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はじまり、はじまり

はじめまして。WONDERZを読んでいただきありがとうございます。異能と管理社会をテーマにした物語です。

雨上がりの商店街を、息吹武尊(いぶきたける)はぶらぶらと歩いていた。

その隣では幼なじみの宮國真樹(みやくにまき)が何度も武尊の横顔を盗み見ている。

「さっきからなんだよ」

「別に」

そう言いながらも真樹の表情は晴れない。

1ヶ月前に武尊の父は事故で死んだ。

「ねえ」

「ん?」

「大丈夫?」

「何が」

「おじさんのこと」

武尊は少しだけ空を見上げた。雲の切れ間から差し込む陽射しが眩しい。

「大丈夫だよ」

「嘘」

「なんでだよ」

「武尊、平気じゃない時も平気な顔するじゃん」

「してねえよ」

そう言った瞬間だった。


「ひったくりだー!!」


商店街の奥から怒号が響く。二人が顔を向けると、腕の長い男がカバンを抱えて全力で走っていた。その後ろで女性が涙目で叫んでいる。

「うーわぁ…逃げてるのワンダーじゃない?気の毒ぅ…」

「うーわぁ…じゃないよ!」

真樹が武尊の背中を叩く。

「行って!」

「いや…無理、怖いし、遠いだろ」

「いいから行け!」

「なんで俺が…」

武尊は走り出した。犯人との距離は遠い。追いつくには微妙な距離だった。角を曲がると距離が離れていく。武尊は舌打ちしながら周囲を見回す。そして足元に転がっていた空き缶を拾い上げた。

