑って暮らせる、新しい時代へと導く手伝いをさせてほしいんです」
「…………っ」
大粒の涙が、妾の瞳から溢れ出し、頬を伝って零れ落ちた。
女であるというだけで見下され、誰も信じられず、ただ一人で重い責任を背負い込もうとしていた妾の前に。
この男は現れてくれたのだ。
妾の剣を認め、妾の孤独を包み込み、共に歩もうと手を差し伸べてくれた。
(ああ……神仏よ。妾は……この男に出逢うために、生きてきたのじゃ……)
胸の奥を満たしたのは、言葉にできぬほどの深い歓喜と、甘やかな痛み。
生まれて初めて知る、恋という名の熱情だった。
「……嬉しいぞ、宗介。そなたが来てくれて……妾は、生まれて初めて、暗闇の中に眩しい光を見たような気がするのじゃ」
月光の下で、二人は手を重ね合い、固く微笑み合った。
相模の干からびたあぜ道で出逢った、名もなき異邦人の青年。
この男と共に歩む道が、やがて大都会・江都を揺るがし、黒船の脅威を打ち破り、世界中を驚嘆させる『奇跡の大改革』へと繋がっていくことを――この時の沙羅は、まだ淡い予感としてしか知らなかった。
ただ――。
冷え切っていた己の胸の奥に、決して消えることのない温かな光が灯ったことだけを、静かに噛み締めていた。
(おわり)
【作者より・本編のご案内】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
飛鳥創(So Asuka)と申します。
本作は、新連載『江戸もどき異世界にスマホと召喚された俺、AIと一緒に未開国を大改革する 〜黒船で脅せば屈すると思った? 残念、すでに文明開化してます〜』の公式プロローグ・スピンオフ短編(全3話)です。
本編では、宗介と沙羅の二人が大都会・江都へ進出し、
・百万人都市を襲う疫病の制圧
・高炉製鉄とからくり蒸気機関の開発
・純国産蒸気船『開花丸』による黒船艦隊の完全撃退
・世界一周と万国博覧会での最高金賞受賞
など、痛快な文明開化の軌跡と、深まりゆく二人の恋物語を大ボリュームで連載しております!
宗介と沙羅のその後の大活躍を、ぜひ本編でお楽しみください!
▼ 本編はこちらからお読みいただけます!
作者名【飛鳥創】のプロフィール、または以下の作品名で検索していただくと、すぐにお読みいただけます!
『江戸もどき異世界にスマホと召喚された俺、AIと一緒に未開国を大改革する』




