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第三十話 大切な贈り物 ①

 柔らかな冷風に吹かれながら氷河の岸を歩く三人。立ち止まったセシィが遥か遠くとなったネヴィカレド北方城塞を惜し気に見つめるココは――〈ギアド氷河湖〉


「ねぇ師匠、ほんとに良かったの?領主様に挨拶しなくて」


「えぇ、かなり忙しそうでしたし……手紙も頂きましたので」


「手紙?なんて書いてあったの?」


 達筆で綴られた手紙を受け取ったセシィは頭を抱えている。


「なんか変な事でも書いてあるのか?」


 覗き込んだトゥリオも同じく頭を抱えてしまった。


「アイツ字が汚ぇな。フランよくコレ読めたな」


 フランはやれやれと肩をすくめて首を振り、要約を始める。

 内容は簡潔だ。復興の助力は不必要との事。続けて準備が済んだら早急に発つ様にとの事。


「あれ?セシィたち、もしかして嫌われてる?早く出発しろって……」


「嫌われてたら服も宿も用意してくれませんよ」


「奴なりの気遣いだろ?今は持て成していられないから、さっさと目的を果たして来いって。まぁ多忙なのもあると思うが」


 それでもまだ惜しげなセシィにフランは彼と交わした、とある約束を打ち明けた。

 全てが終わったら、ジョエルへ花を手向けに戻る約束を。


「そっか。じゃあ、パーっと終わらせてすぐに戻らなきゃね!」


 拳を握り気合いを再注入、目の前に迫っていた小屋へと走り出した。

 一足先に着いた扉の前で早く早く飛び跳ねていると、ゆっくり扉が開き、中から大きな人影がぬぅっと現れた。


 かなりの大柄だ。巨人だと紹介されても疑う余地は無いだろう。頭部には大きな刀傷があるが、優しい糸目が厳つさを和らげている。


「どんな杖が良い?木、角、軽金、オイラに、このオリンドにかかればお手の物」


「ううん、セシィのじゃなくてね。師匠、早くおいで!」


 速足で向かうと、巨人の彼は細い目をカッと見開いた。


「銀髪のお嬢ちゃん、その杖そりゃあ〈竜骨(りゅうこつ)〉かい?」


「よくご存知で。師からの贈り物なのですが……治して頂けないでしょうか。大切な、贈り物なんです」


 難儀、オリンドの顔にはくっきりとそう浮かんでいたが、快く三人を工房へ迎え入れてくれた。

 セシィとトゥリオは囲い付きのテラスへ、フランはオリンドに連れられ作業場へ。


 今になって急に悲しさが込み上げて来たのか、目頭に涙を溜めながら杖を差し出したフランの頭を大きな手がポンと撫でる。


「すこーし待っててくれナ」


 眼窩にキズミを填め、折れ口をじっくり観察。ウームと唸り声を上げ、隅から隅まで観察を続け返って来た答えは決して良いモノではなかった。


「……そう、ですか」


「スマンな。杖接ぎの技は一通り学んだつもりだが、それでもオイラにはちと難しいナ」


 ガックリと肩を落とすフランだが、続いたオリンドの提案で表情に光が戻った。


「どうだい?一級品の素材だ、折れちまったから、お役御免じゃ勿体ないだろう?」


小杖(ワンド)に改造……良いですね!」


「そうと決まれば、新しい大杖(スタッフ)の素材選びだナ。けどその前に――」


 キラキラと瞳を輝かせるフランの横を過ぎ、通りがけに無造作に放られた釣竿を取り上げ向かったのは、セシィとトゥリオが暇を持て余しているテラス。


「精霊使いの嬢ちゃん、赤毛の(あん)ちゃん、ちと時間が掛かりそうでなぁ」


 セシィへ竿を、トゥリオには戸棚の上で埃を被っていた手持ちの掘削機を。


「この時期ここいらじゃあ、氷に穴開けて釣りを楽しむモンだ。そこで伸びてるんじゃ勿体ないぞ」


 期待溢れる二人の視線がフランへ注ぐ。


「お土産待ってますよ?」


「オウよ!」


「期待しといて良いよ!」


 急げ急げとドアを蹴破った二人へオリンドが忠告をひとつ。おどろおどろしく、仰々しく。


「ヌシ、には気をつけるんだナ」


 聞いているのかいないのか、二人は安易な返事を残し飛び出した。


「さて、取り掛かろうか。」


 大きな身体を揺らしながら進むオリンドを追い、向かったのは離れの倉庫。薄暗い庫内には所狭しと術具の材料が並んでいる。

 高級材木に角獣の角、丈夫な合金や太古の化石など素材は選び放題だ。


「どれが良いかナ?」


「そうですね……何かおススメはありますか?」


「おススメ、ナァ。ちぃと杖をもう一回見せてくれるか?」


 フランが杖を渡すとオリンドはまたじっくりと観察を始めた。杖、魔拡石に刻まれた微細な傷をも見逃さない様にじっくりと。

 二片(にへん)一対の杖をそれぞれに三往復ほど見入っていただろう。杖を返却し倉庫の奥底へ姿を消したオリンドは手に素体を二つ、戻って来た。


「随分とお転婆な使い方をするみたいだナ。この二つはそんな嬢ちゃんにはうってつけだよ」


 片方はヒンヤリと冷たく滑らかな表面で程よい重量感の軽量合金。もう一方は天然木の様な暖かみと数百年の歴史は持ち合わせていようかと言った古の獣骨(じゅうこつ)

