第十話 崩落事故 ②
天井が鳴動している。響く低音と共にパラパラと小石が降り注ぐ。
「長居は出来ませんね。セシィ急ぎますよ!」
杖先へ灯した光を頼りに、曲がりくねった通路を急ぎ足で歩む。
鳴動が鳴り止むどころか増している中を進んだ先には分かれ道。一方には僅かな光、もう一方には――
「師匠、声が……」
「呻き声ですね。コッチにしましょう」
二人は声のする方へ。そこから更に足を止める事無く数分。幾つかの影が現れる。
ゆらゆらと揺れる影、それは形こそ人間だが、様子は只ならない……。
「助けに来たよ、大丈夫?」
影に駆け寄るセシィの背後でフランは震える唇を噛み締め、爪先に指先にグッと力を入れる。
「大丈――」
「セシィ!伏せて!――灼キ穿テ」
影の眉間を熱線が貫く、続けざまに放つは猛火の旋風。揺らめいていた影は跡形も無く姿を消す。
「まだ来ますよ、立てますか?」
「うん大丈夫だよ」
背後に正面に、怪しく光る瞳が並ぶ。返り血を浴び悍ましく姿を変えた作業員“だった”者達。
(この数、悔しいですが生存者は多くありませんね)
「セシィ、隙を作って下さい。一気に仕留めます」
「分かった……行くよ?――焔塵乱レ舞エ!」
「完璧です。火柱乱立セヨ」
灼熱を帯びた無数の塵が視界を奪い、地を破り突き立つ炎が壊触を焼き払う。
最善、そう分かっていても虚しく崩れる炭片を前に二人の胸は強く締め付けられる。
「怪我はありませんか?」
「うん、だけど……」
一安心、とすら言える状況では無い。
足を踏み入れた当初から止む事の無い、地鳴りとも山鳴りとも言えない低く不気味で不快な音、何かが地中を這い回る様なソレは、まるで二人を追っているかの様だった。言い知れぬ違和感と恐怖は二人の身体を強張らせている。
それでもまだ生存者が皆無となった訳では無い。
互いの手を握り締め、再び歩き始める。
「行きましょうか」
息吹も感じられない暗闇に荒い吐息を反響させながら奥へ奥へと突き進む。諦め、断念、そんな言葉に押しつぶされそうになりながらも、助かる命が有るならと。
「師匠、あれって」
立ち止まり、セシィの指す方向には人影。ローブを纏ったシルエットを見るに、正体は言うまでも無いだろう。
「アナタが作業で訪れた魔術師ですね?」
「……だ、だったら何だって言うんだ?」
フランは冷静、平静に放つ。相応の罰を受けて貰うだけだ、と。
返って来たのは、二人を射殺さんとする鋭利な眼差しと低い怒号だった。
「仕方ありませんね。セシィ、精霊魔術の使用は禁止ですよ?命を奪って良い相手ではありません」
「じゃあ、さっきと一緒でセシィはサポートだね!」
三本の杖、三つの魔拡石の射線が交わった瞬間、空気が震えだす。
冷気と熱気が押し合い、眩い光が乱れ飛ぶ。相手は【解者】の格を持つ魔術師、制限に加え【正方】であるセシィは押されているが、僅かな隙間を縫ってフランが牽制を行う完璧な連携により、危なげ無く戦闘は続く。
フランとセシィには余裕の表情が現れ始める。
故にフランは確信を得る。
(マナと魔力の扱いが荒すぎます……やはり)
確信と共に彼女はセシィへと目くばせを……“終わらせる”合図を。
サインの返事は点頭一回、セシィは杖を手放し勢いよく突進していく。
「なっ!」
「優秀な魔術師は魔術だけに非ずってね!師匠、やっちぇえ!」
「先ずは魔術を完璧にしてからですよセシィ?――雪華着氷ニテ凍テツケ」
移動の為の足、杖を携える為の手、詠唱を行う為の口元が凍り付く。文字通りそれは手も足も出ない状態だ。
「さて、聞きたい事は沢山ありますが……」
その場にいる三人、全員の身体が硬直する。
先程までとは違う音……轟然とした咆哮が木霊する。
「セシィ、防御魔術を」
フランの表情から余裕が消え失せる。
魔力を操作する余地が消えたのか、それとも意図的か、動きを封じていた氷がジワリと溶けだす。壁が揺れ、唸る。
ピシッと音を立てながら生まれた一本の亀裂、その周りがみるみるうちに崩れ始め、奥から遂にその姿を顕に――
「セシィ!」
「うん!輝々鏡壁・万物ヲ反射セン」
展開される光の壁。しかし、迫り来る“ソレ”の攻撃から逃れるには僅かながらに範囲が足りない。
位置の修正、再発動はフランを以てしても不可能。ならば手段は一つと、フランはセシィそして魔術師の胴に腕を回し、力一杯引っ張る。
幸いにも“命ばかり”は無事な三人。そう命ばかりは。
滝の様に溢れ出す朱、地面に転がる杖を握った拳。
「――落ち着いて下さい。セシィ防御を絶対に解かないで下さいね」
動転し、青ざめているセシィに柔らかな声を掛けるフラン。そんな彼女の膝元では、魔術師が少しあどけなさが残る顔を苦悶に染めている。
「うで……腕が……いや……だ」
目と鼻の先に構える巨躯の魔物、錯乱一歩手前の少年、混沌が渦巻き始めた空間ながら、フランは冷静に放つ。




