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第二十一話 魔術を解する者 ⑥

「なぁフラン、アレって……」


 トゥリオが指したセシィの杖には薄っすらと赤い筋が一本。引手で握る短剣からは柘榴(ざくろ)色の雫が一粒、二粒。


「準備万端みたいですね」


 しかし肝心なのはここから。

 固唾を飲み込み、三人の握る拳に汗が滲み始め――号令が飛んだ。


 漂っていたマナが揺らいだと思えば、瞬き一つに満たない間を挟み、氷の砦が屹立していた。

 観覧席からの歓声、審判席のどよめきがフランに確信を持たせてから少し、二度目の号令が飛ぶ。


 間を感じ取る事が出来たのは、ほんの一握りの人間だけだろう。号令とほぼ同時、散り散りに弾けた砦は、前方の敷石を一掃してしまった。


 会場の壁を蹴散らさんとする喝采叫喚。一通りを終え、やっと辺りの状況に意識が向いたセシィは頬を紅に染めながら、袖へと早足で退散して行く。


「アイツ、随分と派手にやりやがったな!なぁ?」


「そうですね。アレなら基礎基本と認められずとも合格は間違い無しですね」


「基礎基本が成ってなくとも、ですか?」


 フランが確信を得られた理由、それは魔術協会(かれら)が最も気にする世間の目だった。

 古く凝り固まった考えが故なのか、彼らはどうにも世の中からの評価を重んじている。だからこそ今回の様に大勢が、割れんばかりの歓声を上げる結果を自分達だけが否定してしまった時の批判を恐れ、波風の立たない選択をする。


「これだけの多くの魔術師達がセシィの技術に称賛を送った事実を……逆に言えば称賛を送った魔術師達を否定する事になりますからね」


「全て想定済みって事か?」


「いえいえ全部なんてとんでもない。まぁ少なからず、ココの魔術師(人達)に期待はしていましたがね」


「いやはや、しかし何とも――おや、皆さん掃けて行きますね……」


「受験者少なかったみたいだしな。もう終わりだろ?俺達も行こうぜ。セシィの結果を聞いてやらねぇと」


「そうですね!」


 席を立ち始めた人々に続き、会場を後にしたフラン達。外に出て直ぐ、多くの人影に囲まれる掲示板が目に飛び込んで来た。少し離れた所には、落ち着かない様子でウロウロしているセシィの姿も。


「セシィ、お待たせしました!」


「う、うん。早く見に行こうよ」


 掲示板の前までフランの手を引くセシィの指は僅かに震えていた。


「えぇと……筆記試験の合格番号ですよね?」


 小さく頷いたのを確認し、再度フランが目を凝らす。

 記載されている番号は五つ。当然セシィの番号である一も。更に、その位置は最上位。


「セシィ合格ですよ!またまた主席です!」


 飛び跳ね、声を上げ喜ぶ――事は無く、その場にドサっと座り込んでしまう。糸が切れた操り人形の様に。


「緊張解けちゃった……えへへ」


「えぇ、良く頑張りましたね、えぇ」


 フランに肩を抱かれ、トゥリオやらサンツィオに頭を撫で散らかさられ幸福の絶頂にあったセシィ。暫くその時間を存分に味わっていると次第に人だかりは散っていった。そこで何かに気付いた様で、彼女は掲示板へと駆けだす。

 

「師匠、師匠コレ!」


「合格者一番、即日協会支部へ出向く様に……」


「何事でしょうかね?えぇ」


「よからぬ事を考えてる、とかじゃねぇよな?」


「うーん……行ってみない事には分かりませんね」


 不安や不信感が真っ先に浮かんでしまったが、考えても仕方がないと一行は急ぎ協会へと向かう。と言っても同じ敷地内の様な物。それほど時間も掛からず到着した四人は、受付の人物に掲示板の内容を伝えると、早々に応接間へと案内された。

 

「少々お待ち下さい」


 残された四人が、嫌に乾く喉へお茶を流し込み数分後。幾つかの重なった足音が訪れ、ゆっくりと扉が開く。

 

「待たせてしまって申し訳ない」


 立派な髭を蓄えた白い長髪の老人が深く頭を下げ、ソファへ腰を下ろす。付き人であろう若い二人も同様に席へ着き、老人が口を開く。

 魔術協会ロザティ支部支部長ヴィンセンテ、老人はそう名乗ると続けて、今回セシィをココへ呼び出した理由を明かした。


「支援?」


「ウム。先の試験に披露した魔術、アレは紛う事無き精霊魔術。その多くが未知の魔術故、何卒支援を受けては頂けないだろうか」


 思いもよらない言葉だった。

 危ういと踏んでいた精霊魔術に対して合格、加えて更なる解明飛躍の為に支援をしたいとは。

 

 だがそれはセシィ、フランにとって言葉で表しきれない程喜ばしい事であると同時に、大変返事を返し難い提案であった。


「でも……セシィたち旅の途中だし……」


「旅、と申しますと?」


 横目で助けを求めるセシィに代わりフランが手短に、自分達が今置かれている情況を明かすと、ヴィンセンテはならば尚更と言った様子で一層熱を上げていた。


「この支援、旅の路銀や雑費如何様でも構いません。何故なら、アナタの成長はきっと新たな魔術の黎明を誘う」


 自分はそう信じている、とヴィンセンテは引き下がる選択肢を持ち合わせて無さそうだ。

 

(この方は良い意味で頑固、ですね……)


 返答を返せずに視線が泳ぐフランとセシィ。ふと目が合ったサンツィオが、そっと微笑む。


「横槍、よろしいですかな?」


 ヴィンセンテが頷き返すと、サンツィオはキリッと表情を固めた。


「先程申し上げた通り、お三方は今大切な旅の最中(さなか)。斯様な方へ、魔術の躍進等と言う重荷を背負わせるのは先人として如何なモノかと、えぇ」


 言葉では路銀や雑費と自由に使え、そうは言っているがやはり根底にあるのは躍進への期待だろうと見抜き、放った静かな怒りは老人に追考を迫った。


「……ウム、そうであるな。まったく以てその通りだ。しかしやはり――」


 彼は果然、頑固な様だ。

 支援として受けて貰えないのであれば、これはささやかな合格祝いだと革袋を机へ並べる。


「で、あれば不服は無かろう?」


 今度こそ引き下がるつもりは無さそうだ。

 コレにはサンツィオも小さく息を吐く事しか出来ない。隣のトゥリオの顔にも、埒が明かないと浮かんでいる。


「……分かった!じゃあコレありがたく貰っちゃうね!」


「ウム!身勝手で済まないが先の言葉はどうか忘れてくれ。老生は其方らの大成を願っていよう。ではな」


 扉を前に一礼、ヴィンセンテは満足に軽快な足音を響かせ去って行った。


「ったく、コレだから頑固な爺さんは好きになれねぇんだ……」


「頑固、と言うよりは好きが高じた方、でしょうかね、えぇ」


「うんうん!たぶんあの人、師匠と同じで魔術が本当に好きなんだよ」


「好き、ですか……」


「お前はあんな厄介者になるんじゃないぞ」


「アナタって本当に失礼な人ですね、まったく……まぁ何はともあれ合格出来た事ですし、旅も再開ですね!」


 旅路への軌道修正が済み、再出発へ意気込んだフラン達だったが、腰を折るようにサンツィオが待てを掛ける。

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