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転生調理令嬢は諦めることを知らない  作者: eggy
第2章 ミニョレー伯爵領

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   ***


 リュシドール子爵領領主邸が魔獣に襲われた七日後、領都には親戚筋の伯爵子爵三家が集まっていた。それぞれ一個中隊程度の兵を引き連れ、魔獣への備えと互いの牽制に神経質になっている恰好だ。

 少し遅れて、王室からの役人も到着した。

 これらの代表が半壊状態の領主邸に集い、今後の領運営について協議する。王室役人は原則、立ち合い傍観の立場だ。

 窓や扉が破壊されて風通しのよい会議室の席に着き、顔馴染みの貴族たちは正直に困惑の顔を見合わせていた。


「何とも、思いがけない事態になったもの」

「領主が魔獣の侵入を許して食われるなど、前代未聞の醜聞ですな」

「いったいどのような警備を敷いていたものか」

「それを責めていても、らちが明かぬ。早急に領主の後継を立てねば」

「前回が七年前であったか。まさかこんな短期間に二度目の協議を行う羽目になるとはな」

「我々がこの領を我が物にしようとしていると王室に疑われても、業腹ごうはらだ。直ちに先の目処を立てたい」


 三人ともこの領地に色気がないこともないのだが、取り合いで無用な争いを起こすくらいなら自分たちに敵対しない新領主を立てるのが望ましい、という辺りで意見は一致している。

 少し離れて傍観している役人が指示されているだろう王室の意思も、それにたがうものではないはずだ。

 互いに顔色を窺い確認して、貴族たちは居住まいを正す。


「それにしても、前子爵の長男と長女がいたはずではないか。長女は確か、成人近かったはず。長男の成人まで長女を暫定子爵とし、有能な側近をつけて支えさせる、というのが最も望ましいだろう」

「それが、二人とも行方不明ときているのだからな」

「その辺の詳細は調べられたのだろうか」

「何にせよ、領主邸の使用人はほぼ全滅で、夫人はまともに会話もできぬという有様なのでな。一足先に当地へ入ったそれがしとしても探りは入れたのだが、確かなことが分からぬ。一人生き残った料理人の話でも、奥のことは詳しく分からない、お二人はつい最近この邸から姿を消したようだ、という程度だ」

「長男については、ミニョレー伯爵が絡んでいるらしいということだな」

「うむ。それについてはかなり信憑性がありそうだ。通いの下働きも同様のことを証言しているし、町民の何人もが数日前ミニョレー伯爵のムマ車がここに立ち寄ったのを見ている」

「ミニョレー伯爵、とのお……」

「厄介な相手ですな」

「あと長女については、情報が錯綜している。ずっと以前から人前に出ないような扱いを受けていたのはまちがいないようだが、確かなところは不明だ。死んだ子爵がこの長女を厄介払いしようとしていたことは、大いに考えられる。しかし数日前から行方不明という詳細については、はっきりしない。自ら逃亡したとも、領地から放逐されたとも、魔獣の蔓延はびこる森の中に追いやられたとも、いろいろ根拠のない噂が町中まちなかで流れているという」

「それらが事実で逃亡か放逐だとしたら、我々の領か王都に向かって助けを求めるのが筋と言えようが、そうした娘が現れたという事実はないしな」

「そうだとして、南へ向かう途中で魔獣に襲われるなり何かして命を落とした、と考えるのが妥当なところか」

「今のところ、護衛などを伴ったという形跡も見つからないしな。一人で行動して絶命したと思うしかなかろう」

「それでも、まだ未確定だ。こちらの領兵を捜索に出しているので、しばらくその結果を待ちたい」

「了解した」

「うむ」

「問題は、長男の行方だが……」

「何とも、だな……」

「あの伯爵絡みときては……」


 全員同様に、渋い顔になっている。

 ミニョレー伯爵という人物が厄介な存在だということは、貴族間でも王室の中でも、意見が一致している。

 一言でいって、偏屈な変人だ。

 このロアエク王国の北端に領地を持つ。その領内に広大な魔の森を抱えていることは、国民で知らぬ者はいないだろう。

 代々その森に棲息している魔獣たちとの争いで過ごしているので、そのための軍事力は強大だ。また魔獣の生態研究なども、国内で突出して進められている。凶暴な魔獣を飼い馴らす研究を進めているという噂もある。

