第一話
2021年3月12に公開された、悪魔の海賊出版の短編小説「サイレン」のちに「この平穏な日常にサイレンが鳴っていると君は言う」に改題。
諸般の事情 (イーロン・マスクのせい)により公開を停止していましたが、2026年夏という季節にこの物語は再び世に出るべきと私は考え、再公開といたします。この物語を書いてからはや五年。ふりがなの追加等、若干の修正を行いましたが、ラストを含めて本筋は一切変更していません。
悪魔が書きとめたとあるサイレンの物語。今や死の予感すら漂う狂った夏のひとときに、お読みいただけたらと思います。
第一話
「遠くでサイレンが鳴っている」
日曜日の真夜中、マキはベッドで横になったまま、窓の外をみつめて言った。
マキとならんで寝ているアキは、その言葉に耳をすませる。でもアキにはサイレンの音なんか聞こえなかった。
「何も聞こえない」
マキは
「とても小さな音だから」
そう言って眠ってしまった。
翌日にはそんな夜のできごとは2人とも忘れていて、慌ただしい日常がいつものようにやってきて、マキとアキはそろって働き、日々は過ぎていった。
目の回るように忙しい6日間が過ぎ、やってきた日曜日の夜に、マキはまた窓の外をみつめて言った。
「遠くでサイレンが鳴っている」
アキは耳をすませる。でも、やはりアキにはサイレンの音は聞こえなかった。
日曜日は去り、月曜日がやってきて、また慌ただしい一週間がはじまり、マキは職場にむかう。
マキは保育士として働いている。マキはサクラ組の先生だった。サクラ組にはちょっと繊細な子がいる。だからマキの仕事は、他の先生より手がかかることが何度かあった。
その繊細な子、サキの様子がちょっといつも違うことを、マキは最近気づきはじめていた。
サキはなぜか時折、耳をいじるようになっていた。
「どうして耳をさわるの?」
マキはサキに聞いた。
「マキ先生、どこか遠くで、ずっと音が鳴ってるの」
サキの言葉に、マキは日曜の夜に聞いた遠いサイレンの音を思い出した。
「それは、もしかして、サイレンのような音じゃない?」
マキは思わずそう口にしていた。
「サイレン?」
サキはサイレンのことを知らないようで、きょとんとした顔をしている。
「ウーーーゥーーー、ウーーーーゥーーーー、こんな音」
マキは昨夜、遠くで鳴っていた小さいサイレンの音を口で真似た。
サキはぱっと顔を輝かせて言う。
「そう! そんな音!」
マキはその答えに、反射的に耳をすませた。しかし、昨夜窓の外に鳴っていた、あの遠いかすかなサイレンの音は聞こえなかった。




