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転生調理令嬢は諦めることを知らない  作者: eggy
番外編 後日譚

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 間もなく、司令官が丸腰で広間に降りてきた。

 建物内にいたすべての兵が集まり、広い一階が鮨詰め状態になる。

 それは、戦闘に慣れた両軍の兵たちにとっても、未だかつて経験したことのない奇妙な状況だった。百名ほどしかいない少数軍の面前に、まだ傷を負ったわけでもない千を超える軍勢がなすすべなく降伏しているのだ。

 リュシドール子爵領軍全員は、建物に入らず入り口前に立ちはだかっている。一方のミニョレー伯爵領軍はすべて石造り建築の中にいて、逃げ出す動きを禁じられている。建物を破壊されたら、一瞬で全軍死滅は免れない。

 ぎゅうぎゅう詰めにされながら私語を封じられ怯えきった軍勢に、エテュアン小隊長が呼びかけた。


「司令官と副官、あとこの地を統治するための文官の長がいるはずだ。三名、前に出よ」

「…………」


 歯噛みをする表情ながら、司令官が歩み出てきた。他に二人の男が続く。

 三人を戸口の外まで出して、縄をかけた。

 作業の終了を確かめて、エテュアンは中を見回した。先ほどまで戦闘の指揮を執っていた中隊長と目が合う。


「この三方さんかたは捕虜として留め置き、伯爵領と交渉を行う。バシュラール中隊長であったな。其処許そこもとは直ちに全軍を連れて、我が領を出よ。このままギャルヴァンまで撤退し、そこに駐留する兵も連れて伯爵領に戻るまで、我が軍で見届けさせてもらう」

「な――我々残る兵は、無傷で解放すると言われるか」

「これ以上死傷者を増やす必要もない。また、捕虜の人数を増やしても面倒で食費などがかさむばかりだ」

「な――んと……」


 前にも検討したように、二つの領が争って兵を減らすことを他領や王室は望まない。今後の魔獣対策の面で、支障が出かねない。

 そうしたことを鑑みても、今回の作戦は無駄な死傷者を増やさないという観点から採用されたものなのだ。


「兵士たちは武器や防具などの一切を置いていけ。十人につき一振りの剣と、全員で一食分の食料と水の携行を許可する」


 この地からギャルヴァンを抜けて伯爵領に入るまで、兵士たちの足ならば一回程度の休憩で不眠で歩けば丸一日かからない。ただし道中は魔獣の出没が危ぶまれるので、最低限の武器所有は許可することにする。

 こちら子爵領軍はこのまま、この千人を超える軍勢を数十ガター後方から追い立てる形で、領境まで行軍する予定にしている。もちろん、ギャルヴァンの奪還も大きな目的だ。

 そうした指示で、全員を砦から出さないように見張りながら取り急ぎ出立の準備をさせた。

 間もなく、南方からルドワイヤン伯爵領軍の後続が到着した。モクレール子爵領、ミュラトール子爵領の友軍を加えた五百名程度に、その後連絡をつけて戻らせたリュシドール子爵家の家宰と文官を伴っている。

 この人員に負傷者の処理や捕虜の世話などの後始末、子爵家の統治再開準備などを任せ、オリアーヌとランベールを含めた百名の兵は予定通りギャルヴァンに向かう。

 小隊長には幼い二人をさらに行軍に加えるためらいはあったが、相手の大軍を大人しく追い立てるには絶対必要なのだ。数十ガター後方から監視を続ける限り、敵が妙な動きを見せればすぐにアヒイや炎で対処できる。

 また領都からギャルヴァンまでの行軍で領民たちに子爵後継者の存在を知らしめるのにも意味があるだろう、とルドワイヤン伯爵も許可を出していた。幼い二人は荷車に乗っての移動だし、そのまま仮眠をとることもできるのだから、肉体的疲労はかなり抑えられるだろう。


