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「弓矢を見つけたら、小僧にはこちらの射程距離まで駆け寄ってもらう。そのつもりでいておくれ」
「おお」
「あと可能性としては、向こうの兵の中に予想外の加護を持つ者がいることだけど、こればかりは警戒のしようがないね。よっぽど凄い加護なら以前から噂になっているだろう。せいぜいいたとして、強めの火や水の魔法とするしかない。話に聞く限りなら強めの加護の者でも有効な範囲としては、こちらのアヒイの方が距離をとれるはずだよ」
「確かに、三十ガター以上届くというのは聞いたことがないな」
「それと、兵のほとんどはアヒイで無力化できると思うけど、余裕があればそこでのた打って口の布がとれた兵には痺れ茸を食らわせておく。そのつもりでね」
「容赦ねえなあ。まあそれでも、こちらの思い通りに行く確証はないわけだが」
「そうさね」
「容赦ないぐらいで、ちょうどいいよ」
ジョスランの言葉に、アルムとフラヴィが頷く。
少し考えて、アルムは続けた。
「それで門まで突破できたら、あんたたちは城を脱出しておくれ」
「あんたたちはって、小母ちゃんは脱出しないのか」
「あたしは、城の奥を目指す」
「奥って――そうか昨日も思ったが、前に言ってた小母ちゃんが取り戻したいものって、領主邸にあるわけか」
「そうさ」
アルムの迷いのない目を見て、ジョスランはううむと唸った。
その視線を、弟分に移すと。
「俺は、小母ちゃんに協力する」
こちらからも、迷いのない返答があった。
妻の顔も見、ジョスランは苦笑で視線を戻した。
「ということだ。俺たちはもう、一蓮托生ってやつだ」
「バカだね……あんたたち」
「脱出の後どうするかは成り行き次第だが、また森を抜けるとすると小母ちゃんが必要だ。選択肢を減らしたくない」
「勝手にするといいさ。だけど三人とも、命を粗末にするんじゃないよ。いざとなったら、あたしがあんたたちを護るから」
「何だか立場が逆になってるんだが」
「いいのさ。とにかく無茶をするんじゃない、約束だよ」
「分かったよ」
「うん」
「おお」
打ち合わせはこれまでということにして、グウェナエルが背負子に変形した道具でアルムを背負った。
グウェナエル、フラヴィ、ジョスランの順に縦並びになって、牢屋棟の出口を出ることにする。
出てすぐ中庭で、右側が外に向かって開け、正面から左へ鍵状に本館が続いている。
本館との間に草地の広がる中庭へと走り出すと、正面の出入口に立っていた兵士が叫んだ。
「脱走だ! 出口を固めろ!」
「脱走だ!」
「脱走だ!」
たちまち、本館側の戸口に数名の兵士が駆け出してきた。
みんなそれぞれ、剣や槍を手にし、慌てた様子で口元に布を巻いている。
中庭の中央部に達したところで。フラヴィが叫んだ。
「左、弓矢来てる!」
「おお!」
即座に、グウェナエルがそちらに駆け出した。
腹から顔にかけて大剣を立て、矢から身を守る格好だ。
急な殺到に、弓を持つ五名が慌てて狙いをつけようとしている。
途端。
「ぎゃあ!」
「うわ!」
「痛え!」
次々とその顔面に緑の粉が炸裂し、射手たちは転がっていた。
すぐに、グウェナエルは駆け戻ってくる。
元の位置に戻ろうとするところで、兵の指示役らしい男が声を上げた。
「逃すな! 一斉に斬りかかれ!」
「おう!」
先に剣や槍を構えていた六名が、揃って駆け出してくる。
それらにも、ある程度距離を縮めたところで、目にアヒイが浴びせられた。
「ぎゃあ!」
「わあ!」
次々と地面に転がり、のた打ち出す。
そのうち、藻掻き具合が痙攣に変わった。目を擦って布がずれた口に、アルムが茸をぶち込んだのだろう。
「ぎああ――」
「あああ―――」
続いて駆けつけた兵士が剣を抜き、戸口から真っ直ぐ駆けてきた。
これらもすぐに、途中でアヒイを浴びて地面に転がる。
次々と現れる五~十名ほどの固まりが、すべて漏れなく地面にのたうち回ることになった。
「左の二階、弓矢来た!」
「おお!」
フラヴィの指示に、グウェナエルが駆け出す。
射程距離に達したところで、窓に見えていた顔が次々と仰け反り消えていった。
「何をしている! たった四人だ、早く捕らえろ!」
状況が理解できているのかどうか、上官が戸口で顔を真っ赤にして叫んだ。
しかし次々現れる新しい攻め手は、すべて例外なく殺到の途中で地面に倒れていくのだ。
ひいひいと藻掻く者、痙攣して動かなくなった者、すでに合わせて五十名にはなりそうだ。中庭の中央部がそんな倒れた人体に埋めつくされ、後ろの兵士たちが通れないほどになっている。
「何をしている! 斬れ! 斬れ!」
上官が喚くが、続く兵士は足を出すのをためらっている。
もう倒れた仲間を踏みつけないと、真っ直ぐ進めないのだ。
「弓隊、何をしているか!」
叫んでも、続く射手の姿は現れない。
十名余りが倒されたはずだが、それ以上本館の中にいないのだろうか。
「何をしている! 増員を呼べ! いる者はすぐにかかれ!」
「は!」
剣を構えて何とか倒れた仲間を跳び越えた者たちも、すぐに同じ運命を辿った。
本館の戸口に、もう上官以外の姿はない。
「どうした! 増員はまだか!」
「何をしているか、小隊長!」
不意に、頭上から声がかかった。
見ると、戸口真上の三階バルコニーに、豪奢な服装の男が現れていた。
学者風の小さな男が傍についている。
グウェナエルがそちらに動きかけ、アルムに止められている。
小隊長と呼ばれた戸口の上官が、半泣きのような甲高い声を上げた。
「は、閣下。脱走者でありますが、すぐに捕縛しますので」
「何だその体たらくは。何故それほどに、庭の中央に倒れた者がいる」
「は、その――その者、妙な術を使うものでして」
「術――特殊な加護か」
伯爵らしき男は、隣の小男に顔を向けた。
小男がその耳に囁きかけると、伯爵の目が丸くなる。
「『剛力』加護と『調理』加護だと? ん、『調理』――」
伯爵の視線がが大男と背負われた女の間を往復し、アルムの顔に留まったようだ。
目が瞠られ、声が高められる。
「貴様、リュシドール子爵の娘か!」




