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第三十話 大切な贈り物 ②

「殆ど残ってないんです……師匠からの贈り物」


 思い返せばそうだ。先の激しい戦いで、師匠が用意してくれた衣服もローブもボロボロになり新たな物へ。長い時間を共に過ごした家だって、気づけば自分とセシィの色に染まっていて、終いには杖もこの有り様。

 残っている物と言えば、最後に残してくれた手紙くらいになってしまっていた。


「だからせめて……この杖は、欠片だけでも傍に置いておきたいんです。全部が……無くなってしまわない様に」


 フランの震える声にオリンドは静かに返す。


「オイラが思うに……嬢ちゃんの師匠はそれを望んでるんじゃないのか?」


「師匠が、望んでる……?」


「形ある物は何時かきっと壊れちまう。杖だって服だって、それこそ唯一の手紙だってナ」


 しかし幾千幾万、幾億の時を越えても残せる物がある。作業の手を止めオリンドは、フランの胸を指差した。


「いつ迄経っても壊れないモンがソコにはあるんじゃないのか?」


「……壊れないモノ」


 会った事も、見た事も無い筈だ。だがオリンドの言葉はフランにとって師が放っていると紛う重さと優しさがあった。

 思いに、考えに、使命に縛られては欲しくない。魔術師と言う生き方にさえも。だから、だからこそ魔術師たらしめる物ばかりを残したのではないか。


 語るオリンドの姿には、パレンバーグの影が薄っすらと掛かって見えていた。


「――オイラの師匠はそんな人だったナ。死んじまう前に、自分の工房を焼いちまったくらいだ」


「悲しくないんですか?……寂しくないんですか?」


「最初こそはナ。でもオイラにゃあ、師匠の技がある、師匠との思い出がある」


 槌も鉋も、鑿(ノミ)も鋸も必要無い――いつか壊れてしまう物に囚われ前に進めないのなら。

 無数の傷跡残る大きな掌が優しくフランの頭を撫でる。


「でも嬢ちゃんはまだ若い。それこそ独り立ちにしちゃあ早すぎる位だ。決心つくまでは、大切にしておきナ」


 フランの顔から闇が失せ、オリンドが掛け直すと誰かが窓を叩いた。コツコツと軽い音色だ。


「ちぃと見て来てくれるか?」

 

 恐る恐る音の在り処を確認すると、窓の外には鷹の魔物(ファベロ)が留まっていた。右足には書状、左足には見覚えのある飾り物が付いている。

 

(この飾り……どこで見たんでしたっけ)


 記憶を探りながら、縛り付けてある紙をオリンドへと届ける。良い知らせでは無いのか、溜息と不平が漏れている。


「何か悪い知らせですか?」


 無言で返却された書状には注文の旨が記載されている。大量の術具の注文だ。差出人はカルドゥッチ商会――


「ロメオ・カルドゥッチ……フォルコスト要塞へ運搬を頼む、と」


 滞在期間二週間の内に一団にでも配備するかの如き量の術具を、作成運搬までが依頼内容だ。


「無茶を言ってくれるだろ?アイツは毎回そうなんだ……やりがいはあるんだがナ」


 とは言いつつも溜息が止まらない彼とは裏腹に、目的の思わぬ進展の兆しが見えフランはすっかり元気を取り戻していた。


「上機嫌だナ」


「はい!ロメオさんか、もう一人かに少々手を借りたくて……以外な所で、ですね」


「そんじゃあ時間を無駄にはしてられないナ」


 フランの高揚ぶりに釣られたのか豪快に腕を捲り上げる――に留まらず引き千切り、作業を急ピッチで再開した。

 瞬きの間が惜しい程に迅速な手つきだ。言うまでも無く丁寧かつ繊細に変わりは無い。全工程を見る間に過ぎていった。


 並外れた技術を持つ職人でさせも一本作り上げるのに丸一日を費やす、完全受注(フルオーダーメイド)の杖を完成させ、杖の改造まで済ませたと言うのに窓からはまだ夕日が射しこんでいた。


