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「ははは――まあそういうことだね。こちらはともかくとして、少しばかり特殊な依頼になるんで、あんたたちには話を聞いてよく考えてもらいたいのさ。聞いたと思うけど依頼内容は、あたしを護衛して魔の森の奥へ入ることだ。平地ではこの車にあたしを乗せて引き、山道ではこれを背負子にしてあたしを背負ってもらう」
「背負子?」
「この車の一部を組み替えれば、背負子の形になるんだ。そういうふうに特注で作ってもらったんでね」
「そうなのかい」
ジョスランがぽかんと目を丸くする。
フラヴィとグウェナエルも、何とも訳分からないという顔だ。
「まあともかく、引き受けたとしたら力持ちのグウェナエルの担当ということになるな。大丈夫かって――まあ訊くまでもないか」
「猪に比べたら、ずっと軽いよねえ」
「ああ」
「重さはともかく、魔獣に出遭ったら、小僧にはあたしを担いで闘ってもらわなくちゃならないんだよ」
「ああ――グウェナエル、どうだ?」
「たぶん、問題ない」
「まあたいがいの魔獣は、あたしが動きを緩めるくらいまでするからね。あんたたちは止めを刺すことに専念すればいい」
「はあ? 動きを緩めるってどういうことだ」
「小母ちゃん、武器を持って闘うっての? 無理でしょそんなの」
「一昨日の夜、見ただろう。あたしには刻んだみたいな細かいものを離れたところに瞬間移動させる能力がある。それで魔獣が近づく前に、口の中に毒茸や痺れ茸を放り込んでやるのさ」
「はあ?」
「三十ガターくらい先まではできるからね。猿魔獣や兎魔獣なら、こちらに駆け寄る間に足どりが緩んで倒れているよ。狼魔獣でも一太刀分くらいの間躱せば、効き目が間に合う」
「本当――かよ」
三人が顔を見合わせていると。
向かいの職員が、苦笑顔で口を入れた。
「お前らさっき向こうで、早朝の小鬼猿狩りの話を聞いてたろう」
「ああ」
「本当は部外秘なんだが、お前らには話していいだろう。あの狩りをしているのは、この小母ちゃんだ」
「はあ?」
「毎朝夜明け前に南門近くの壁に登って、近づく魔獣を毒茸で倒しているのさ。協会と特別契約でな、終了報告を受けてから職員が死骸の始末に行っている」
「本当かよ」
「何で小母ちゃん、そんな危ない真似しているのさ」
「壁の上まで届く魔獣はいないから、危なくはないさ。とにかく急いで、この車の代金と護衛の費用を稼ぎたかったんでね。この四ヶ月毎日、早朝の狩りと朝食専門の宿の食堂、昼食の料理屋で下拵え仕事、夕方も一軒で下拵えしてからあの『魔肉飯店』に入っている」
「何と」
「実際料理に関わっているのはあの店だけだけどね。あそこに下宿させてもらってるから、宿代も食費も格安だしさ」
「何とも何とも、だな」
「その辺はともかく、あたしに魔獣狩りができるのは、信じてもらえるかい」
「信じざるを得ないな、こりゃ」
「ただこの能力も、一回に移動できるのはカップ一杯程度なんでね。狼魔獣よりずっと大きいのになると、どれくらい効くか分からない。あんたたちだって、そんなのの相手は無理だろう? 森の中ではあたしも魔獣の気配に敏感な方だけど、姉ちゃんもそれが得意なんだと聞いたよ。何とか気を配って、大きいやつは回避するしかないね」
「ああ、なるほど」
「今の時点で話すのは、ここまでだ。この条件で、依頼を受けるか考えてくれるかい」
「うーーむ」
唸って、ジョスランは妻と顔を見合わせた。
いつもながらグウェナエルは、二人に任せきりの顔だ。
「それで、少しでもその気があればの話なんだけどね。よかったら今日一日あたしがあんたたちを雇うから、試しに森の浅場に狩りに行ってみないかい。今言ったやり方でうまくいくか、試しておく必要があるだろう」