 

合金(コッチ)は強度抜群だ。岩を殴ってもビクともしないナ」


「獣骨の方は……よくしなりますね。まるで弓みたいですね」


「何百年間眠ってたとは思わないだろ?どっちも良いモンだが欠点もあるわナ」


 万能で完全無欠など存在しない。人も動物も、当然杖の材料でさえも。

 合金は温度変化に弱い。極度の寒冷地では少しの衝撃で砕ける可能性が、高温の地域では熱され持ち主の手を焼いてしまう事もしばしば。


 一方で獣骨はと言えば、一番の懸念点は強度だ。数百何千年形を、強度を保っていたからと言って明日も健在である保証が無いのが欠点。

 喉を鳴らし、遠目に近目に吟味してみるも、フランの中にはまだ決め手が浮かばずにいた。


「実は自分で杖を選ぶのは初めてでして……良い決め方なんて、ありますか?」


「第一印象と感覚、だナ。コレだと思ったら、先ずは持ってみて振ってみて確かめてみナ」


 言われた通り素直に二種類の素体を握り、振って再確認。何度も何度も、反復して。無論、勧められた素材以外もだ。

 時間を忘れ幾つも試し続け、コレだと言う頃には登ったばかりだった太陽が真上から見下ろしていた。


「――じゃあ、コレでお願いします」


「芯に黄銅、外装(ガワ)紅桃花心木(サングマホガニー)か。強度と良い重さ、嬢ちゃんにピッタリかもナ」


 材料選びはこれにて完了。ココから本加工を経て、新たな相棒と相見える事になるのだが、その道程は長い。

 まず初めに芯材の成形、調整から。工房へ戻り、充分な熱が炉に入れば作業開始だ。


 径の調整は削っては手に、削っては手にを何度も繰り返す。外側に木材を貼り付ける分、後の握り心地まで考慮しなければならない。


「――もう少し細身の方が良いですね」


 フランのオーダーに合わせ手早くオリンドが修正を重ねていく。

 赤子を扱うよりも丁寧に、画家が描くよりも繊細なその手つきは、熟練の一言だけでは足りない美しい技術だ。


「さぁ、どうだい?」


 フランが頷き、満足気な表情を浮かべると彼は間を空けず、次の作業へと進む。

 第二の工程は湾曲を付ける作業だ。先の工程と合わせて、使用感に直結する大事な過程の一つである。


「この辺りを……そうですね。あとはココを……」


 出来る限り分かり安く、されど妥協はせずに注文する彼女に応え、オリンドは着実に完成への道を進んでゆく。

 作業を始めてから現在約一時間、杖作成において三分の一を完了していた。


「後は木材を切り出して貼り付ける。最後に好みの魔拡石を填めれば大杖(コイツ)は完成だナ」


 額に滲んだ汗を拭って作業を再開すると、オリンドはフランへ尋ねた。突に図星を突かれた彼女は、視線を僅かに逸らし返す。


「そんなに顔に出てますか?」


「だナ。旺盛な好奇心がダダ洩れだよ。んで、何が聞きたい?遠慮なんてする(こた)ぁない」


 彼の言葉に甘えフランは、当初より気になっていたある疑問をぶつけた。

 そんな疑問に彼は大層嬉しそうだ。


「なんだぁそんな事か!職人なんて奴ぁみんなそうさ。恰好(ナリ)を見れば、どんな人間か、どんな戦い方をするか分かっちまうんだナ」


「そんなものですか?」


「そんなモンさ。年季は入ってるが使い込まれてはいない杖。腰にぶら下げた貴石の短剣……精霊魔術の使い手だってナ」


 驚きを隠せずにいるフランへ今度は逆にオリンドが尋ねる。師匠からの贈り物である杖についてだ。

 彼の長い加工師人生の中で、幾度となく杖の修理を行って来たが今回の様なケースは数えられる程度しか無かったそうだ。と言うのも、大抵の魔術師は杖が破損すれば新調してしまうのが常なのだ。


 当然、思い入れ深い品の修理依頼は度々あるが、小杖(ワンド)に改造してまで残したがる者はそう居なかったらしい。


「答えたくなかったら答えんでも良い。職人なりの好奇心ってヤツでナ」


 黙り込み、暫くしてからフランは肩を震わせながら呟いた。 

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