足取り
「なんでだ!なんでいない!!」
郷原が叫ぶ。森田が冷静に答える。
「最初からここじゃなかった…?いや、光本くんの話だとここのブロックなのは間違いないって言ってた。実際に敵もいたし、無関係なはずはない。なにかあったか…もしくはもうすでに…」
武尊は森田の声を聞き、その場に崩れる。
「俺は…なにも…やっぱりなにもできなかった…?みんなを危険にさらしただけで、結局誰も救えずに…なんなんだ俺は…」
武尊の中に悔しさや自身に対する怒りが入り交じった、あらゆる感情が込み上げてくる。武尊の膝元に雫が落ちる。
「武尊くん…」
森田は武尊を見て漏らしたが、その先は出てこなかった。
「前澤さん、どうすればいい!?」
郷原が部屋の中央の柱の前でしゃがみ込んだ前澤に声をかける。
「ちょっと待て、静かにしてろ」
前澤は郷原に視線を向けずに床や柱を手でなぞる。床を触りながら前澤が言う。
「他と比べてこの部分だけ温度が高い、ここに座らされてたみたいだな」
「え…?」
「能力的に温度には敏感なんだよ。俺らが到着する20分前ってとこか、ちっ…少し遅かったか」
舌打ちをして、辺りをぐるりと見回す。
「…?」
前澤は正面の柱、座らされていたであろう背中の少し下、腰の位置あたりに不自然にかかった砂埃を払う。
【∧W ・┐⊃ ・∀S ・+9】
石の柱には白く引っ掻いたような小さな傷が付けられていた。
「これは…」
前澤が言うと久瀬、森田、郷原が近付く。
「なんですかこれ…」
「明らかに作為的だな、他にもカモフラージュみてえに傷が付いてるし、埃もかかってところを見ると、なんかのメッセージだ…!」
その声に反応し、武尊が振り返る。
「メッセージ…?」
「権藤さんのことだ、なんもしねえわけがねえ。多分ここに座らされてたのは権藤さんだな、そして、これはここに来た人間になにかを伝えようとしている」
「なにかってなにを…?」
久瀬が言う。前澤が返す。
「少なくとも俺らが知りたいことだろうな、安否、ここにいないことの理由、今いる場所」
「場所が書いてある!?」
武尊は顔を拭い立ち上がって前澤のもとへ駆けてくる。
「んな事書けるわけねえだろ、あくまで多分ヒントだ」
「ヒント…」
森田がジッと見る。
「なんか分かったかメガネ」
「文字に規則性がない。辛うじて読める文字を抜き出すとW、S、+9。他は記号にしか見えませんね…」
「時間がねえ…!早くしろメガネ!」
「メガネが全員頭いいと思わないでください…!」
「俺の出る幕はなさそうだな!!」
郷原は立ち上がり、部屋中をウロウロと歩き回る。
「まあ、あいつには無理か、坊ちゃん、お前は」
前澤はその傷から久瀬に目を向ける。
「全く。」
「お前はキレるやつだと思ったんだけどな」
「くっそ…なんかヒントになってるはずなのに…!」
焦る武尊に前澤が声をかける。
「焦るな息吹。こういう時こそ冷静になれ。判断が鈍る」
パァン!!
「!?」
突然の大きな音に四人が振り向く。郷原が手を叩いていた。
「すまん!虫だ!虫が飛んでる!」
「危機感がねえな…」
前澤が呆れたように言う。そんなことも気にせずに柱を見つめる四人の後ろで郷原が虫を追い回す。
「郷原!静かにしてくれ!!」
武尊が振り向くと、郷原はそこにあった机に乗っていた。
「もう終わる!!必殺…サンドイッチ!!!」
パァン!!!
郷原は打った手を開いて見る。
「よし!終わった!こんなのが飛んでると集中できんからな!!よかっ…!!!」
その時、郷原は机から足を踏み外した。
「おま…!」
武尊はこちらに倒れてくる郷原を避けるように移動する。
ドォン…!