「ああ、それはそうだな」
「行こうよ。あたい、受けるかどうかはともかく小母ちゃんの狩りの仕方、見てみたい」
「それは、俺もだな」
「護衛を引き受けないのなら、本当は見せたくないんだけどね。もしそうなっても人に言わないと、このオッさんの前で約束してくれるかい」
「ああ、分かった」
「あたいも」
「ああ」
「それじゃあいいね、今日一日、あんたたちを雇ったよ」
「おお」
話が決まって、まずグウェナエルにその木工製品の使い方を覚えさせることにする。奥にいた工房親方が出てきて、改めて説明してくれた。
箱車に持ち手を装着してアルムを乗せ、屋内で一回り引いて歩く。
手早く部品を組み替え、背負子の形にする。車輪を箱の横に上げて固定し、幅広の革紐を回して持ち上げると、ちょうどグウェナエルの背に収まった。アルムがそれに乗って、革紐で腰の辺りを固定する。
大男の背に小柄な女が後ろ向きにちょこんと座る、なんとも奇妙な微笑ましいような見てくれになった。
フラヴィが指示を受けて近くの店に古布を買いに行き、車でも背負子でもそれを敷いて据わりをよくすることにした。
「うん、いい収まりだね。小僧、動きにくくないかい」
「大丈夫だ」
試しにその場で、大剣を一振りしてみる。
確かにこの人並外れた馬鹿力の持ち主には、ほとんど背の重さなど感じていないようだ。
「よし、じゃあ森の入口まで車であたしを引いていく。そこでこの形に変えて森に入る、ということでいいかい」
「分かった」
「よし、それで出かけよう」
「森に入ってからの動きの指示は、あんたに任せるよ。えーと……ああ、名前を覚えるのが面倒だ。小僧と姉ちゃん、あんたは頭ってことで、いいね」
「……好きにしてくれ」
「まああたいたちはともかく、グウェナエルは呼びにくいもんねえ」
「本当だよ。いざというときにそんな呼び方してたら、その隙に魔獣に食いつかれちまう」
「……おおげさだろ」
顔をしかめながら一言愚痴るだけで、グウェナエルは背負子を車に戻す作業を黙々と続けていた。
組み立て直した箱に古布を敷き、アルムが杖を抱えて座る。長い持ち手を、グウェナエルが握る。
「じゃあ、出発だよ――ああ午近いから、まず腹ごしらえだね。あたしが下働きしている昼食用の食堂があるから、そこに寄っていこう」
「おお」
がらがらと車を引いて、大男が歩き出す。ジョスランとフラヴィはその後ろをゆっくり歩く。
街中の道を進むと、やはりこの道行きは人目を惹いた。
荷物を運ぶ荷車や赤ん坊を乗せるようなものならたまに見かけることがあるが、小柄とはいえ見るからに成人の女を乗せたこのような乗物は、誰もにとって初の見世物だ。
興味津々の視線を向け、中には笑っている者もいるが、グウェナエルは気にも留めない様子だ。
前向きに箱に収まったアルムもそんな周囲の様子は気にせず、車の動き具合に目と耳を集中しているらしい。
簡単に昼食を済ませて、北の魔の森に向かう。
街を出る門の番兵も、目を丸くしてこの一行を見ていた。
石壁の街を出て半時ほど草原を歩くと、魔の森の端に着く。
森に入ってもしばらくは広い街道になっていてこのまま車を引いて進めるはずだが、この日はここから道を逸れた木々の中に入る予定だ。
箱を背負子に変形して、アルムは大男の背に負われた。
杖は、フラヴィが預かって持つことにした。
すぐ脇に、ジョスランが寄ってくる。
「この辺の浅い範囲なら、茂みの中に足太兎がよく出る。今日はそいつを狙うということでいいか」
「兎の魔獣だね。分かったよ」
「図体は二本足で立って小母ちゃんの腰を超えるかどうかというところだが、好戦的で足が速い。こちらを見つけると一目散に飛びかかってくる。俺やグウェナエルが剣で倒すのは楽勝だが、今日はまず小母ちゃんのやり方を見せてくれ」
「分かったよ」