「それでは、出立せよ」


 まだ陽が落ちる前に、と兵士たちは北に向けて歩き出した。

 この後夜を徹して行軍し、朝方に短い休憩をとるという予定を打ち合わせている。

 結局この人数に対して魔獣の襲撃もなく、翌日の昼過ぎにはギャルヴァンに到着した。

 従来の子爵領軍駐留所を奪って町を管理していた三百名ほどの兵を集合させ、伯爵領に戻る指示を下す。


「伯爵領軍はすべて、当座のものだけを持ってこの地を立ち去れ」


 子爵領軍小隊長からの言い渡しはすぐに理解できないが、自軍中隊長の指示がそれに加わり、駐留していた兵たちは慌ただしく命に従うことになった。二千超の軍勢は、その日のうちに領境を越えた。

 それを見送った子爵領軍は西側地区に残っていた残兵を呼び寄せ、町の統治を再開する動きを進める。数日中には領都からさらに増員が到着して、この地の護りも安定する予定だ。

 ルドワイヤン伯爵領から長い行軍をしてきた兵たちはここを護っていた旧知の者と久闊を叙し、ようやく緊張を緩めた。

 一年近く抵抗と町防衛に努めてきた残兵たちは前領主の子息と息女を紹介されその働きを称賛されて、感激の涙を流す者までいる。

 兜を脱いで高い台に上げられ挨拶をしたオリアーヌは、近くの者に手を借りて下りながら万感の思いで兵たちを見回した。

 改めて弟を連れ、主だった者に声をかけて歩く。その途中、残兵の中のかなり髭を伸ばした士官の顔に目が留まった。


「あ、あなた、あのときの小隊長さんですね」

「え?」

「昨年の春、猿魔獣を征伐した後動けなくなっていたところを、助けてもらいました」

「え――え? あのときの娘さん?」

「私の命の恩人です、どうもありがとう。お陰で私は、弟を救い出すことができました」

「え――え?」


 そのとき同道してロイクとエルヴェと呼ばれていた兵も近くにいて、目を丸くしている。

 この一年間様々な人と出会って世話になったりもしたが、オリアーヌにとってこの三人の存在が最もありがたいものだったと実感している。とにかくあの場で救われなかったら、おそらくまちがいなく命を失っていたとしか思えない。

 兵たちに声をかけ終わって、その周りを取り巻く民衆に目を向ける。ささやかな儀式を見届け、町を取り戻した祝いをしよう、と動き出した人々の中に、ひときわ大きな姿を先刻から認めていた。

 その隣に立つ男女に、声をかける。


かしら、この町にいたんだね」

「ああ、領地奪還おめでとうございます、オリアーヌ様」

「おめでとうございます、お嬢様小母ちゃん」


 笑いながら、ジョスランとフラヴィの夫婦が歩み寄ってくる。大男のグウェナエルは変わらず言葉少なで続いてきた。

 聞くと三人は冬前からこの町で、子爵領兵と協力する魔狩人たちに交じっていたらしい。

 生まれ故郷や第二の故郷トゥーヴロンは伯爵領で、領のお尋ね者になっているので帰れない。しかし慣れている魔の森から出る魔獣狩りは続けたいので、最も近い辛うじてまだ他領であるギャルヴァンに身を寄せたということだ。


「ここで子爵領軍に協力しているのも、何かしらオリアーヌ様とランベール様の役に立つことになりそうだしな」

「ありがたいねえ。この町を護るのに協力してくれて」

「おう」


 笑いかけると、グウェナエルも童顔に浮かべた笑みを返した。

 今後この町が落ち着いたら、そのまま三人はここに居を構えて魔狩人の仕事を続けたいという。

 じゃあこれからも町の護りをよろしく、とオリアーヌとランベールは三人と手を振って別れた。


 このギャルヴァンの町は魔の森からも伯爵領からも領を護る最前線なのだから、その体制をしっかり固めなければならない。

 ここにも後続でルドワイヤン伯爵領から借りた軍の到着を待ち、さまざまな機構が作動するのを確かめ、数日後にオリアーヌたちを伴った少数軍は領都に引き返した。


「さあランベール、生まれ故郷の領都に帰ろう」

「はい、姉上」


 往きと同じく乗った荷車を兵に引かれて、姉弟は笑顔を見交わした。

 ようやく春本番を迎えた輝くほどの青空が、頭の上にずっと続いている。



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