第十八話 高級食材? ①
シェマルチ草原はアスク村。研鑽を積み、全を知り、果ての再会を経て戻ったこの村。次なる目標を胸に日光の下、背を伸ばす三人が捉える、青々としていた草原地帯に混ざり始めた茶色の斑は、グランオリバ出発から流れた時間を感じさせる。
「出発前に腹ごしらえとしましょうか」
「じゃあいつもの場所だね!」
一行は空っぽの胃袋を抱え、村を訪れてからのお気に入り店〈モルト・デリ〉へ。
扉を引き、迎えてくれるは何時かの不満げな視線が未だ印象に残る店のオーナー。席への案内と、最早お決まりとなっていた一言を。
「割れた食器と雑な盛り付けで良ければ楽しんで行ってくれ」
根に持っている、そんな口調では無い。こんなやり取りももう数え切れない程に繰り返したが故、一笑いの後それぞれが好みを注文。
変わらない見た目、変わらない味、しかし三人の表情だけは普段と違った。
「何だ?今日の味は納得いかないってか?」
少しばかり高圧的な口調ではあるが、オーナーの人柄に触れ続けた三人にとっては茶飯事の会話に過ぎない。だからこそ、満足と共にココを発つ事実を明かす。
「そうか。チョット寂しくなるな」
髪を掻きながらオーナーは惜し気に思い出話を漏らし始めた。
初来店の冷ややかな視線がいかにして、こうまで語らう友人同士のソレになったのか。最中、彼は少し勿体ぶりながら、かつ後ろめたさを覗かせながら、三人へと提案。
「食材の調達、ですか?」
「色んな料理を振舞ったが、実は一品だけ出せてなくてな」
そんな一品とは、彼の誇る至高の逸品だそうだ。
だが、惜しい事に使用する食材の調達が困難を極めるらしい。
「で、何の食材だ?蛙の魔物か?それとも粘体族か?」
「――卵だ。蠍の魔物の、な」
高級食材の言葉が三人の頭に浮かぶと同時に、今の今まで提供されなかった訳を理解した。
蠍の魔物、一料理人が相手取れる魔物で無い上に卵を求めるとなれば、その難しさは言葉に表す迄も無い。何しろ産卵期でこの上なく獰猛になった母個体から子を強奪するのだから。
「まぁセシィたちなら一回戦ってるし大丈夫でしょ!……でも師匠はいいの?」
「急ぐ旅ではありませんし。師匠にも言われましたしね!」
「遊びや学びもって事だな。じゃあそうと決まれば――」
出発前の腹ごしらえを至高の逸品で締め括るべく三人は高級食材を目指し草原へ飛び出す。
「前に戦ったとこ行ってみようか?」
「イマイチ覚えてないので案内お願いできますか?」
まかせて!と胸を張るセシィを先頭に一行はかつて、相対した地へ。
到着後は互いの声が届く程度に散開、可能な限り索敵網を広げた甲斐あってか、目標であるフォーピオーネとその住処はいとも容易く発見できた。加えて住処には本命である卵も幾つか姿が見える。
「師匠、リオ兄今ならそっぽ向いてるしチャンスかも」
「みたいですね」
三人は頷き合い、再び散開。魔物の視界に映らない三方向から住処へ忍び寄る。息を殺し気配を殺し、慎重に慎重に接近し、更にもう一歩。
乳白と若葉色の縞模様が美しい卵に手を伸ばす。
その後は一瞬の迷いも無く逃走。ひたすらに魔物が索敵可能であろう範囲から走り抜ける。
特異とも思える状況に気付いたのは三人同時だった。
余所見をしていたとは言え、人間三人による我が子の強奪を感知出来ない魔物などそうは居ない。しかし現に、フォーピオーネは振り返る素振りも、追い迫って来る素振りも見せない。
イレギュラーである事に違いは無いが、同じくチャンスである事にも違いは無い。
三人は考える事をやめ、村へと走りぬき、オーナーの元へ直行。心躍らせる調理が始まった。
弾ける油の音色、ハーブと相まったかぐわしい香りに滴る涎を飲み込み、待ちに待った実食。
「さっ、蠍の魔物の卵オムレツだ!」
鮮やかな黄色に混ざる賽の目状の緑と赤がコントラストを生む、見た目だけでも満足な逸品。
一斉に手が伸び――表情が固まった。一人を除いて。
(……逸品……え、コレが?)
両脇へ瞳が泳ぐフラン。一方では同様に、もう一方ではこれ以上と無い満足さが面に表れている。
作り手の前、無作法とは承知ながらも一方へ……セシィへ忍び声で尋ねる。
返事の代わりに些か潤んだ瞳がフランへ向いた。時を同じくしてフランとセシィの手が完全に停止した。
「どうした二人とも?食べないのか?」
二人の脳内に“好機”の二文字が浮かんだ。
「えぇ……チョット、あんまりお腹空いてないかなぁ……なんて……」
「うんうん……さっきご飯食べたばっかりだからさ……」
トゥリオは満面の笑みを浮かべた。
「仕方ねぇなぁ!俺が食っちまうぞ?」
仕方無い、そうは言いつつもトゥリオは二人の返答を聞く前に皿を奪い取っていた。平らげるのにも時間は要さなかった。
「――いやぁ最後にこんな美味いモンを……旅の糧になる事間違いなしだな!」
「……喜んでもらえたのなら良かった。またいつでも寄ってくれよ」
「オウ!よっし行こうぜ二人とも」
逸品?への満足故か珍しくやる気に満ちた様子で席を立つトゥリオ。追って、店を後にしようとしたフランとセシィはオーナーに引き止められる。
「どうしました?」
開口一番、陳謝と深い深いお辞儀。
二人は自分達の舌が異常で無い事に安心し、特異な状況だった理由を解した。
「育てても産まれて来ない卵だったから追って来なかったんだね」
「本当にすまないね。本来ならば繁殖期真っ只中の有精卵が必要だったんだが……」
「繁殖期真っ只中……なるほど、高級食材と言われる訳ですね」
一通り魔物の生態面にも精通していたフランは改めて納得したが為、少々悔しさが込み上げていた。
本来ならばある筈の凶暴性が無かった“特異な状況”に気付けなかった現実。
“苦い”思い出としてフランの全身に刻み込まれる事となった。
「ま、俺が言うのも何だが、これに懲りずまた顔を出してくれよ。そん時はサービスするからな」
「分かりました。じゃあその時は美味しいのを頼みますよ!」
再会を誓う握手を交わし外へ出ると、先程のやる気をどこかに捨てて来てしまったであろうトゥリオがしゃがみ込んでいた。
「おう二人とも……どうしたんだ?」
「いや、まぁ別に……」
「リオ兄こそどうしたの?さっきまであんなに元気だったのに」
どうやら次の目的地を思い出したらしい。加えてその目的地を自身が提案した事に絶望していたとの事だ。
「別に良いんですよ。火山を迂回してベリトーソ連峰から北へ向かうルートもありますし――」
「いや断る!距離が何倍になるんだよ……まぁ良いや、身から出た錆ってヤツだな」
「どっちにしても暑いの耐えるか、遠回りするかだけどね!」
「では火山を抜けて、トランテ平野から越境する道で構いませんね?」
諦めた様にトボトボと歩き出すトゥリオを追って再び北への道程を進み始める。




