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第十七話 あの時わたしは ②

 ◇◇◇◇◇◇


「――お二人とも、くれぐれもお気を付けて」


 フラン、パレンバーグを見送るリディアの指先は震え、目には隠しきれない心の痛みが浮かんでいた。

 しかし、二人の胸中が変わる事は無い。不動こそが最悪の結末を招くのだから――大扉の目前、二人はリディアへ一礼、翼獣へ飛び乗り目的の地へと発つ。


 野を越え、森を越え、丘を越え。続いた緑地はいつしか白銀混じる斑の地へ。暖風は突き刺す様な冷気へ。

 気付かず舟を漕いでいたフランも寒地の装いに包まれていた。


「フラン、そろそろ到着だよ」


「……んん、はい師匠……」


 フランの眠気眼に映った聳え立つ山々。

 裾から頂までが満遍なく真っ白に染まった連峰の内、一座の岳へと目掛け高度を落とし、影が躍る砦へと。


〈ベリトーソ連峰 フィニガーレ岳〉


 二人の男がフランとパレンバーグを出迎えた。

 “威厳”がにじみ出る両名の感謝により迎えられた二人。すぐさま現状の把握を、と幾つかの質問を投げるが、返答は却下される。


「頼みの綱……冷えて身体を壊されては困るのでね。中で話すとしよう」


 暖炉の熱がこもる砦の中、フランとパレンバーグは些か過剰にも思えるもてなしを受けた後、やっと本題へと歩を進めた。

 数日前の戦況、現状、そして予想されるこれからの衝突。


 全てが二人の顔を強張らせていた。

 しかし、地獄の様な惨状は覚悟の上。一にも二にも、争いを収める事が先決と、パレンバーグが一つの案を提示する。


「ほう、それならば敵方の士気を削ぐ事は可能だろうな。たとえ一時的だとしても大きな効果が期待できる」


「ですが、決行までの一瞬には味方が……それに、少々残虐なのでは?」


 パレンバーグと二人の男、多くの意見が交じる中、場を決するであろう一言。


「バイアルド殿、パスカル殿……両師団長、ココは戦場だ。犠牲は付き物……それは味方(コチラ)敵方(アチラ)も」


 バイアルド、パスカル、衛兵団の師団長を務める両名からは、その一瞬だけ威厳が消え失せた。

 数分の静寂、両師団長にも決意と覚悟が宿った頃、案は作戦は決した。


「パレンバーグ殿の言葉通りです。今の膠着状態が解けた瞬間なら被害も最小限に抑えられるでしょう……バイアルド、異論はありませんね?」


「無論だ。だが――」


 バイアルドの鋭い視線がフランへ向いた。

 戦場(ココ)には相応しくない少女へ放たれる前に、パレンバーグが制する。


「経験の為……この子も【解者】の格だ。迷惑を掛ける事も無いし、自分の身位は守れるさ」


「――かわいい子には、なんとやらのつもりですか?……まぁ良いでしょう。ココが戦場である事を理解しているのであれば」


 後は頼みますと残しパスカルは、部屋の隅で気配を消していた部下の言伝に耳を傾けに席を立つ。

 立ち込め始めたピリつく雰囲気に身を乗り出すパレンバーグと、釣られ腰を上げるフランだったが「それぞれの役目を」とバイアルドの制止を受け、二人は如何なる戦況であろうと見渡せる高台へと連れられた。


