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狼魔獣の襲来は、その後もひと月あまり間隔ごとに続いた。
オリアーヌが人知れず撃退すると、本当にまるでアヒイの刺激に辟易したかのように接近がなくなる。しかしひと月あまりを過ぎると、忘れたかのように同じ形での襲来がくり返される。
何度かは屋敷の使用人により、魔獣の足跡が見つけられた。
そのたび、屋敷への兵の警護が厚くされる。夜中の見回りが行われる。
しかしまた、半月経つかどうかで警戒は解除される。
魔獣と人間、どちらがより性懲りなく反省を知らないか、分かったものではない。
それが、一年を過ぎても変わらない。
相変わらず、オリアーヌだけは接近の気配に必ず目を覚ますことができている。
機械的にアヒイをぶつけ。魔獣ももう少し突撃の工夫をすればいいのに、などと思ってしまう。
思いがけない襲撃法をされたら、こっちが困ってしまうのは明らかなのだが。
その年の暮れ、庭師のイニャスが退職した。
腰を痛めて仕事を続けられなくなった、という本人からの申し出だという。
オリアーヌとランベールにも、申し訳ない、と挨拶があった。
「これまでありがとう、だけど。これからどうするの」
「南方の町で昔の仲間が隠居しているので、そいつと同居して助け合うことにしますじゃ」
「そうなんだ」
本人の勝手ということで、子爵からは退職功労金のようなものは出ないという。
その代わりに、とオリアーヌが金子を包んで手渡した。下働きの女に訊いて、一般商店などの長期勤務者の退職慰労金として妥当かという程度の金額だ。正直、貴族家の使用人に対しては、とても充分と言えない。
「いや、お嬢様からこんなもの、受け取れませんじゃ」
「受け取って、ここは私たちの子爵家なんだから。せめて私たちから、貴族の端くれとしての誇りを捨てさせないで」
「あ……」
少し迷って、老人は深く頭を下げた。
「坊ちゃんには、もう少し恰好がつくまで教えて差し上げたかったが。とにかく少なくとも、素振りだけは続けなされ」
「分かった。師匠、今までどうもありがとう」
「お嬢様には、新しい杖を一本仕上げておいたでな。今使っているやつの替えにとっといてくれなされ」
「ありがとう」
白髭に埋もれた鼻を啜って、老人は立ち去っていった。
オリアーヌが十三歳を迎える春、子爵夫婦と息子は王都に出かけていった。戻るまで、二十日以上かかるという。用件は、邸内にも知らされていない。
もしかすると、後継ぎ息子入替工作の一環なのかもしれない、と思う。
いよいよ尻に火が点いてきた、だろうか。
こっそり、オリアーヌは現在の所持金を確認した。
イニャスに渡した金額は確かに痛いが、本来の目的から遠ざかるほどのものではない。少し前と比べて、何とか護衛代と新しい生活費に足りるのではないかと思われる。
何とか策を講じて護衛の費用を調べ、子爵の横槍が入る前に依頼を入れる目処をつけたいと考える。
これまでもある程度少しずつランベールに事情を話してきたが、この機にすべてを説明することにした。さすがに男子二人の入れ替えの可能性については本人に告げるのをためらっていたのだが、そろそろ待つ余裕がなくなってきたと思われる。
「そうかあ、あのオーバンと入れ替えられるのか」
「まだ、想像だけだけどね」
「言われてみればあの子、昔はもっと濃い髪の色してた気がするものね。僕に似せたのか、あれは」
「そうとしか考えられないよね」
「うん。でもそうすると、どうなるの。あの人たち、僕を殺すの」
「考えたくないけど、あり得ないと言えない。でもそんな露骨なことをして、王室とかに疑われたくはないと思うんだよね。急にランベールがいなくなったら、私だけじゃなく使用人たちも変だと思うだろうし」
「うん」
「とにかく危険があると思われる限り、先に何とかする手を考えたい。ランベール、私と一緒に別の町で暮らす気はある?」
「うん。姉様と一緒なら、何処でも行く」
「何処へ行くにしても、魔獣が出るかもしれない街道をどう移動するか、なの。あの人たちがいないうちに、そのための護衛を雇えないか調べてみる。あなたはこの家を出る準備をしておいて」
「分かった」
厨房の女たちに訊いて、魔狩人を雇うための協会の場所を確かめた。費用については、その相手の経験や腕前によってまちまちらしいと言う。
料理長や女たちは、そんな質問に怪訝な表情をしている。
ある程度の想像はつけられるのかもしれないが、何も言わない。この三人は完全に子爵の言いなりではないと知っているが、自分の利益によってはそちらにつく可能性もある。
この質問から想像される情報が流れるかもしれない、そのためにも子爵が戻ってきてからいろいろ考える余裕を与えず行動に移らなければ、と思う。
できるだけ早くこっそり町に行って、必要なことを調べてこよう。
そう、心に決めた。
しかし、当てが外れてしまった。
その翌日、邸内に騒めきが走った。
子爵がこの日戻る、と先触れがあったという。夫妻と息子はもちろん、客人を伴うらしい。
そんな馬鹿な、とオリアーヌは頭を抱えた。
まだ彼らがここを発って、十五日目だ。予定の二十日よりただ短いというだけでない。
王都まで片道、ムマ車で六日かかる。往復十二日で、王都には三日しか滞在しなかったことになるのだ。
そんな短期間で、用は果たせたのか?
「客人って、ミニョレー伯爵だって」
「ああ、この北の領地の領主様だね」
「何でも、うちの旦那様とは遠い親戚の関係らしいよ」
「へええ」
その伯爵が、今回の予定短縮に関係するのか。
後継者入替工作に、影響を持つ人物なのか。
疑問を持って、オリアーヌは噂し合う女たちに尋ねてみた。
「その伯爵様って、どんな人か知ってる?」
「人となりは知らないねえ」
「ここの北で、あの大きな魔の森を持つ領主様だろう」
「そうだ」料理長が口を入れてきた。「伯爵領は真ん中に魔獣が溢れるほどいる魔の森があって、領都はそのさらに先なんだって聞いたぞ。魔の森を通らなきゃ領都に行けないなんて何を考えているんだって、有名な話だ」
「ああそうそう、思い出した。そんなだから伯爵様って、変人だって有名なんだと。何でも魔獣を飼い馴らす研究や、強力な加護について調べるのが趣味だとか」
「確かに変わっているねえ」
変わっているというのは、同感だが。
だからと言ってそれが、後継者入替に何か関係するとは思えない。
無関係で偶然客となっただけなんだろうか、とオリアーヌは頭を捻る。
そうしていると、料理長に執事から呼び出しが入った。
すぐに戻ってきて、残っていた三人に声をかける。
「旦那様から追加の先触れが来て、客人の接待のために果物を用意しておけってさ。いつものお前ら三人で森に入って、この種類のをできるだけ多く、抱えられるだけ採ってこいって」
「へええ」
言って、女に木の皮に記した書付を渡している。
頷き、女二人とオリアーヌは準備をして裏戸を出た。
まだ春なので、秋ほど果物の生る季節ではない。探し回るだけで、かなり時間を要した。それでも何とかこの季節前に実をつける木の高所などに残っている実を見つけ、オリアーヌの加護で切断し女たちが前掛けで受けるといういつもの連携で、そこそこ収穫することができた。
日が傾いてきたのを見て、屋敷に戻ることにした。




