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転生調理令嬢は諦めることを知らない  作者: eggy
第2章 ミニョレー伯爵領

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「知らないのかい? さばいたばかりの生肉は、四~五日熟成させないと旨味が出ないのさ」

「そうなんか?」

「だからこいつは、数日間お預けだ」

「こんなの見せといて、殺生な」

「旨味がもう一つでも構わないからよお、何とかしてくれよ」

「ああ、喧しいねえ。分かった、店主様と相談するさ」


 顔をしかめて、アルムはひらひら手を振った。

 厨房への入口傍にいたジョスランの目に、その姿が改めて正面真近になる。いかにも年を経たという火傷やけどのような痕もある荒れた手、顔にも皺と染みが見える。さらに目立つことに、左側頭部から頬にかけて走る赤みがかったものは古傷の痕のようで、もしかすると脚の負傷と同時に負ったのだろうかと思わせる。そのせいだろう、頭に被った布を深く下ろして顔を半分隠すのが習慣になっているらしい。

 女は厨房へ下がり、何となく成り行きが気になったのと仲間が奥に入ったままなのとで、ジョスランとフラヴィはそれを追っていった。


「旦那さん、仕方ない。一つ調理することにしようかね」

「何かうまい調理法があるのか」

「まあ、ね」

「じゃあ、任せる」

「はいよ」


 頷いて、アルムは店を振り返った。

 ジョスランたちを押しのけるように戸口から顔を出して、怒鳴る。


「料理するから、一時いっときくらい待つんだよ。一人前銀貨一枚、用意しときな」

「ほーーい」

「待ってるぜ」


 何とも慣れたやりとりだ。

 苦笑して、ジョスランは店主に尋ねた。


「本当なのかいその、肉は熟成しなきゃっての」

「いや俺も、アルムに言われて知った。しかし食べ比べてみりゃ、確かに違うのさ」

「へええ」

「じゃあ旦那さん、野菜と香菜を出しとくれ」

「おうよ」


 アルムの指示で、貯蔵庫から数種類の葉物類などが取り出される。

 手早く取り分けながら、アルムは背後の大男に声をかけた。


「小僧、そこの腿肉――じゃ分からないか、あんたの左手の前にある大きな塊をこっちに寄越しとくれ」

「おお、これか」

「そうだよ。旦那さんはジングをみじん切りにして。あたしはオニョンをやるから」

「おうよ」


 それぞれの台の上で、刃物捌きが始まった。

「ひええーー」とフラヴィが奇声を発したのは、アルムの手元を見てのことだった。庖丁捌きが目にも留まらぬ速さで、大量の野菜が刻まれていくのだ。

 一籠あったオニョンが瞬く間にみじん切りの山になる。

 息もつかせず、女は肉の塊を目の前に移す。今度は刃物を持たず、肉はそこそこ薄目に端から切られていく。

 見て、フラヴィが溜息をついた。

 声をかけたら怒られそうな雰囲気の中、小声で夫に囁きかける。


「何度見ても不思議だねえ」

「加護の能力ちからってとこか? 魔獣狩りに使ったら、便利そうだよな」

「残念」思いがけず、アルムから返答があった。目の前の肉を睨んで処理を続けながら。「あたしの『調理』の加護で切れるのは、食材だけなのさ」

「そうなのか」

「それは残念ーー」

「料理の場では、羨ましいほど便利だがな」


 店主が香菜ジングの処理を終えて、手を拭いながら言った。

 そのときにはもう、アルムは肉の切り分けも終えていた。


「じゃあ旦那さん、ボウルを出しとくれ。肉を漬け込むタレを作るよ」

「おうよ」

「じゃあ、いいかい。まず、オニョンをカップ五杯、ジングをカップ一杯――」


 読み上げるようにしながら。

 こちらの二人がまた目を丸くしたのは、アムルの手元にあったみじん切りが言葉と同時にボウルの真上に瞬間移動していくことだった。

 これも加護の能力ちからか、と顔を見合わす。

 手元にあるものは、そうして移動させる。店主の近くにあるものは、指示して入れさせる。そうした分量の一切を、店主は手元の板にメモしていた。


「以上だよ。旦那さんはそれをかき混ぜて」

「おう」

「それくらいでいいよ。それじゃこの切った肉を、小僧、運んでおくれ」

「お、おう」


 いきなり指示されてびくつきながら、グウェナエルは従順に大量の薄切り肉を運んでボウルに入れた。

 店主がそれを、大きな匙でかき混ぜる。


「よし、これを半時はんときくらい漬けておいて、それから焼くのさ。その間、別な料理をしようよ」

「おう」


 すっかり店主は、この女の指示で動く習いになっているようだ。

 二人が手を動かしているうちに店から、「おおい、酒くれ」と声がかかった。


「こっちは手が離せないよ。そこの姉ちゃん、酒を運んでやってくれないかい。働いた分、この焼肉を無料ただで食わせてあげる。いいよね、旦那さん」

「おう」

「よし、乗った」


 笑って、フラヴィが動き出した。

 ジョスランも苦笑で問いかけた。


「俺も一緒に働いていいかい」

「ああ、頼むよ。あんたたちがこんな肉を持ってくるもんだから、いつもにも増して忙しいんだ。そっちの小僧はさっきから働いてるし、三人まとめて食っていきな」

「了解だ」


 そうして三人は、配膳役として働き出した。

 人使いの荒い女もさすがにグウェナエルには「あんたはもう十分働いたよ」と声をかけたが、それでも仲間と一緒に動く、と返していた。

 そうしてかなりてんやわんやの末、出来上がった焼肉を三人が大皿で各テーブルに運ぶと、大歓声で迎えられた。


「旨いじゃないか、これ」

「こんな味付け、食ったことがないぞ」

「やっぱり、巌固猪の肉は上等だなあ」


 その後三人も客の中に加わり、大騒ぎの飲食になった。


 翌日、ジョスランたち三人は仕事を休むことにした。当初からの予定だが、前夜の酒で三人とも宿酔ふつかよいになったせいもある。

 その次の朝は集まって、魔狩人協会に出かけた。

 以前から魔獣狩りをしている者はだいたい活動範囲を届けて他とぶつからないようにしているが、新しく森に入るためにはその辺を調べる必要がある。この日は、そうした準備だけの予定だ。

 通常の魔狩人が動き出すより遅い時間なので、建物の中は比較的空いていた。

 カウンターに近づくと、顔馴染みの中年職員が声をかけてきた。


「ああお前ら、話がある。こっちが終わるまで、ちょっと待っていてくれ」

「おお、分かった」


 職員は商会の店員らしい男と話をしているが、時間がかかりそうだ。

 ジョスランは別の若い職員に、魔獣の動きや討伐依頼を集めた資料を見せてくれるよう頼んだ。魔狩人の中には字の読めない者が多いのでこういうものは職員の説明を受けるのが一般的だが、ジョスランはおおかた読んで理解することができる。


「以前に比べて、森の方はもちろんだが、逆の南の街道付近の被害が増えているんだな。森の中で魔獣が増えている影響で、溢れてきてるのか?」

「増えているのは確かだが、その他に今までにない魔獣の移動が行われている、と言われる」

「それは、何か理由があるのか?」


 若い職員に、ジョスランは問い返した。



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