「動きは先の通りに。それと、ココが戦場である事を胸に刻んでおく事だ……分かったなお嬢さん?」


 変わらぬ鋭い視線にフランが少し怯えた様子ながらも小さく頷くと同時、一人の魔術師が三人へと歩み寄る。


「師団長お疲れ様です。このお二方は?」


 バイアルドは手短な紹介と共に、二人の役目を魔術師に伝え終えると、張り詰めた空気に包まれる前線へと踵を返した。彼の背が視界から消えた頃、魔術師が口を開く。

 飛び出したのは、南方からの遠征に対する感謝と、休息を促す言葉。


「団長からお聞きとは思いますが戦況は膠着状態。何かあれば直ぐにお呼びしますので、それまで身体を休めておいて下さい」


 魔術師の言葉に甘える事にした二人。簡素な天幕と揺れる焚火に体力を分けて貰い、万全を期そうとの心構えであったが、戦況は瞬く間に動き始めた。

 響き渡る爆音、立ち上る硝煙。間も無く魔術師が二人の元へ駆け付ける。


「動き始めました。位置は観測台より南西、数分後には対敵します」


「分かった。行こうかフラン」


 重々しい足取りのパレンバーグに手を引かれるフラン。彼女の心臓は石造りの観測台の内部に反響するかの如く、大きく速く脈打っていた。

 弾け飛びそうな胸を抑えながら登り切った螺旋階段の先、遠目に映る世界は既に地獄と化していた。


 刃が肉を斬り裂き、砲弾が四肢を散らし、灼熱と極寒が精神を壊し、瞳に映らぬ衝撃と突発する白波が蹴散らす。微塵の慈悲も無い世界を目にパレンバーグはフランへ言う


 確と目に焼き付けなさい。


 齢十一の少女が瞳に映すには、余りにも惨たらしい景色の筈だが、師の言葉は彼女の両眼を火花散らし合う最前線へと縛り付けた。

 心に準備をさせる暇も無く、地獄は更なる惨状へと姿を変え始める。


 パレンバーグの放つ魔術一つ一つが確実に命を無造作に千切る。戦意の有無、罪の有無など関係なく只管に――(ただ)一つの情も沸いていないかの様に。

 撤退も進軍も許さぬ圧倒的で一方的な火力。紅蓮の焔、透徹な氷塊が命を貪る時間は一瞬ながら、フランには永久を体験させていた。


 師の言葉通り、漏らす事無く目に焼き付けるべく、自身の中で時の流れすら変えてしまった彼女を“終わり”を告げるパレンバーグの声が現へと引き戻す。


「フラン、何を思い何を感じた?」


「……残酷です……それに魔術師が掲げる“全の為”にも反しているのでは、と」


「そう、そうだね……少し質問を変えようか」


 パレンバーグは問う。

 魔術を行使する事によって何が起きるのか?


 フランの答えは言うなれば教科書通り、まさに模範的な回答だった。

 壊魔粒子の発生、整流されたマナによる自然、世界への好影響……魔術を扱う者であれば誰もが知る常識。


「その通りだね。じゃあもう一つ――反魔術思想が強まるとどうなるか?だ」


 フランは頭を抱え、自信を持てずにいながらもポツリポツリと答える。

 魔術の使用頻度減少、果ては魔術の消滅。至るまでは魔術師への弾圧など。


 微動だにしないパレンバーグの表情を伺いながら、思い当たる全ての可能性を上げきった時、明かされた。

 パレンバーグが残酷を承知で命を刈り取った理由を、師が惨状と知りながらフランを戦場(ココ)へ連れた理由を。


「魔術の存続こそ、自分が戦った理由だよ。今は違くても何時かはフランの言う通りになってしまう。それを見過ごす事こそが――」


 “全の為”から外れてしまう。

 未だフランは理解できずにいた。


 思想の相違はあれど同じ人間。殺さなければ背き、殺せば全の為。

 思考の堂々巡りが続く彼女へ師から糸口が授けられる。


「なぜならば――」


 ◇◇◇◇◇◇


「――ラン……フラン!」


 ふと目を覚ましたフランの眼前には金色と碧色の瞳。微かにかかる影を見て「大丈夫」と一言、夢幻の世界から現へと立ち戻る。


(そうか、あの時私は既に……)


「オイ、本当に大丈夫か?」


「あんまり顔色が良くないような……」


「――大丈夫ですよ。大丈夫です!」


 二人の瞳に、面持ちに影は掛かったままだが、それ以上に不安を口にする事は無かった。


「じゃっ、早いとこアスク村まで戻ろうぜ」


「お腹も空いたしね!」


 口を開く前にフランの腹からは虫が返事を返した。

さて、これにて一先ず一章完結となります。

続く二章はただ今執筆の為、直ぐには公開できないかも知れませんが、一章を楽しんで頂いた方々は気長に待って頂ければと思います。

因みにプロット自体は完成していますので、所謂完結保証と言うものですね(笑)

それでは引き続き、当作品をお楽しみ、お待ち頂ければ幸いです。

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