「どうだ?」


 新たな相棒との対面、先ずは観察だ。それはもう舐め回す様にじっくり、ねっとりと。傍から見た者が引いてしまうくらいに。

 次に触り心地、握り心地。先端から後端まで余す事無くだ。

 

 上出来。鼻と口から笑いが零れた。

 最後に満を持しての試用。工房を飛び出し、延々続く氷河の果てへ向け杖先を据える。


「――鋭光ヨ穿テ《サルラート・ヴェローチェ》」


 魔拡石から伸びる光線に何ら変わりは無い。決して強力になった訳でも、速度が上がった訳でも無い。そう、今までと何一つ変わらない。

 拍手が鳴った。ひとつ?いや二つ……合わせて三つだ。


「納得いくのが出来たか?」


「完全復活?」


 帰って来た二人もまるで自分事の様に喜んでいる。


「もう何の不満もありませんね。私の中での最高傑作かもしれません」


 フランの絶賛にオリンドは満更でもなさそうだ。セシィも魔術師としての性(さが)を抑えきれずにいる。


「師匠、みせてみせて!」


 了承など待っていられなかった。半ば奪い取る形で手にした出来立てほやほや新品の杖に興味津々だ。


「金色は黄銅?赤は紅桃花心木かな?色がまるでセシィたちみたいだね」


 順に二人を見回すと確かにそうだ。金色の瞳、燃える様な赤毛と自身の紅い瞳。

 

「言われてみると少し恥ずかしいですね……ただ――」


 フランの中で、決心が着いた。これからも――否、これからは仲間と共に歩む決心だ。


「オリンドさん。小杖(ワンド)、預かっておいて頂けますか?」


 オリンドは静かに、大きく頷き返し、間を置かず仕切り直して微笑みを浮かべる。


「さてと、ココからはもう一つの楽しみだナ」


 バンッと差し出された紙には数個の箇条書きと、最下段には数えるのが嫌になる数字列。


「これ……は?」


「そりゃあ……代金ってヤツだナ」


 もうすでに五回は数え直している。何度数えても結果は変わらない。

 一年は遊んで暮らして行けるであろう金額は変わらないのだ。


「まさか嬢ちゃん達、持ってないなんて言うんじゃないぞ?金(ラル)だよ金(ラル)」


 支払えない金額じゃない。幸いセシィの腕が某支部長に買われたお陰で、路銀は潤沢だが大金に変わりは無いし、総額の九割を渡す事になる。

 一同、財布の紐を解く手が震えていた。


「――ハッハッハ。冗談だ、冗談!本物はコッチだ」


 未だ震えの止まらない手で受け取った真の請求書には同様に箇条書き、最下段には“足下のバケツ”と書かれている。


「バケツ?コイツの事か?」


 トゥリオとセシィの足下にあるバケツには釣果が溢れんばかりに詰まっている。文章をそのまま捉えるのであれば、対価はこの魚達、と言う事になるが……。


「ソイツァ、雪魚の魔物(シェットラーノ)と言ってな。腹ん中に魔鉱石を生成する変わったヤツなんだ」


「んんー、まあそれで良いってんなら構わないが」


「良いも何も、オイラにとっちゃラルより欲しいモンさ。この辺りには鉱山が無くて、魔鉱石の値が張るからナ」


「三方良しって奴だな。二人も良いよな?」


 思いもよらぬ収穫が対価となるなら断る理由など無い。万が一にも彼の気が変わらない内にと、音が鳴るかの速さで二人は頷いた。


「これにて依頼完遂だナ。じゃあこの先も気ィ付けて行くんだナ」


「はい!オリンドさんも引き続き頑張って下さい。ロメオさんにはよろしく伝えておきますね!」


「腹と顔に何発かお見舞いしていてくれ……まったく!」


 大きな息を吐くとオリンドは工房へ戻って行った。バケツを抱えて行くその背は、闘志に燃えている様だった。


「ロメオさん?何かあったの?」


「えぇ実はですね――」

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