第九話 贋作と大商会 ②
一同の脳天に不意な一撃がお見舞いされる。
彼が放ったその名、ロメオ・カルドゥッチと言えば、先程名前が出たサンツィオと並ぶ大陸二大商会、カルドゥッチ商会の会長である人物だ。
「じゃ、こんな所で話すのもあれだから、場所を変えるか?」
呆然からなんとか持ち直したフランとセシィはロメオの背を追い始めるが、あまりの衝撃故にトゥリオは未だその場に立ち尽くしている。
「リオ兄、はやくー!」
「兄ちゃん、指輪買うの?買わないの?」
「……おぉスマン、買わせて貰うぜ。ほら代金……おーい待ってくれ!」
急かされたトゥリオがやっと我に返った頃、三人は寂れた喫茶店を前に、手を振っている。そうして、息を切らしながら彼が合流した所で、本題へと――
「ザックリとだが、俺の見解も含めて、今の状況を話すとしようか。先ずさっきの“サンツィオ商会”だが――」
意外な事実。彼は同じく二大商会であるにも関わらず、贋作の出所はサンツィオ商会だと疑っているらしい。
所謂、ライバル関係にある両者ではあるが、この贋作問題が広がり始める以前は物品の仕入れ、土地の購入などを互いが連絡し合い、適度に友好な関係を築いてた。
しかし、この一件が噂になり始めた頃から、会長含むサンツィオの一団からの“とある”連絡が途絶えた。
「土地の購入についてな……土地は商売に大きな影響を与えるからな、綿密と言える程に話の擦り合わせをしていたんだがな。今じゃ文字通り皆無でな」
「土地の購入?商会は買った土地になにか保管したり、何か建てたりするんですか?」
用途は様々だと言う。彼女の言う通り仕入れ品の保管は勿論、店舗を新設したり製造所を建てるなどが主だそうだ。
「サンツィオ商会もデカい商会だろ?それなら怪しむ理由にはならないんじゃないか?」
「俺もそう思ってはいたんだがな……暗黙の了解ともいえる連絡は互いの成長を妨げる事にもなる。サンツィオはまだ若ぇから、野心があるのは分かるんだがな……」
ロメオはそう言いながら、これは秘密ですと言ってる様に封がされていた書類の包みをテーブルへ乗せる。
それは商人が日々漏れずに付ける帳簿だが、初見の三人には何が記されているのかはさっぱりだった。
「見ての通り帳簿だ。極秘に入手したサンツィオ商会の土地に関する情報が載っているモンだ」
正直説明されても購入と売却の履歴くらいしか分からないが、フランはある一か所に違和感を感じ取っていた。
「土地の購入と……それから新規の建設……全部倉庫ですね」
「そうだ、俺はそこに目を付けたんだ」
「と、言いますと?」
疑い始めてからと言うもの、ロメオは事細かに商会を調査していたそうだ。
サンツィオ商会は代々、主に富裕層を相手として上質な宝飾品や服飾品を扱っていた。故に大量の在庫を抱える事は無く、必要な分のみを仕入れ、捌くと言った体制であった。
しかし、それが今ではこの様に大量の倉庫を建設している。
では、そこに保管する在庫は一体、何をどこから仕入れているのか?――
「ついでにコイツを見てくれ。顧客、直接取引を行う所謂上客のリストだ」
「アンタ見た目通りか?かなりグレー、いや黒い事もやってるな?」
トゥリオの悪い笑みにロメオは、良いから早く目を通せと彼の視線を掃う。
リストには数年前から、現在までの取引先が記されている。流し読みで目を通す一行は、同時に何か引っかかりを感じとる。
「お客さんあんまり変わって無いね?逆に少し減ってるかな?うーんでも、最初の方に書いてないお客さんには大量に……」
ロメオの指が快音を打ち鳴らす。それこそが疑惑を掛けた決め手との事だ。
「そうか!あの店!高級品を扱う店とは思えないが、腕の良い職人の意匠が大量にあった!」
「そう言う事だ。辻褄が合うだろ?大量に贋作を仕入れる、その為に多くの倉庫が必要……俺の勘違いならしっかりと罰は受けるつもりだ」
「確かに合点はいきますが、どうやって真実の確認を?」
「――忍び込むんだ」
真剣な表情、悪だくみや悪ふざけの類では無いみたいだが――
「えぇー、無断侵入は罰金刑だよ?師匠、ダメだよね?」
「そうですね。それにここまで確信に近い情報を掴んでおきながら、何故魔術協会を頼らなかったんですか?」
「相手は大商会だ、相応の情報網は有るだろうからな。大きな動きを取るにはリスクがデカ過ぎる」
「納得は出来ます、ですがやはり侵入は……」
ロメオは本気の様だ。仮にフラン達の身に何かあった時は、己を犠牲にしたとしても悪いようにはしないと。
見た目こそ“あれ”だが真剣で偽りの無い澄んだ瞳。三人の意見は一致したみたいだ。
「分かりました。トゥリオさん分かってますね?セシィは“何か”あった時の為に一先ず待機ですね」
「ありがとよ。これじゃあ、どっちが依頼者か分かんねぇな!じゃあ作戦会議といくか!」
まだ太陽は頭の真上にその姿を見せている。時間の余裕は十二分、たっぷりと綿密に計画を練り始めた一行だったが、一歩間違えば衛兵との強制デートが待っている。
時の流れを忘れ、気づけば外を照らす灯りは街灯だけになっていた。
「……こんな所か?」
「時間をかけた割には随分と単純な作戦ですがね」
「師匠、本当に大丈夫?」
一抹の不安は残すものの単純で明快な作戦へと落ち着いた。
しかし“三人”にはまだもう一つ問題が……。
「さてフラン、セシィ、今夜はどうする?また埃塗れの宿は勘弁だぞ」
「なんだお前達、泊まる所無ぇのか?無けりゃ俺等の飛空艇でもどうだ?」
「正確に言うと――」
「無い!散々探し回った結果、見つからなかった!」
言葉のそこかしこを不自然に強調しながら放つトゥリオの姿。レグミストのボロ宿がよっぽど記憶に残っているのか、以来宿屋選びは特に慎重だった。
「よっしゃ、じゃあ俺達の城〈ルーチェランツァ号〉へ案内しよう!」




