13
***
「ついに追い出せたのですね」
「うむ」
うきうきした様子で執務室に入ってきた夫人に、リュシドール子爵は満足顔の頷きを返した。
先に入室していた執事も、喜びを分かち合う笑顔だ。
「こんなに都合よく話が進むとは、少し前まで思っていなかった。何もかも、ミニョレー伯爵の提案のお陰だ」
「死んでも構わない加護取得前の貴族の子はいないか、などと突然言われたときには、何を恐ろしいことを、と思ってしまいましたけど。考えてみるとうちにぴったりなのがいたんですものね」
「もちろん伯爵としては事前に調べての提案だったのだろうがな。真剣に考えてみれば、これほど好都合な話はない。あの子の不審死の死体始末の心配が消える。すべて伯爵が抱え込んでくれるわけだ。それに、もう一つは伯爵も考えていなかっただろうが――」
言って、子爵は傍らの執事の顔を見た。
すでに腹心となっている部下は、問われる前から満足そうに頷いている。
「町の魔狩人協会には、まちがいなく言いつけてきたのだな? あの娘の護衛を引き受けた者は重罰に処すと」
「はい、怠りなく。宿屋にも、宿泊させることを禁じる申し渡しをしております」
「これで何も手を下すこともなく、姉の方も自然死してくれる。あの意地っ張りは絶対弟を追って、北への街道を徒歩移動する。護衛もなくあの脚で、無事に着くわけがない。途中で野垂れ死ぬか、魔獣に食われるかしかあり得ない」
「さようでございますな」
「息子のランベールとしての王族へのお目見えが無事成功したことといい、あの小僧の加護が充分伯爵の満足が得られるものだったことといい、我々は幸運に恵まれている。伯爵の提案は、貴族の息子なら珍しい加護の可能性が高い、というからだけだったはずだがな。あんな結果が出て、売り値が跳ね上がったことになる。おそらく我々に、神が祝福をくださっているに違いない」
「まったくですわ」
「御意にございます」
「あと残るのは、息子オーバンを誰に見られても問題ないランベールとして仕上げることだな」
「そうですわ。それで我が家は安泰」
ますます満足げに笑い、夫人は夫の首に両腕を回した。
***
北のギャルヴァンへ続く街道は、領主邸からだと町中を通らずに郊外に出ることができる。
町に寄ることは一切考えず、オリアーヌは標識を確認して真北の方向を目指した。
魔狩人の護衛を探そうというのは、まちがいなくすでに子爵が手を回しているだろうからただの時間の無駄だ。おそらく宿泊先も封じられているだろう。
街道を進むのに、徒歩以外の方法は事実上存在しない。
オリアーヌに残されているのは、不自由な脚で杖をついて、ただただひたすら歩く、その一択だ。
それにしても、と思う。
「何とも親切に教えてくれたなあ、あの子爵様」
ランベールが連れ去られた行方。その理由。先の成り行き。
いや、分かっているのだ。あれは親切心などからではない。
オリアーヌが今進もうとしているこの行く先、方法、それを一択に絞って限定するための見え見えの誘導だ。
ああいう言い方をすれば、まちがいなくオリアーヌはこの選択をする。
一人で北へ向けての徒歩移動を始める。
北の隣町ギャルヴァンまでは、大人の足で一日。オリアーヌだと、まずその二倍はかかる。
そしてその間の街道は魔獣が頻出で、大人でも魔狩人などの護衛が欠かせない。
幸運にしばらく魔獣が出なかったとしても一人の道行き、途中で睡眠などとろうなら魔獣どころかふつうの獣にも食われかねない。
つまりオリアーヌは少なくとも二日かかる道を、杖つきの徒歩で、護衛なしに、魔獣を警戒しながら不眠で、歩ききらなければならない。
ふつうに考えて、絶対無理だ。
子爵としてはそこまで考慮して、オリアーヌが野垂れ死ぬか魔獣に食われるかして果てることを確信して誘導したはずだ。
火打石とナイフを許可したのも、それで無謀な選択の意志が強められる、しかし別に生存確率がたいして上がるわけではない、という判断に過ぎない。
