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第二十一話 魔術を解する者 ④

 早めの夕食を済ませ、最後の追い込みに復習を。

 練習問題も今や百発百中。一つを除いて、もう心配は要らなそうだ。


 あと出来る事は、そう。


「さぁセシィ、明日に備えて今日はもう寝ましょう!」


 食後の眠気も頃合い良く、セシィに迫っている。この機を逃すまいと、セシィを寝床へ連れ消灯。目論見通り数分後には、すぅすぅと寝息を立て始めた彼女に、そっと毛布を掛け、コッソリと部屋を抜け出し甲板へ。


「寝たか?」


「もうぐっすりですよ」


「じゃあ明日の心配は要らなそうだな!」


「そうですね。では私も今日は疲れたので、もう寝ますね」


「オウ、俺もセシィに付き合ってヘトヘトだ。甲板(ここ)で居眠りする前に、部屋に行くとするぜ」


 手を振り交わし、二人は床へ。

 万全故の解れと、貴重な経験の数々が誘った微睡みに抗う事無く、そのまま熟睡。再び目を開けたのは、朝日が薄明るさで空を染める折り。


 掛物を除け、一足先に身支度を始めるフラン。

 朝日が上り切る頃、物音に気付きセシィが目を覚ます。


「おはようございます」


「おはよぉ……なんじ?」


「七時五分前。遅刻の心配はしなくて――」


 すんでの所で言い留まったフラン。焦りを覚えるが、未だ夢と現を行き来しているセシィは何食わぬ顔のまま。

 気を取り直し、彼女の布団を剥ぎ取り、(コチラ)へと連れ戻す。


「ほら準備しないと遅れますよ!」


 厭々ながらに寝床を這い出したセシィの着替えを待つ間に、フランは自身と彼女の荷物を用意。

 そうこうしている間に、乗組員達もトゥリオも起床。着々と朝食の準備が進んでいる。


「ししょー、着替えたよぉ」


「じゃあ、朝ごはん行きますよ」


 艇内で迎える朝食も二度目となれば、もうこのバイキング形式も慣れたものだ。

 好物のみをが並ぶセシィの皿を横目に、盛り付けるフランの皿も無論好物ばかり。漏れなくトゥリオも同様に。


 皆が席に着き、声が揃えば朝食の開始だ。

 雑談やら、今日の予定が行き交う賑やかな時間。ようやく目が覚め、緊張に潰されかけていたセシィはお陰で程よくリラックス出来ている。


「よしっ、お腹もいっぱい、頭も冴えてる!イケる気がするよ!」


「良いぞその調子だ!だが、もうそこら辺にしておけ」


「そうですよ」


 三度目のおかわりと、席を立ちかけたセシィを物の見事に二人が阻む。


「腹が減ってはなんとやらだよ?」


「食べ過ぎてお腹が痛いんじゃ、戦も何もありませんよ」


「しずかぁーな中でトイレ行きたいですは、恥ずかしいぞ?」


 思いの外、トゥリオの言葉が堪えた様だ。

 大人しく椅子に座り直し、静かに両手を合わせて食後の感謝。


 最後の最後でこの後にのしかかる緊張を先取りさせてしまったみたいだが、充分にリラックスした朝食だった。


「じゃあ、そろそろ行きますか」


 三人揃って後片付けを済ませ食堂を後にしようとした時、ひと足遅れで珍妙な装いの人物が一人。


「サンツィオさん、何ですかその恰好は」


 その言葉を待っていましと、サンツィオの解説が始まる。

 一言目から聞く耳を持っていなかった三人だが、途中に混じっていたセシィの名で聞かざるを得なくなっていた。


「オイちょっと待て。つまりその恰好で試験会場まで行って、尚且つ応援すると?」


「えぇ、勿論!その為に南の民族から取り寄せた伝統衣装ですからね、えぇ」


 今サンツィオが見せている小躍りは、この衣装を纏った際に行う何らかの伝統舞踊だそうだ。彼が言うには、戦へ向かう戦士を鼓舞する踊りらしいのだが……。


「そろそろお腹いっぱいかなぁ……情報量が多すぎてめまいがして来たかも……」


「ほら言わんこっちゃねぇ」


 残念そうに渋々大人しくなったサンツィオ。

 彼なりに考えた緊張を解す為の作戦だったそうだが。


「緊張は解けても恥ずかしさでそれどころでは無くなりますね……」


「えぇ、えぇ、そうですか……」


 哀愁漂わせ、トボトボと去っていく背中へセシィが一言。

 

「早く着替えて来てね。外で待ってるから!」


 迅雷の勢いで自室へ駆け出したサンツィオを一旦見送り、三人は外へ。間も無く“マトモ”な恰好のサンツィオが合流。


「では、行きましょうか」


 気合十分、戦意高揚、いざ試験の会場である魔術協会の支部へ。

 厳粛で息苦しさすら感じる空間と、品格滲み出る数多の魔術師たち。


「皆様、セシィさんよりか一回り位年上に見えますね」


「【解者】の格は、より危険な任務にあたる事が出来るかどうかの分界みたいなモノですからね」


「精神的にも身体的にも成熟した者達が多いと?贔屓じゃねぇが、セシィのツラが一番の経験者って感じだぜ」


「そりゃそうですよ。【正方】の中でセシィ程に実戦を経ている人なんて、そう居ませんから」


 何気ない会話の筈。しかし今までのどんな言葉よりも、フランの一言はセシィの心を鼓舞していた。

 経験は何ものにも勝る知識。旅のこれまでを振り返ったセシィには一つの緊張も残っていなかった。


「よぉし!頑張って来るね!」


 元気いっぱいに駆け出したセシィを、三人の声援が押す。

 やがて、あれだけ居た魔術師達も皆一様に一つの部屋へ。フラン達同様、激励に訪れた者達だけが残る静かな場に、紙をなぞる音だけが微かに響く。

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