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忘れられた15年

ギルド長室には、

重い沈黙が残っていた。


魔王。


黒い結晶。


十五年前の災害。


誰も、

簡単には言葉を出せない。


「……今日はここまでだ」


最初に口を開いたのは、

バルドだった。


「情報が少なすぎる」


「王都とも連携を取る。

結論を急ぐ段階じゃねぇ」


リゼリアも静かに頷く。


「こちらでも調査を進めます」


そして。


その視線が、

ナナシへ向いた。


ほんの一瞬だけ。


“灰剣”ではなく、

昔の弟子みたいな目だった。


「……師匠」


静かな声。


「積もる話もありますので」


「もしよろしければ、

今夜お時間いただけませんか」


ナナシは少し眉をひそめる。


「……別にいいけど」


「ありがとうございます」


小さく頭を下げる。


その姿を見て、

リナが目を丸くした。


「えっ……

灰剣のリゼリアさんが頭下げた……」


「相手が師匠ですので」


即答だった。


ガイルが苦笑する。


「本当に別人みてぇだな」


――――――――――


夜。


酒場の奥の席。


そこには既に、

ドレンの姿があった。


酒を飲みながら、

面倒臭そうにこちらを見る。


「遅ぇぞ」


「……ドレンさん」


リゼリアが軽く頭を下げる。


ナナシは少し驚いた。


「呼んでたのか」


「はい」


リゼリアは頷く。


「ドレンさんも、

師匠を知る人ですから」


全員が席につく。


しばらくは、

他愛ない話だった。


酒。


料理。


冒険者達の噂話。


だが。


ふと。


リゼリアがグラスを見つめながら呟く。


「……昔も、

こうして食事をしていました」


ナナシが顔を上げる。


「昔?」


「私が師匠と出会った頃です」


静かな声だった。


そして。


リゼリアは語り始めた。


――――――――――


燃えていた。


街が。


家が。


人が。


魔物達が暴れ回り、

悲鳴が響いていた。


私は逃げた。


必死に。


ただ生きるために。


だが。


両親は死んだ。


家も無くなった。


街も消えた。


生き残った人達は、

互いに身を寄せ合いながら震えていた。


その時だった。


魔物の群れが現れた。


誰も戦えない。


誰も逃げられない。


終わった。


そう思った。


だが。


次の瞬間。


魔物が吹き飛んだ。


轟音。


土煙。


そして。


黒い仮面の男が立っていた。


黒髪。


見たこともない強さ。


男は生存者達を見回す。


そして。


一言だけ言った。


「……生きてるか」


――――――――――


「それが師匠です」


リゼリアが静かに言う。


ナナシは黙った。


理解が追いつかない。


街を救った?


人を助けた?


弟子を取った?


違う。


俺は数日前まで日本にいた。


仕事をして。


飯を食って。


普通に生きていた。


なのに。


どうして皆、

それが当たり前みたいに話している。


「街の生存者は二十人ほどいました」


リゼリアが続ける。


「師匠は全員を守りました」


「避難先の街まで連れて行って」


「食料を集めて」


「戦える人には戦い方を教えました」


ドレンが酒を飲む。


「無茶苦茶だったな」


「毎日どっかで魔物ぶっ飛ばしてた」


ガイルが苦笑する。


「なんか想像できるな……」


「できるのかよ」


ナナシは思わず突っ込む。


小さな笑いが起きた。


リゼリアも少しだけ笑う。


「でも」


「最後まで師匠について行ったのは二人だけでした」


ナナシが顔を上げる。


「二人?」


リゼリアは少し笑った。


「私と」


リゼリアが少し懐かしそうに目を細める。


「クロです」


その瞬間だった。


「――は?」


ガイルが固まった。


「待て」


「今、

クロって言ったか?」


リナも目を丸くする。


「えっ……

まさかあのクロですか?」


セラの表情も僅かに変わる。


「金狼のクロ」


静かな声だった。


「現在のSランク冒険者」


ガイルが頭を抱える。


「おいおいおい……」


「王国最強の灰剣と」


「金狼のクロが」


「ナナシの弟子なのかよ」


ドレンが鼻を鳴らす。


「クロは昔から才能だけは飛び抜けてた」


「問題は性格だ」


「師匠以外には最悪です」


リゼリアが即答した。


リナも呆然としていた。


「そんな話、

聞いたことありません……」


リゼリアが小さく肩をすくめる。


「師匠が隠していましたから」


「私達も、

ほとんど話していません」


「なんですかそれ……」


「本当にそのままですよ」


リゼリアは肩をすくめた。


だが。


ナナシだけは笑えなかった。


(なんなんだよ)


胸の奥がざわつく。


異世界に来たのは、

つい最近のはずだ。


なのに。


知らないはずの名前が。


知らないはずの話が。


どこか懐かしく感じてしまう。


それが、

何より気味が悪かった。


「……師匠?」


リゼリアが心配そうに覗き込む。


ナナシは小さく首を振った。


「いや……」


そして。


テーブルの上の酒を見る。


琥珀色の液体が揺れていた。


自分は何者なのか。


地球から来た男なのか。


十五年前の英雄なのか。


それとも——


全く別の何かなのか。


答えはまだ見えない。


だが。


一つだけ分かることがあった。


十五年前の自分を知る人間が、

まだこの世界にいる。


そして。


その中には——


まだ会っていない弟子もいる。


「……クロ、か」


その名前だけが、

妙に胸へ残っていた。

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