「悪いな」

缶へ向かって呟く。瞬間、武尊の能力が発動した。

生命判断ライフエントランス…!」

空き缶がぶるりと震える。まるで目を覚ましたかのように。

「いってらっっしゃい!!!」

武尊は思い切り腕を振り抜いた。空中を飛んだ缶は犯人の頭に力なくコツンと当たる。犯人が止まった。

「なんだお前は?」

犯人がこちらをジロリと睨みつける。

「ダメか…やっべぇ~…」

「邪魔すんじゃねェ!」

犯人の腕がみるみると伸びていく。

「どうする、なんかないか、なんか」

武尊は自販機の横のゴミ箱からペットボトルを取り出した。

「頼む頼む頼む…!生命判断(ライフエントランス)!!いってくれ!!!!」

武尊はペットボトルを投げた。先程とはうって変わって、ペットボトルはロケットのように武尊も予想していなかったほど急加速した。

「やべっ!」

「は?」

ゴッッッ!!鈍い音が響いた。ペットボトルが男の顔に直撃した。男の身体は宙を舞い、そのまま商店街の看板へ激突する。

カバンが地面に転がった。静寂。数秒後、口々に声が上がる。「すげぇ!」「今の見たか!?」「ワンダーか?!」

武尊は嫌な予感がした。非常に嫌な予感だった。遠くの交差点の向こうから見慣れた制服がこちらへ駆けてくる。

遠くから武尊が走って戻ってきた。

「おかえり!どうだった?」

「逃げるぞ」

「は?」

武尊は全力で真樹の前を駆け抜けた。

「ちょっと待って!?」

真樹も慌てて追いかける。

「なんで逃げるの!?」

「無免だからだよ!」

「能力使ったの!?」

「だから遠いっつったろ!!」

「人助けだから許して貰えない!?」

「無免許で車運転しても人助けなら許されるのか!?」

「そっか、ダメか!」

二人は商店街を駆け抜ける。その後ろでは見慣れた制服の職員たちが怒鳴っていた。胸元には『能力管理局』の文字。

「そこの少年!停止しなさい!」

武尊は振り返りもせず叫ぶ。

「だから巻き込まれたくないんだよ!!」


能力管理局の追跡をどうにか撒き切った頃には、二人とも息を切らしていた。

「だから言っただろ……能力だってまだ…」

「言われても……普通、人助けして逃げると思わないでしょ……」

宮國真樹は膝に手をつきながら抗議する。武尊は近くの自動販売機にもたれかかった。

「俺だって好きで逃げてるわけじゃねぇよ」

「逃げ慣れてる感じだったけど」

「気のせいだ」

しばらくして呼吸が落ち着く。武尊は何気なく顔を上げた。自動販売機の横に貼られた大きなポスターが目に入る。


『Wonderful Staffing Agency 職員募集』。


誰もが知る国内最大のワンダー関連企業。災害救助、警備、物流、研究支援への派遣など、ライセンスを持つワンダーたちの憧れの就職先でもある。

「いいなぁ」

武尊がぽつりと呟く。

「WSA?」

「金良さそう」

真樹は呆れたように笑う。

「夢とかないの?」

「飯食えりゃ十分」

武尊は財布を開いた。千円札と、小銭が少し。笑えない残高だった。父が亡くなって1ヶ月と少し。現実は思ったより早くやって来る。

「だったら受ければいいじゃん」

「無理じゃん」

「なんで」

「免許ねぇし」

真樹は肩をすくめる。

「じゃあワン校」

「だるい」

「まだそれ言ってるの?」

ワン校。正式名称プロワンダーライセンス教習校。ライセンス取得を目的とした訓練機関。誰もが知るプロワンダーになるための場所。

「勉強とかあるだろ」

「あると思う」

「訓練とかもあるだろ」

「あるね」

「だるい」

能力はある。ライセンスも欲しい。WSAにも興味はある。だが面倒。どうしても腰が上がらない。その時、ふと視線がポスターの下へ落ちる。広告スタンドの透明なカップに数枚のパンフレットが入っていた。


『プロワンダーライセンス教習校』。

その下に小さく書かれている。

『第37期訓練生応募受付中』

武尊は無言になる。真樹も何も言わない。風が吹いた。パンフレットの端が揺れる。もう一度ポスターを見る。WSAの職員たちが笑顔で写っている。考えても仕方ない。武尊は大きく息を吐くと、カップからパンフレットを一枚抜き取った。もう一度財布を見る。

「これ、明日だね」

「……しゃあねぇなぁ」

真樹が少しだけ笑う。

「行くの?」

「試しに」

その返事は決意というより、長年放置していた宿題をようやく片付ける時のような声だった。

「じゃあわたしも行く!」

「なんでだよ」

「いいじゃん、ダメ?」

「暇なの?」

「うっさい」

「痛ってぇ!!」


翌朝、仏壇の前。線香の煙がゆっくりと揺れる。

武尊はしばらく黙ったまま父の写真を見る。

「…金ねぇぞ、どうすんだよ」

写真の中の父は笑っている。少しだけ腹が立つ。

「勝手に死にやがって」

言ってから後悔した。別に父が悪いわけじゃない。分かっている。分かっているから余計に腹が立つ。武尊は小さく息を吐く。

「まあいいや、ちょっと待ってろよ、親父。ちゃんとするから。」

「おはよー!」

玄関先でドアが開くと同時に真樹の声が聞こえた。いつからかインターホンを押すとか、ノックするとか、そういうことはしなくなった。

「おはよー、おじさん」

馴れたように武尊の横に座り、仏壇に手を合わせる。

「寝れた?」

真樹が立ち上がりながら聞く。

「寝れるだろ別に」

「わたし寝れなかった」

「ああ、だからか」

「どういう意味?」

真樹は笑顔でこちらを見ているが目が笑っていない。

「行くか」

武尊は立ち上がり、居間のテーブルから昨日のチラシをギュッと握った。


「でけえ…」

当然だが場所も知っているし、ここの門の前を待ち合わせ場所にするほどの有名な場所だが、敷地の中に入る、まして建物の下まで来たのは初めてだった。WLSのエンブレムがイヤに大きく見える。

Wonder License School。誰もが知るワンダーが公的なライセンスを得るための公的機関。


「あ、そういえば」

真樹が口を開く。

「どうした?」

「昨日の件、ひったくりにあったおばあさんが管理局に頼み込んでくれたみたいで、昨日のことは不問にするって今朝ニュースやってたよ、見てないでしょ?どうせ。」

「まあ人助けだしな」

「それはそうなんだけど」

足を踏み出そうとした時、後ろから声が聞こえた。

「いってらっしゃいませ」

仰々しい車から仰々しい人達に囲まれて、男が降りてきた。端正な顔立ちに白い髪の毛、スラッとした出で立ちの美少年が降りてきた。

「いいよもう、帰ってくれ」

仰々しい人達にそう告げて、その美少年は、真っ直ぐに入口へ歩いてくる。

「こんにちは」

爽やかな挨拶までされた。いい匂いもする気がする。完璧だ。佇まいもなにもかも。完璧が服を着て歩いている。

「どうも…」

武尊は呆気にとられながらも挨拶を返した。隣で真樹も深めの会釈をしている。

「あんな人いるんだね…なんか…怖い?感じもしたし」

真樹が珍しいものを見たような感想を絞り出した。

「怖いか…?どっかのいいとこの坊ちゃんだろうな」

「言い方悪いよ武尊」

「どこかの良きお家のお方でしょうね」

「そういうことじゃない」

武尊は大きくため息を吐いた。

「帰りてえなあ…」

「もう遅いよ、行くよ」

真樹に腕を捕まれて、武尊は初めてWLSの中へと入っていったーー。

読んで頂きありがとうございました。

次回第2話、能力社会の管理体制が見えてきます。

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