つまりはこれで、邪魔でしかなかった前当主の娘が、勝手に自然死ないしは事故死してくれる。王室などから調査が入ったとしても、娘が勝手に家を出ていった結果、と言い張れる。
弟を殺して死体の始末するといった問題に悩まなくてよくなくなったことといい、諸手を挙げて喜びたい心境だろう。
想像すると、腹立たしい限りだが。もう今は、そんなことどうでもいい。
「私は、前を目指す」
絶対無理としか思えない道の行く末へ。
できるかできないか、ではない。
「私は、やり遂げる」
それだけだ。
道が険しかろうが、苦しかろうが、関係ない。
それしかないから、道を進む。
それだけだ。
郊外に出ると、ムマ車二台がようやくすれ違えるかという幅の土の道が続き、両側は草地ばかりになる。左右両方向とも数十ガターほど先が森になっていて、いつそこから魔獣が現れるか分からないということらしい。
もし狼魔獣のような速さを持つものが近づいたら前後どちらに逃げても追いつかれることになるので、何処かで迎えて闘うしかない。闘うすべのない者はそこで諦めて命を落とす末路になる。
とにかくも近づかれてから覚悟を決めるのでは遅いので、両側の森に向けて警戒を続けるしかない。
杖をつき右脚を引きずり、自分でも焦れったくなるほどの速度で前へ進む。
前も後ろも、旅行者の姿はない。
魔獣が頻出することで知れ渡っている街道なのだから、よほど腕に覚えのある猛者以外単独で歩くことはあり得ない。ふつうは護衛を伴って固まって移動するので、旅行者がひっきりなしに見えるということはほぼないのだろう。さらに今は夕食時頃で、これから夜になっていくのだからなおさら、こんな時刻にこの領都から北に発つなどありようもない。
オリアーヌとしては、領都に留まる方法がほぼない。その上とにかく先は急ぎたいのだから、夜の道行きを強行することになる。正気沙汰でないと言われそうだが、他に選択のしようがないのだ。
やがて両側の草が高くなってきた。
ますます警戒を強めなければならない。体高の低い獣なら、草に隠れて接近してきそうだ。
これだけは幸い、獣の気配を察知する点においてオリアーヌは他人より秀でている。その能力を研ぎ澄ませて歩き続ける。
そうしていると。
「む?」
瞬間、何かの気配が右側に感じられた。
即座に構えをとると、茂みから茶色の細長いものが飛び出した。
見るより早く、鼻先にアヒイをぶつける。
飛びかかる足が止まるのを見て、続けて毒茸を口に放り込んだ。
先の辛味に怯んだのた打ちが、少し間を置いて痙攣に変わった。やがて数呼吸の後、毛むくじゃら獣の動きが止まる。
道端に延びた茶色の毛皮は、鼬か何かの体長を伸ばしたような外観だった。魔獣なのかどうかも分からない。
そうするのがいいのかどうかも不明だが、死骸はそのまま打ち捨てて先を急ぐことにする。
「この程度なら、何とかなるかな」
独りごちてみる。
アヒイと毒茸の連続投擲で、ふつうサイズの獣なら対処できそうだ。狼魔獣くらいの大きさまでなら、何とかなるかもしれない。何よりもまず、アヒイで怯んでくれるかどうかが鍵と言えるが。
その後も。
同じような長い鼬や一回り大きい角持ちの兎魔獣が現れたが、同じ方法で仕留めることができた。野兎に見た目はやや似ているが大型で、立派に肉食の魔獣だ。
ただ兎魔獣は食用になることが知られているので、脇の広めの土が露出した土地に引きずっていって血抜きと解体をした。
周囲を警戒しながら森に入り、乾いた枝木を拾う。少し探すと、食用になる草の葉も見つかった。
それらを集めて広場に戻り、枯れ葉と枝を積んで火打石で火を点けた。解体した肉と草の葉を、そこで加熱する。
今にも暮れようとする陽の下で、それらで食事することができた。
食後に、土の上に腰を下ろしてしばらく休む。




