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第三十一話 幾つかの問題 ①

「リオ兄大丈夫?」


「……大丈夫だと思うか?……見てみろよ、俺の軌跡があんなにも……」


 ぐったりと魔動力車の後部座席で車外に身を乗り出すトゥリオの口元まで道が出来ている。赤や緑、黄色に茶色と粘性で酸臭漂う液体でだ。


「カッコよく言ってるけどそれタダのゲロだよね?」


「いいや、俺が必死に生きた証だ」


「ハイハイ分かりました分かりました。大体元はと言えば――」


 時を遡る事四日、オリンドと別れた後でモルカト乾燥地の関所ヘ到着した頃の出来事だ。

 連日の働き詰め、歩き詰めで疲労が溜まりに溜まっていた一行は徒歩以外の移動手段を探していたのだが、極度の乗り物酔いをしてしまう一名のせいで、中々足を休められずにいた。


 夕暮れ時にもなれば、もう足は思う様に動かず、気力も底を付いてしまっていた訳で、遂にトゥリオが決断を下したのだ。

 悩みに悩み、譲歩に譲歩を重ねて更に百歩ほど譲った結果の一大決心だった。


「なぁ、もう車で良いからさ」


 彼にとっての地獄の始まりはソコからだった。とうに体力など底にうっすらとも残っていないのに、今日まで苦しみを耐え抜く羽目になったのだ――


「あのなぁ一体俺が誰の為に、こんな思いをして、オロロロォ」


 まだまだ道は続きそうだ。二人が思った矢先、鼻詰まり声の運転手が到着を告げた。磯の香り、賑やかな売り声響くココは〈フォルコスト要塞〉だ。

 今まで訪れた人、この先訪れる人々も皆口を揃えるだろう。コレが要塞なのか?と。


 名前通りの仕事をしていたのは数百年も昔、大陸が、世界が地位と名誉のため奪い奪われの大戦を繰り広げていた頃だ。

 それはそれは大層な健闘だった。ココ、大陸南西部へ攻めて来る外敵を、唯の一度も敗する事無く打ち散らし続けて来たのだ。


 言うなれば獅子奮迅の大活躍。故に人々はこの名を後世へと残した。残存する面影が辺りに散らばる遺跡群となった昨今まで。


「――オホン……」


 見惚れている三人に運転手が催促の咳払い。フランは慌てて財布を取り出した。


「失礼しました……ではコチラで。ありがとうございました」


 長時間走り通しの心付け、何がとまでは言わないが迷惑料を込みで支払いを終えると運転手は颯爽と帰路へ就いた。くたびれた様子が一変、ハリとツヤが蘇っていた。


「ではロメオさんを探しましょうか」


 張り切ってみるも、それどころでは無い者が一名。しばらくはまともに歩けそうもない。

 幸い、この地が近年観光地として注目されているお陰か、見れば見るほどアチラこちらに宿泊施設や休み処が建ち並んでいる。


 セシィにトゥリオを任せフランは一人、ロメオの捜索へと繰り出した。

 見当こそ付いてないが悪漢を絵に描いたかの様相、派手な毛色に奇抜な髪型、何より彼が居るのであれば、嫌でも目を引く飛空艇がある筈だ。時間を掛けても隅々まで要塞を回れば発見出来るだろうと極浅い考えで先ず向かったのは海に面した勢留(せどめ)


