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「本当に繁盛しているみたいだな」
「あの無愛想な店主とこの賑わいようがうまく結びつかないんだけど、あたいの頭じゃ」
「俺もだ」
「こりゃ、裏に回るべきなんだろうな」
困惑の顔を見合わす若夫婦の隣で、グウェナエルはあっさり足を速めていた。
本当にあの重量を担いで、何の負担もないかのような足どりだ。
急いで、二人もそれを追う。
裏口を開くと、喧噪がこちらまで響いてきていた。
入ったすぐは厨房、開きっ放しの戸口の向こうにわずかなカウンター、その先にいくつもテーブルの並ぶ店内まで見えている。やはり店は満員で、ここまで客の騒ぎ声が聞こえてくるのだ。
「親父さん、いるかあ?」
「おう――何だジョスランか、久しぶりじゃないか」
「一年ぶりに戻ったんでね。それよりまず、これ狩ったんだが要らねえか」
「おお、巌固猪か、でかいな。売ってもらえると助かる」
「よっしゃ」
カウンターにいた初老の髭面店主が厨房を振り返って応対していると、店の客まで奥を覗き込んできた。ジョスランたちにとって以前の馴染みもいれば、まったくの新顔もいて半々くらいか。それだけ本当に、最近魔狩人の流入が増えているということだろう。
「おうジョスラン、カミさんと小僧もか」
「久しぶりだなあ」
「おいおい親父さん、そりゃ猪肉か。でけえな」
「これから解体するのかあ?」
「おう、そうだな」
「じゃあまたあれ、見られるのか? すぐやるのか?」
「どうすっかなあ」
「せっかくだあ、見せてくれよお」
「そうだそうだ」
「どっちにしても、もうしばらく後だ。少し待っていてくれ」
苦笑いで、店主は奥に下がってきた。
重さはどれぐらいだと訊いて、簡単なやりとりの後、肉の代金を支払う。
フラヴィが代表して金を受け取り、グウェナエルは大きな肉を指定された板の上に置いた。
ジョスランは笑って、店主に向き直った。
「話には聞いたけど、しばらく留守にした間にずいぶん繁盛しているじゃないか」
「おう。聞いてるだろうが、魔獣のせいでな」
「それに何だい、あっちで言ってる見せてくれってのは」
「それがよお――」
「何だい何だい、この邪魔な図体は」
話していると、少し下がっているグウェナエルの方から嗄れ声が聞こえてきた。
振り返っても姿が見えないが大男の背後、裏口に人が入ってきたようだ。
「ちょっと退いておくれよ。入れないじゃないか」
「あ、済まん」
「よいしょっと。おや図体の割に可愛い小僧だねえ」
グウェナエルがわずか横に寄った隙間に、その腹を超えるかというほどにしかならない小柄な人物が縫って入ってきた。中年に見える、女だ。
以前から大柄に似合わない童顔で冷やかされることの多いグウェナエルは、情けない顔でさらに身を退いている。
「帰ったよ、旦那さん。おや、ずいぶん立派な猪肉じゃないか」
「おお、こいつらが巌固猪を狩ってきたんだ」
「この大きさのをねえ。たいした腕だ」
女が店主とやりとりしていると、店内からまた覗く顔があった。
何人もが重なり合ってきて、胴間声を上げる。
「おー、来たぞ、アルム小母ちゃん」
「小母ちゃん頼まあ、またあれ見せてくれよお」
「何だい何だい、喧しいねえ。ちょっとは休ませとくれよ」
「頼むよお」
「仕方ないねえ、旦那さん、いいのかい?」
「ああ、あんたがよければ」
「分かったよ」
「やったあーー!」
店の方から、何人もの歓声が上がった。
それからたちまち、ガラガラガラ、とけたたましい轟音が響き出す。
ジョスランが覗くと、満員の客が手を貸し合って、テーブルと椅子を片隅に移動しているのだ。
「何だ何だ? 何が始まる」
「ほらあんた、図体の大きい小僧、その肉を板ごと運んどくれ」
「お、おう」
アルムと呼ばれた女に命じられて、グウェナエルは大きな板を持ち上げる。
「おうおう、たいした力持ちだねえ」
「お、おう」
「頼りになるねえ、ほらそっちだ」
背中をつつかれて、店の方へ運ばされていった。
茶色に白が勝る髪を脳天に結い上げて灰色の布を被った女は、右脚が不自由らしく杖をついている。
大男に続いて店に出ると、大きな喚声で迎えられている。
「本当に、何なんだよ」
「めったに見られない見世物だ。ほらお前らも、見物に加われや」
「おう」
「よーし、面白そうじゃん」
ジョスランとフラヴィも続いて店内に入ると、テーブルや椅子は土間の半分より片側に寄せられ、その前に客の男たちがぎゅうぎゅうひしめき合っていた。
その目の前に空けられた空所に板に載せられた肉の塊が鎮座し、アルムはその横、二歩ほど離れて立っている。グウェナエルの大きな身体はその脇、店の角隅にしゃがみ込まされていた。
顔見知りに手招きされ、二人はかなり特等席で見物することになった。
頭の布で半分程度顔の隠れたアルムが一同を見回し、にこりともせず声を発した。
「じゃあ、始めるよ。みんな見逃すんじゃないよ」
「おーーッ」
女の顔が肉の方に向き直る。
一呼吸の後。
手を触れることもなく、いきなりざくりと塊肉が両断された。
「え?」
「おーーッ」
驚きの声はジョスランたちをはじめ初見の者、歓喜の叫びは見た経験のある者のようだ。
ジョスランとしては、驚くしかない。今あの女、まったく肉に触れていないし、刃物も使っていない。
女の向こうで、グウェナエルもぽかんと目を丸くしている。
「嘘お」と、フラヴィもそのまま絶句している。
見世物は、それで終わらない。
二分された肉が、さらに切り分けられていく。それは経験のある者にとって、魔獣の解体作業の手順そのままだと分かる。
しかしそれが、まったく手を触れないまま行われていくのだ。
さらに進み、ふつうの解体以上に多くの塊に分けられていく。それはどうも、料理で使う部位ごとまで切り分けられたということらしい。
板の上にいくつもの塊が並び、処理は終了したようだ。
「お終いだよ」
「おーーッ」
「凄え凄え、何度見ても凄え」
「たいしたもんだ、小母ちゃん」
「煽てたって、飲み食いの料金は引かないよ」
「そりゃ残念だ」
「ほら小僧、この板と肉、奥に戻しとくれ」
「お、おう……」
すっかりグウェナエルは顎で使われてしまっている。軽々と板を持ち上げるその様は、他人には真似できないのだから仕方ないとも言えるが。
その後にすぐ続こうとするアルムに、客から声がかかった。
「小母ちゃん小母ちゃん」
「何だい」
「せっかくだからその新鮮な肉で、料理作ってくれよ」
「これだから、素人は困ったもんだねえ」
「え?」




