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転生調理令嬢は諦めることを知らない  作者: eggy
第2章 ミニョレー伯爵領

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24

「あ……」

「部下に命令しなさい。あの子をここに連れてこいって」

「あ、あ……」

「早く!」


 一歩、アルムが足を踏み出した。

 それだけで伯爵は身を震わせ、顔を仰向けた。

 真上のバルコニーがあった場所、窓からやや年輩の男が心配そうに覗いている。

 ずっと、話は聞いていたようだ。


「つ、連れてこい!」

かしこまりました!」


 男はすぐに、窓から顔を引っ込めた。

 残された伯爵は、腰を抜かしてただ震えるばかり。

 その後ろに脚を押さえて蹲る小男は、「『調理』加護――何で――」とさっきからぶつぶつ呟いている。噂に聞く加護の学者で、気になって仕方ないということのようだ。

 アルムは伯爵から目を離さず、じっと不動で立ち続けている。

 その後ろに護衛然と立つグウェナエルに、ジョスランは小声で問いかけた。


「グウェナエルは、知っていたのか? あの切断っての」

「ああ」

「いつから」

「小母ちゃんと初めて森に一緒に行ったとき、教えてもらった」

「ああ、あのとき二人で後に残ったものねえ、もう少し練習するって」


 フラヴィが少し高い声を上げた。

 前から目を離さないまま、アルムが声を入れた。


「小僧だけには知っておいてもらわなきゃ困るからね」

「そうか、ほとんど一緒に闘うんだものな」

「いざというときは、大剣の動きに合わせて切断しなきゃならないのさ」

「なるほどな」


 言われて、ジョスランはさまざまなことが納得される思いになった。

 これまでいろいろな場面でアルムは、自分と小僧で何とかすると言っていたが、それは本当に自信があっての発言だったのだ。

 どんな魔獣に襲われても、最後の手段で切断ができる。まず絶対の確信が持てていたのだ。

 そもそも最初に、本当に必要なのは担いで運んでくれる人手だけ、と言っていたが、あれも掛け値なく本心だったろう。

 領都まで移動するに当たって、車の引き手だけを雇って森迂回の半月以上かかる行路を選択する手もあっただろうが、まったく話題にも載せなかった。それも森を抜けることができる自信があったから、迷いなく最速の方法をとったのだろう。