 沖より押し寄せる大軍を万の兵で迎え撃つ場所なだけあって溢れる観光客、飛空艇を以てしてもまだまだ余地が――飛空艇を以てしても。

 フランの勘は冴え渡っている様だ。群衆に紛れて橙色の鶏冠が上下に躍っている。機を逃すまいと、鶏冠の方へ急ぐとあったのはやはり彼の姿だった。


「ロメオさんお久しぶりです!」


 突然の呼び掛けに目をパチパチと瞬かせてから数秒、記憶が呼び覚まされたロメオはフランの手を握り、これでもかと上下に振る。


「どうしたどうした嬢ちゃん。こんな所で奇遇じゃねぇか!」


 再会の挨拶も程々にフランは早速本題へと踏み込んだ。アレからの事も交えつつ今後の展望と行き付く先も含めて。

 答えは何時ぞやと同じだった。


「手伝い?勿論良いですよ!私達に出来る事なら何でも!」


「そうと決まれば行動開始だな!仕事の件は二月程先だからな、サッサと馬鹿でけぇ石を運ぶとするか」


 早速ロメオは乗組員達に号令を飛ばす。以前より磨きが掛かりより、統率が執れ動きが洗練されている。あっと言う間に離陸の準備が完了した。


「よっしゃいつでも飛べるぜ……そう言や嬢ちゃん、二人はどうした?」


 道中の悲劇を語ると豪快な彼の笑い声が勢留一帯に広がった。


「兄ちゃんは相変わらずみてぇだな。じゃ、迎えに行ってやるとするか。チョット待ってな」


 ロメオは甲板へ駆けあがると翼獣を三匹、傍らへ覚えのある人物を連れ戻って来た。

 空似か?一瞬フランの頭に二文字が過るが、ロメオの傍らに立つ人物は紛う事無く“凄腕”のあの女性だ。


 思わぬ人物との再会はフランにとってこれ以上と無い幸運だった。

 一期一会の出会いが重なる長旅の最中で偶然叶った再会である事は勿論、彼女との邂逅は残るもう一つの問題を解決を意味しているも同義なのだから。


「ディーナさん!」


「オウ久しいな!そんでもって奇遇だな」


 成立すれば目的への王手は目前、今すぐにでも交渉を始めたくてしょうがないが、まだ優先すべき事が残っている。グッと堪え飛び立ったフランを先頭に三人は空へ翔け出した。

 とは言え交渉はやはり早ければ早い程、なんて思い出話や冒険譚に花を咲かせてる途中でも脳の片隅からちょっかいを掛け続けられたフランは遂に、ひと段落の所でディーナへ持ち掛けた。


「ディーナさん実は――」


 前置きが良い結果をもたらしたのか、彼女は快く引き受けてくれた。


「けど、用意しなきゃならない物が一個だけあるな」


「上物の素材、最高品質の道具、何なりと申し付けて下さい!」


「気合十分だねぇ。だがそんな構える必要は無いよ。何せ欲しいのは布、だからな」


 拍子抜けするほど調達に苦労は要らない品物だ。それこそ、地上に降りて商店にでも行けば直ぐに入手出来てしまうが……補足がある様だ。


「布っつっても《耐魔布》だ。特殊な方法で織られたヤツだけどな」


 凄腕の加工師と言えど、流れ出続けるマナに長時間晒されれば身体に異常をきたしてしまうそうだ。途中で離れ、休憩を挟めば解決する話でもないらしく、一定の条件を満たした耐魔布から作られた防護服は必須だそうだ。

 

「そう言う事でしたら。所で、その耐魔布はドコで?」


「あそこだ」


 ディーナが示したのは大陸の西南に位置する熱帯林だった。

 古くから彼の地で続いている林業では土壌の関係あって、耐魔布の原料となる耐魔の竜木(りゅうぼく)が多く育てられていた流れで、大陸一の品質を誇る機織り技術が存在しているとの事だ。


「では次の目的地はヴルーナ領〈ラベーロ熱帯林〉ですね。なら――」


 空の旅は一旦終了の様だ。セシィとトゥリオの待つ軽食屋はもう目の前だった。

 別れてから二三時間、体調は万全に立ち戻っている様だ。再開を喜びロメオと肩を組み、はしゃげるくらいには元気も取り戻している。


「旦那久しぶりだな!変わりないか?」


「オウよ。休む間もなく東奔西走、嬉しい悲鳴の毎日だ」


「そうかそうか。で、フランから聞いたか?」


「あぁ聞いたぜ、何やらすげぇ事しでかそうとしてるじゃねぇか」


「だろ?だから今回はタダでってのは?」


「ソイツぁ無理だな、既に嬢ちゃんと話もつけてある。それにちょっとばかり予定の変更もありそうだしな、なあ?ディーナ」


「そうだな。フランに頼んだのとは別で道具を揃えないと、大掛かりな刻印は難しい。どこかで調達しないとな……」


 店先でお茶を啜りながらの会議が始まった。と言うのも、ロメオは大商会を率いている事から本業を疎かにするのは以ての外だ。迫る仕事は二か月後、詰まる所二月以内に裂割塊石の問題を解決しなければならないのだ。

 飛空艇で共に行動し、ラベーロ熱帯林へ向かい耐魔布を調達、その後にディーナの仕事道具を揃える。先の二件を終えてからフリジェーレ山へ飛び、裂割塊石を抱えアリシェンツァ山の頂へ。


 一つのトラブルも無く事が運べば二か月と言う期間は充分だが、大陸を往来する遥かな旅路。全てが順調に、など夢物語だろう。


「こう言うのはどうだ?」


 ロメオが提案したのは一旦の別行動。フラン達は熱帯林へ向かい目的の品を調達、一方で自分達はココより東の〈ディストビア交易都市〉で先んじて道具の確保を済ませておき三人の合流を待つ、との案だ。


「歩きで向かうんじゃ時間が勿体無ぇ。翼獣くらいは貸してやるさ、タダでな」


 フリジェーレ山へ先に向かって最終目的地であるアリシェンツァの頂で合流、との案も出たがフレッツァ領は現在混乱の最中。事の成り行きを領主に伝えられていない以上、大商会を言えど裂割塊石を持ち出すとなればトラブルは避けられない。

 これ以上と無い無難な計画だ。


「ではその案で行きましょう。二人も大丈夫ですか?」


 二人は揃って首を縦に振った。となれば直ぐにでも決行だ。

 一行はロメオとディーナに見送られ、大陸西南への空路に飛び出した。

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