 中央の国政にはほとんど協力することなく、そのような独自の内政を行っているとされる。

 魔の森から流出する魔獣の動きを押さえるという約定やくじょうで、国から多額の補助金を得ている。

 魔獣の毛皮や各種素材を売却して、利益を得ている。

 領民たちは裕福とまでいえないが、北方の農産物を十分産出して暮らしに困ることは少ないと言われる。

 つまり、王室や他の領からの援助などがなくても、ほぼ領経営は成り立っている。

 一方もしあの領を怒らせるなどしたら、魔の森からの流出を南に向けられ、多数の領や王都まで魔獣による被害が及ぶのではないか、と危ぶまれてしまう。

 要するに、王室も他領も気安く手出しをすることができない存在なのだ。

 その話題になると、傍観している役人も同様の渋面になっていた。

 もしこの件で王室から捜査をと願い出ても、難しいということだろう。


「とにかくも当面は我々で協力して、これらの事実を探ることだな」

「並行して、もしもの場合の後継候補を検討しておきたいが」

「親戚筋の中でも、適任となるとなかなか難しいな」


 この三名がそれぞれ近い血筋から候補を出すと、どうしても争いが不可避となる。できるだけ話し合いで決着したいが、落とし所がかなり難しいということになりそうだ。

 やや遠慮がちながら、役人が発言を入れた。


「陛下としましては、早期の決着をお望みです。この領地は魔の森に対する防御の要所ですので。長く放置するというわけには参りません」

「了解しておる」


 先述した事情で、もしミニョレー伯爵が他領や王家に叛意はんいを抱いた場合、この領地がその対抗の最前線になるのだ。

 王室として、この地をいい加減にしておく訳にはいかない。極論、国の直轄地とする可能性まで考えているだろう。

 ますます渋い顔で、三人の貴族は頷いた。


 この日の話し合いは散会して、それぞれが宿に戻る支度を始める。

 そうして全員が半壊の屋敷を出ようとしたときだった。

 四種の鎧の兵が、とりどりに駆け寄ってきた。


「大変です!」

「北方から、大軍が接近中!」

「その数、千は下らないかと!」

「明らかにあの紋章は、ミニョレー伯爵領軍のものです!」

「何だと!」


 伯爵子爵と王宮役人が呆然と立ちすくむうち、その軍勢は見る見る子爵邸に接近してきた。

 建物から二百ガター程度まで近づくと整然と配置を広げ、半円形に周囲を囲み込む形をとる。

 先客の貴族たちの兵は、その倍を超える人数に押さえ込まれる格好になった。

 配置が落ち着くと、その中央付近で台に昇ったらしく頭を突き出した男が、声を張り上げた。


それがしは、ミニョレー伯爵領軍司令官のドーヴェルニュである! この地は、ミニョレー伯爵領領地として我が軍指揮下に置く。各々方は直ちにこの地から引き上げよ!」

「何だと!」

「無体なことを!」

「その方、こちらに参って穏便な話し合いを持て。こちらには、王宮の使いもいるのだぞ!」

「これは、決定事項である。直ちにここより引き上げよ。王宮の使いは、戻ってこの決定事項を陛下に伝えよ」


 双方の兵が一触即発のていで武器を持ち上げている。

 その中から、王宮役人が一歩前に出た。


「そのような一方的な要求を、持ち帰るわけにはいきませぬ。其処許そこもとはどのような根拠、正当性を持って、そのような主張をされるのか」

「正当性など、笑止千万」

「そのような、暴論が通るとお思いか」

「論議など無用と思うが、一つだけ問おう。我が伯爵家以外、この地を統治して魔獣の襲来を阻止できるとお思いか」

「な――」

「他の領に、そのような武力と知識はなかろう。先代のリュシドール子爵はともかく、それを継いだ暫定子爵は、こともあろうに領主邸さえ守れずに魔獣の牙にかかった。他の地の者に統治は不可能というあかしである」

「な、な――」


   ***



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