郷原は仰向けに倒れる。
「お前遊んでんなら帰すぞ」
前澤が郷原を睨む。
「す、すまない…」
郷原が立ち上がろうとした時、柱の傷が目に入る。
「それにしても英語は難しいな!WLSの校章を見た時も思ったが、『逆さ』にしても読めてしまいそうだから見分けがつかない!」
「…!」
森田がなにかに気付いたように柱に背中をつけて座った。
「おい、見えねえぞメガネ」
「いえ、見てください、ここ」
背中を柱に付けたまま、森田は傷の場所を指さす。
「だから、それが見えねえっつってんだ」
「ここに座って、こう…書いたとしたら」
「…!後ろ手ですか」
久瀬が言う。
「うん。後ろ手に縛られてもし字を書くとするなら…文字は必然と『上下が反転』した状態になる。だからこれは…」
【6+・SA・CL・MV】
「こう読み取れる。規則性がなかったんじゃなくて、読む向きが違った…英語と数字であるが故に、逆さになっても読めてしまうことで逆に難しくしてしまってたんだ」
「こういうミラクルがあるのか脳筋」
前澤は郷原を見るが、郷原はなにかもわかっていなさそうに前澤を真っ直ぐ見ている。
「でも、読む向きが分かったとして…」
『少なくとも俺らが知りたいことだろうな、安否、ここにいないことの理由、今いる場所』
先程の前澤の言葉が森田の頭をよぎる。
「知りたかったこと…安否、SA…」
森田が傷に顔を近づける。
「……SAFE」
「メガネ、どうした」
そう言った前澤に対して森田が返す。
「6+は一旦置いておくとして、希望的観測も込みにはなるけど、二人とも無事かもしれません。」
「え!?」
武尊の顔があがる。
「SAがSAFEだとして、同じような要領で読み解くと…おそらくSAFE、CLがCLOSEとMVがMOVEなら近場への移動かもしれない」
「なるほどな…そうなってくると6+…あと必要な情報とするなら…敵の数か。6人以上の敵がいて、二人は無事だがここから近い場所に移動させられたってことだ」
前澤が続ける。
「さすが権藤さんだな、必要な情報をこれだけ簡潔に敵に気取られずに残していってる。まだ枯れちゃいねえな」
その場にいる全員が、一縷の希望が残っていることを感じた。武尊はその中で心の炎が再び燃えだしたことを感じていた。
「てことは…まだ助けられるってことっすよね…!」
武尊は立ち上がり前澤を見る。
「そうだが、時間がないことに変わりはない。アテにしてた場所の見当もふりだしだ。どのみち俺らが後手に回ってる。ともかく、ここに用はもうない、出るぞ」
「ここからしらみ潰しってわけにもいかねえな…どうするか…」
建物から出て、歩きながら前澤はタバコに火をつける。森田が返す。
「近くとはいえ…見当もつかないですよね」
「オラァ!!テメェら!!!」
建物の入口付近に拘束された宍戸が横たわり叫んでいた。
「殺してねえのか」
前澤は久瀬を見る。
「面倒な縛りがあるんですよ、生まれた時から」
「名家ってのも大変なんだな」
「おいコラ!ほどけ!殺す!!」
宍戸に五人が近付くと、更に宍戸の熱が高まる。
「ほどくと思うか?ここは通報しておく。大人しく捕まっとけ」
前澤は言うと同時に宍戸を通り過ぎようとした。
「残念だったな、空振りでよ!どこにいるかも分かってねえんだろお前ら…!俺なら知ってるぜ…?」
武尊は血相を変えて宍戸の首を掴んだ。
「言え…!」
「あぁ?タダで言うかよ…ゴホッ…言って欲しけりゃ…条件…ゴホッ…」
「息吹」
前澤に肩を掴まれて武尊は我に返る。自分自身でも制御が効かないほどに力を加えていた右手に、武尊は驚き、後ろへ引いた。
「テメェ…ハァ…絶対ェ殺す…!」
「うるせえ黙れ、殺させやしねえよ、条件てなんだ、言え」
前澤が武尊と宍戸の間に割って入る。
「俺も連れてけ…!そしたら教えてやる…!」
「論外だな」
前澤は踵を返し宍戸に背を向けた。
「呑気だな…!全てが終わったあとにあの女とジジイがどうされるかなんて分かっちゃいねえくせによ…!」
「前澤さん…背に腹はかえられないんじゃ?彼がまた暴れるようなら僕が制圧します、今は藁にもすがりたい」
久瀬が言う。前澤は再度宍戸を向き直す。
「拘束は解かねえ、担いでく。それ以上の譲歩はしない。余計なことしようとしたらその場で殺す。俺は坊ちゃんと違って優しくねえ。お前の命はあくまで利用価値として担保されてるものと思え」
「良いぜ…神田さんと合流さえ出来りゃな…!あの人の前ではお前ら全員、虫ケラ以下だ」
「郷原、こいつ担げ、案内しろ」