 フラヴィも同様なことを考えてか、しきりと頷いている。


「山猫も蜥蜴も、それでやったんだあ」

「そうさ」

「さっきの牢屋の格子も?」

「そうだよ」

「だよねえ。おかしいと思ったもの」


 そんな会話を交わすうち、本館の出入口に動きがあった。

 さっき三階の窓にいた男が、小さな子どもの手を引いて出てくる。服装からして、執事のようだ。

 白金色の髪の男の子は、上品な顔立ちをしている。

 こちらを見て、その口が「え、姉様」と動いた。

 しかしジョスランたちがそれを理解する前に、執事の手が妙な動きをしていた。

 背後から小刀しょうとうを掴み出し、抱き寄せた男の子の首に当てたのだ。


「閣下を解放しなさい。さもなければ、この子の首を斬る」

「小僧、ドン!」

「おう!」


 執事の声が終わらないうちに、アルムが叫んだ。

 即座に、グウェナエルが動く。前に立つアルムの背に片掌を当て、力強く押し飛ばしていた。

 アルムの小さな身体がよろけ、前に転がる。

 ごろり一回転するや横倒しになって、離れた執事を睨み。

 次の瞬間、執事の持つ小刀の刃がポロリと落ちていた。付け根から切断されたのだ。

 続いて、執事のズボンがずり落ちた。腰紐を切られたらしい。

 当人が狼狽する隙に、手を振り払って子どもが駆け出した。

 落ちかけたズボンに足を取られて、執事は追うこともできない。


「姉様!」

「ランベール、あのお姉さんの傍に行ってなさい!」

「はい!」


 アルムに駆け寄りかけた男の子は、素直にフラヴィの方へ向かった。

 それとすれ違って駆け出し、グウェナエルは一気に執事の前に立ってその顎を蹴り上げた。

 グア、と呻いて仰向けに倒れ、男はそのまま動かなくなった。

 すぐ振り向いて、大男はアルムに手を貸して立たせる。

 アルムはずっと、伯爵から目を離さない。


「済まない、強すぎたか」

「いやいいよ、あたしの脚じゃあんなに速く動けないからね」


 聞いて、ようやくジョスランは成り行きを理解した。

 最初の位置では、執事までアルムの切断が届かない。

 それでグウェナエルが突き飛ばすことで、一気に距離を縮めたわけだ。

 あの位置がおそらく、執事にも伯爵にも届く距離なのだろう。

 戦闘職でない執事は咄嗟の事態に合わせて動けず、なすすべなく小刀を切断されたということらしい。

 これもアルムとグウェナエルで、合図を決めていた連携なのか。


「さてそれじゃあ用事は済んだ。帰らせてもらおうかね。客への礼儀だ、伯爵閣下は領都の出口まで送っておくれよ」

「な、な――」

「勝手な動きをするんじゃないよ。あたしから距離をとろうとしたら、五体の無事を保証しないよ。貴族当主の殺害は大罪になるからできればやりたくないんだけどね、それでもあんたが構わないというなら手段は選ばないよ。あたしが知る限りじゃ、誘拐された貴族の跡取り奪還のために別の貴族を殺傷した場合、中央からお咎めなしになった例が過去にあったようだしね」

「う……」

「それでも足を挫いたのかね、歩きにくそうだからかしら、肩を貸してやってくれないかい」

「ああ、分かった」

「姉ちゃんは安全が分かるまで、周囲の監視を頼むよ」

「分かったよ」


 若夫婦が頷く。

 グウェナエルは指示されなくても黙って、背にしていた背負子を下ろして変形を始めていた。

 それらの動きを頷き確認して、アルムは横を見た。


「ランベール、おいで」

「姉様!」


 満面の笑みで、子どもはその胸に抱きついていった。

 アルムも、これまでジョスランたちが見たことのない笑顔になっている。


「元気だったかい、身体を壊していない?」

「うん、大丈夫」

「食べるものも食べていた?」

「うん。前より栄養とかありそうなもの、食べられた。姉様の料理よりおいしくなかったけど」

「うん、前より肉がついたみたいだものね、よかった。それじゃこれからこの街を出るけど、いいかい」

「うん、姉様と一緒なら。前の家に戻るの?」

「いや、たぶん別の街に行くことになるよ」

「何処でも行くよ」


 男の子の頭を撫で、その手を握り直している。

 二人とも、目に光るものが見えているか。

 もらい泣きの顔になって、それからフラヴィは首を傾げた。


「えーと、あれ小母ちゃん、その子、弟?」

「そうだよ」

「え……」

「姉様!」


 男の子は少し身を離して、アルムの顔をまじまじと見た。

 そうしてさっきまでとは別の泣きそうな顔になる。


「姉様、顔に傷――」

「ああこれ、化粧だから心配ないよ」

「化粧?」

「ギャルヴァンに腕利きの化粧屋がいてね、ずっとこういう変装ができるように化粧品を作ってもらったんだ。皺や染みも全部変装だよ」

「声も、変」

「これも薬で変えているんだ。一度飲んだら三日くらいこのままだけど、飲むのをやめたら元に戻るから」

「そうなんだあ」

「髪の毛は脱色したから、新しいのが生えるまで戻るのに時間がかかるけどね。まあ若いんだから、ちゃんと戻るでしょ」

「若いって、小母ちゃん!」


 傍で聞いていてとうとう我慢できなくなったと、フラヴィが叫んだ。


「あんた、いくつなの?」

「十三歳だけど?」

「えええーーー、嘘お!」

「人間死ぬ気になれば、たいていのことはできるもんだね」

「いやいやいや――」


 フラヴィが、これ以上ないほど目を丸くする。

 伯爵を起こしていたジョスランも、木の道具を変形していたグウェナエルも、これには言葉を失っていた。


「いったい何で、年齢としを誤魔化すの」

「正直に言ったらトゥーヴロンであんなに働かせてもらえないし、あんたたちだって森を抜ける護衛を引き受けなかったでしょう」

「ああ……子どもがそんな危ない真似、まずやめろと言ってお終いだったろうね」


 フラヴィに続き、仲間たちも頷いている。

 肩をすくめて、アルムが宣言した。


「じゃあ、出発しようよ」


 変形の終わった車にアルムが乗り、グウェナエルが引いて歩き出す。ランベールはその車の横にぴったりついて一緒に歩いた。

 領都の門を出たところで、人質の伯爵を解放した。

 そこから距離をとるに当たって気をつけるのは、狙っている弓矢がないかどうかだけだ。

 さっきの成り行きで、剣や槍で追っ手がかかることはあり得ない。

 龍の首を両断できる相手に、たとえ何百人集めても正面から挑む者はいないだろう。


「さてそれじゃあどうしようか、ここからは」


 伯爵たちの姿が後ろに見えなくなったところで、アルムがジョスランに問いかけた。

 ジョスランもうーむと唸って、全員を見回す。


「森の中を抜けてトゥーヴロンに戻るか、森を迂回してこの領を出るか、だよな。森を抜けるのは約五日、迂回して領を出るまでなら三日、トゥーヴロンに戻るなら半月以上かかるわけだが」

「これで領のお尋ね者になったわけだからね。できるだけ早く領を出た方がいい」

「トゥーヴロンも領内だから、避けた方がいいな。ということで、迂回の方向か」

「あたしはそれでいいよ」

「ところで確認したいんだが、小母ちゃん、いやアルムさん、様?」

「呼び方は何でもいいよ」

「いやそれより大事なのは、あんた子爵令嬢なのか?」

「子爵家は潰れたみたいだから、微妙なところだね」

「いや聞いたところじゃ、親戚だかが行方不明の跡取りを探しているって言うぜ。この子、ランベール、様? が、跡取りなんじゃないのか」

「その辺が今どうなっているのか、調べてみないと分からないのさ。だからとりあえず、何処か親戚筋の領か、王都を目指すことにする」

「そうか」


 頷いて、ジョスランは妻と弟分の顔を見た。

 二人とも次に出る言葉を承知しているように、薄笑いになっている。


「ものはついでだ、俺たちもこの子爵家ご令嬢ご子息につき合って、落ち着くのを確かめるまで自主的に護衛させてもらうことにするか」

「護衛が要るかは分からんが、車引きは必要だから、俺はつき合う」

「だねえ、龍の首まで何でも斬れるご令嬢に、護衛は必要ないかもだね」

「好きにすればいいけどね。ただそれなら、一つはっきりさせておこうか」

「何だい」

「あたしが何でも切れるってのは、正確じゃないんだ。一つだけ切れないものがある」

「何だろう」

「人間さ」

「はあ?」

「食材と思い込まなきゃ切れないって言っただろう。人喰いになった想像だけは、どうしてもできなかったのさ」

「あ……」

「あの伯爵への脅しでは、はったりをきかせたけどね」

「マジかよ」

「護衛してくれるんなら、その辺を踏まえて連携しておくれよ」

「分かった」


 じゃあ、と一同納得して、道を迂回の方向に折れた。

 ランベールは皆に歩けるかと心配されたが、大丈夫だ、と元気に答えて車の横で足を運んでいる。

 疲れたら一緒に車に乗ればいい、とグウェナエルが事もなげに言っている。

 フラヴィは弟と逆側から車を覗き込んで、しきりにアルムに話しかけている。相手が年下で思ったより近いと知って、親近感が強くなったようだ。


「そう言えば、アルムって本名じゃないんでしょ。本当の名前は何ていうの」

「どうしようか。教えるのがもったいない気がするねえ」

「えーー、意地悪しないで教えてよお」

「どうしようかねえ」

「えーーー」


 当分、賑やかな旅が続きそうだ。



 本作は今回で完結とさせていただきます。

 これまでご愛読、応援をくださった皆様、真にありがとうございました。


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